16.とってもナチュラルに武闘派カップル
ここでリアル事情をチョイ出ししてみよう。
彼ら兄弟の家、北瀬家は金持ちであるが、単なる金持ちではない。かなりの歴史を遡ることのできる、由緒正しいとある名家…に連なるらしい。
詳しいことを語ると長くなるので今は省きますが、お役目がありまして。幼き日より、比悠もわたしも、時悠を常に優先して護るよう教育されてきている。具体的には戦闘能力的な鍛え方を少々。
「いやさすがにゲームではお守りしないでいいって、いつも両親と親戚には念書取ってるからね?」
念書が必要なほど大事に扱われているあたり、推して知るべし、てところだ。なお、βでは生産職を主体に、アイテム士として後方支援をしていたらしい。本チャンではわたしも加わるということで、時悠的にははっちゃけたくなった、と。
「リカムだって、最初に簡単な事情説明と戦闘能力の有無を確認されたじゃんか」
婚約にあたっての面接的なあれですね。わたしも比悠との婚約にあたっては、親類縁者にご挨拶という名の探りを入れられました。満場一致での合格を勝ち取ってやったよ! このわたしが幼少時より積み重ねてきた数多の経験、思い知るがいいわ!
ちなみに時悠と叶都は大学で知り合い、付き合い出し、電撃婚約にこぎつけた人たちです。
何も戦闘技能を持っていなかった叶都は、面接の内容を知り、親族席の前で時悠を横抱き、いわゆる姫抱っこして、力の証明をしてみせたという強かおなごです。いざという時には抱きかかえて逃げられる、とは叶都談。
まあそういうのが必要な家柄、ということです。
「ならばライハは私の杖を持っておけ。防御するなら斧よりは手軽に扱えるだろう」
「オレの盾貸してもいいけど」
「アンタ盾以外もらわなかったじゃん。だから片手剣も持っておけと」
「どうせなら盾二刀流のが面白いじゃん」
各武具につき一人一つまでだったからね。盾二刀(?)流できなかったんだね、てそうじゃない。
「盾はグローブや鈍器じゃないからね? 役割違うからね?」
今更だが、盾は攻撃を受け止めるものであって、殴りかかるものじゃない。たぶん。
ライハは斧を背に負ったまま、リカムの長杖を手にする。初期武器のシンプルな木製の杖だが、ライハには妙に似合っている。
「ライハがβみたいに後衛職についてくれれば、こっちも安寧を得られたねぇ」
「同感」
ヒューと二人でなんとなく遠い目をしてしまう。
ゲーム内ソロなら放置するんだが、目の前に居られるとな、ていう。「わたしたちがついていながら」的なやつよ。そう言われるわけじゃないけど、気分的にね。三つ子の魂百までってやつかね。
ライハの希望通り、滞空からの両手斧投擲が成されれば、彼は立派に後衛職だ。我々の精神安定のためにも、ぜひぜひ成し遂げていただきたい。
各々の思惑ありつつ、森へと侵入する。
「日陰日陰…あった」
とりま、比較用の日陰産マワリ草をゲットする。見た目はそう変わらないな。それとも深部に入るとより陰が濃くなるだろうから、変わったりするとか? しかしチュートで深部まで入る気はないのだよ。
「お、これがリンキマ草か?」
「惜しいな。葉の生え方が違う、リンキマ草は掌状複葉なんだ」
「なんだそれ?!」
リカム詳しいな。
それはそれとして、日向日陰問わずあちこちで見つけられるマワリ草と違い、リンキマ草はちっとも発見できない。依頼の数も120と20でかなり差があったしなぁ。
「そういえば、リンキマ草は森の深いところに群集ができやすいって書いてあったね」
ライハよ、それを早く言いなさい。
もっと奥に行けということですね。
ぞろぞろと移動すれば当然、森のクマさ…じゃなくて、森の魔物たちもこっちに気づいて牙をむく。
「よっし突撃!」
なんとかの一つ覚え、ヒューが盾を構えて突進する先には野良犬的魔物。名前は知らん。体高だけでもこっちの腰ほどもあるのが複数いるな。犬猫好きですが、血走った目が爛々のよだれ垂れーの凶悪に唸りーのな闘犬くずれ感のあるお犬さんをラブリーと思う趣味はない。
「うむ全滅してよし」
矢を3本ほど矢筒から引き抜いて、3本まとめて射る。STR7だが射出だけならできるっぽい。ヒューの突進を避けたうちの1匹の腹から脚の辺りに上手いこと刺さる。1本だけだが。DEXの勝利かな。
巨体大猪の時に二十数本ほど使った。初期の矢は100本入り。あと3分の一以上あるけど、チュートリアル終わったら矢の補充をしたいかもな。消耗品はこういうところつらいね。
接敵したところで弓は背負う。複数対複数の混戦に矢を投げ入れるのは難易度高くて、わたしにはまだ無理っす。
「シュシュが機動力削いだ1匹は俺が持つ。リカムはヒューと組んで3匹引き離し。シュシュは残り1匹持って。弓の使用は不可」
はいな~。でも無理はしないでね。無理しないように一匹で我慢してくれてるのはわかるけど、充分、身を守ってね、本当。
結局は接敵パターン3で譲歩してるけど、わたしもヒューも気分は厳戒フォーメーションCなんだからね?
ライハの指示に従い、あぶれる1匹に見当をつけてそっと斜め後ろを位置取り(AGI12)、腰を落とす。勘づいたか首をめぐらそうとするそいつの腹をめがけ、鋭く蹴り上げる。
出足をくじき、若干のダメージで動きの鈍った突進を利用して、カウンターを当てる。肘打ちの腕のしびれがリアル。さっき蹴りを入れた脛も。肘当てと脛当てを入手したいところだね。掌底は今のところ問題ないけど、硬い敵がいたら厄介だから籠手も欲しい。
草原より強いとの話だが、初期エリアゆえかチュートリアルゆえか、行動は襲い掛かってきて噛もうとするだけだし、取り組むのはむしろ訓練じみて楽まである。動物相手ってしたことないし。訓練の一環としていいかもしれない。
「はい、らくしょー」
HPを削り切り、お空に帰る野良犬魔物さん、具体的には光の粒になって昇天していくのを見送る。うーむグロテスク度中程度ではまだ光の粒なのか。敵の流血は確認できたから、そこが低との違いかな。内部も見えそうな感じだったね。低だと傷はあってもその中は黒いだけだった。
こうなると高で惨殺ご遺体に対面する可能性あり。特に見たいものでもないしなぁ。あとで低に戻しておくか。
ヒューたちを見ると、リカムが強風で牽制しつつ、木立を上手く利用したヒューが(盾を振りかぶって)不意打ちで殴る方式によって、3匹の魔物をうまく翻弄しているようです。
うん、各々の攻撃方法のせいでこの振り分けになったのはわかるが、わたしの位置を取られた気がしてちょっと切ない。あとでヒューに甘えなければ。
3匹班は大丈夫そうなので、取り急ぎライハに加勢しに行く。先ほどからちらちら伺うに、リカムに借りた杖で距離を取りつつ時々殴っているようだ。
「ライハお待たせ。あとは持つよ」
「任せるよ。…あっちも余裕ありそうだね。俺は周囲を警戒しておくかな」
ライハの言うとおり、ヒューたちの相手はよれよれの2匹だけになっていた。
「任されたっ」
目線だけでハイタッチを交わす。
さてと2匹目の野良犬さんと戯れますか~。っても、すでにHPがけっこう減ってるな。ゆっくりやさしく嬲ってあげましょうかね…君にはわたしの八つ当たりを受ける義務があるのだよ。




