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異世界転生者は悪魔に夢をみせるか?  作者: Nasuka
一章 夢見る女王と妖瞳の聖騎士
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#2 氷の女王は夢を語る

 もはや抵抗する気力も失ったセティが連れてこられたのは、マルテで最も大きな宿屋だった。中央区にある領主城の傍に建てられたこの宿屋は、他方からやってきた貴族や成り上がりの商人などが利用する、いわば金持ちを接待するための宿だ。内装も先ほどの商業区の建物と比べれば雲泥の差と言っても過言ではない。そんな宿の一室の前で立ち止まった老紳士はゆっくりとセティを床へと降ろす。


「着きましたぞ。」


「もうちょっと普通に連れてきてほしかったんだけどな…」


「フォフォ、こう見えてもせっかちな性分でして、元気な若者をみると居ても立っても居られなくなってしまったのですよ。」


 絶対に嘘だ、とセティは嫌そうな顔で肩を竦める。セティはすっかりこの元気な老紳士のペースに飲まれてしまっている。さすがに元の世界でもこのような扱いはされたことがなかったのだろう。


「さて、冗談はここまでに致しましょう。私は執事のコンラッド・オーウェンズと申します。セティ殿、でよろしかったですかな。」


「ああ、合ってる。で、こんな所まで連れてきたのは何の為だ?」


「貴殿に依頼をしたいのですよ。詳しくは部屋の中にいらっしゃるお嬢様と一緒にお話ししましょう。」


 コンラッドは部屋の扉をノックすると、中から女性の声が聞こえてくる。そして、ゆっくりと扉を開けて中に入るように促されたセティは一人の人物と相対する。背丈に合わない大きな椅子に腰かけている幼い少女、人形を思わせる真っ白な肌とそれを際立てる真っ黒なドレス、絹のような美しく儚げな銀色の髪をした彼女は、見るからに不機嫌そうな顔で脚を組んで待っていた。彼女から放たれる毒気のある言葉は全く見た目と合っていない。


「私を散々待たせた挙句に連れてきたのがこれなわけ?コンラッド、貴方の趣味もここまで来ると看過できないほど気持ち悪いわよ。いい加減にしなさいな。」


「フォフォ、さすがに客人の前で失礼ですぞお嬢様。あと弁解しておきますが、今回の人選は私の個人的な趣味は一切入っておりませんゆえ。」


「絶対に嘘。どうせ目の保養とか言って無理矢理連れてきたに決まっていますわ。」


「確かに目の保養ではありますな。無理矢理連れてきたのも否定致しません。ですが、そのようなことは些細な問題では?」


「ぜんっぜん些細ではありませんわ!」


 怒り心頭な少女をコンラッドは慣れたようにたしなめていく。セティはすっかり話から置いてけぼりの様子で、このくだらない口論を一歩引いた場所から見ている状態だ。

 さて、何の因果かは分からないが、随分と早い段階から大物と出くわしてしまったようだ。事態を把握するためには仕方ないが出ていくしかないだろう。恐らくこのコンラッドもそれを見越してセティをここまで連れてきたのだろう。


『セティ、ここはわらわに任せよ。』


「分かった、俺もお前に任せたほうがいい気がする。」


「そこ、何をブツブツと独り言を…」


『何年経ってもお転婆は治らぬな、ネージュ・クロセルリア・フランベルク。』


 怒りで我を忘れていた少女、ネージュ・クロセルリア・フランベルクはその一言によって目を見開く。自身の本名をまさか見知らぬ者に言い当てられるとは、全く思ってもみなかったのだろう。自身の配下であるコンラッドと口論していたときの雰囲気とは打って変わって、氷のような冷たさと鋭さでセティを睨みつける。


「貴方、一体何者なの?少なくとも人間ではないだろうと思ってはいたけれど。」


『答えるつもりはない。だが、わらわの大切な契約者に手を出すことは許さぬ。』


「契約者…?まさか、貴方は…」


 冷たい表情だったネージュの顔は瞬く間に驚きの色に変わる。彼女は氷魔という名の上位魔族であり、上位魔族というのは魔族の中でも祖である悪魔の血が色濃く表れている種族のことを指す。人間で例えるならば貴族と表現しても良い。育ちが良い故に豊富な知識を持っている彼らが()()という単語に反応できるのはおかしいことではない。


