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異世界転生者は悪魔に夢をみせるか?  作者: Nasuka
一章 夢見る女王と妖瞳の聖騎士
2/7

#1 旅の始まり

 元々一つだった世界が三つに分断された世界。天界には傲慢な神が、魔界には恐ろしい悪魔が、そしてその二つに挟まれた狭界(きょうかい)にはどうしようもない不条理で満ち溢れていた。

 最初は神に創造された人間と悪魔に創造された魔族の戦いだった。だが、千年にも及ぶ戦いの末、争いの理由は種族の違いだけではなくなった。それぞれの目的のために剣を取り、その命尽きるまで終わりなき戦いに身を投じる。弱き者は淘汰され、強き者だけが生き残る。強き者はいずれ更に強き者によって討ち倒される。そんなどうしようもない袋小路に入ってしまったのだ。

 そんな世界では珍しく、目を輝かせながら歩く華