『ネージュ・クロセルリア・フランベルク。人間共から氷結の魔女と恐れられている貴様がなぜこんな場所におる。』


「私は探し物をしているだけよ。侵略の為でもなければ、騒乱を起こす為でもない。」


『探し物じゃと?』


「そう、二十年前に起こった人魔戦争を終わらせたきっかけが何処かにあるはず。それを私は探しに来たの。」


 人魔戦争、それは二十年前の狭界で引き起こされた大規模な戦争だ。天界にいる神が選ばれし人間の勇者に力を与え、全魔族に宣戦布告をしたことから始まり、勇者の出現に扇動された神聖教団が各地で魔族狩りを行った。魔族も決死の反抗を続け、双方共に多数の犠牲を出した。勇者はマルテで目撃されたのを最後に行方不明、勇者を失ったことを境に勢力を失っていった神聖教団は撤退を余儀なくされ、戦争は終結した。勇者が行方不明となった経緯は明らかになっておらず、魔族側に暗殺された、原因不明の病によって病死したなどの憶測が飛び交ったが、真相は定かではない。


「そのきっかけは次の戦争の抑止力になるはず。魔族と人間の戦いなんて起こってほしくはないもの。二度と神の思い通りになんて、させるものですか。」


 力説するネージュの目は熱意に満ち溢れていた。彼女の姿は夢を語る若者そのものだった。全ての存在がいつかは失ってしまうもの、それをまだ彼女は失わずにいた。


「と、意気込んで来たのはいいものの、マルテまでの道中で謎の敵による襲撃、結果的に力の大多数を封印されて幼い姿に逆戻りとは。いやはや健気さに涙を誘われますなぁ。」


「ぐっ…とにかく今の私には協力者が必要なの。貴方、少なくとも上位魔族かそれ以上の実力を持っていると推察したわ。私に力を貸してくれないかしら。」


 ネージュに力を貸すか否か。これを判断するのはセティでなくてはならない。この身体の主導権はあくまでセティにある。それが契約であるからだ。セティもそのことを察し、返事を口に出した。


「いいんじゃねえか。元々ここに来たのも似たような理由だったわけだし、協力する分には構わねえだろ。俺はセティ。よろしく頼む。えっと、ネージュ…クロセ…」


「ネージュ・クロセルリア・フランベルク。ネージュで構わないわ。これからよろしく。」


 ネージュは椅子から立ち上がってセティに向かって手を差し出すと、セティもその手を握り返す。こんな場所に上位魔族がいるとは思ってもみなかったが、予想外の収穫だったようだ。しかし、だからといって良いことがばかりがこの都で起こっているわけではない。


「フォフォ、お嬢様とセティ殿。水を差すようですが、私から一つ報告をよろしいですかな?」


「なにかしら、コンラッド。」


「実はマルテに神聖教団の聖騎士達が潜入しているという情報がありましてな。」


「それは本当なの?」


「ええ。信頼できる情報屋からの垂れ込みですので、間違いないでしょう。」


 神聖教団は人魔戦争を主導した主犯だ。天界にいる神を信仰している彼らは長年魔族狩りを行なっており、魔族にとっては天敵のような存在となっている。しかし、魔族という脅威の排除という点を成し遂げているために人間からの支持は厚く、人魔戦争の後も未だ勢力は衰えていない。そんな教団の精鋭が聖騎士と呼ばれるもので、人間達からは希望の象徴だと崇められる一方、魔族からは名前を聞くだけで震え上がるほど恐れられている存在だ。


「何が目的かは分からないけれど、少し様子をみたほうがよさそうね。」


「でしょうな。」


「セティ、貴方も気を付けて。何かあったらコンラッドを向かわせるわ。」


「わかった。じゃあ、俺はこのまま冒険者ギルドの宿へ行く。ここまで長旅だったから、そろそろ休まないとな。」


「フォフォ、付き合わせてしまって申し訳ありませんな。よろしければ宿まで送って差し上げましょうか?」


「やめろ。また担がれたら俺の精神がもたない。」


 セティは逃げ出すように部屋から飛び出した。後ろからコンラッドの特徴的な笑い声が聞こえるが、それを無視して宿を出たセティは商業区へと走り出していった。

 始まったばかりのセティの旅はまさに前途多難の様相を見せ始めていた。上位魔族との思わぬ邂逅、天敵とも呼べる教団の影。厚い城壁が覆うこの都市の中で、様々な者達の思惑が渦巻き始めていたのだった。

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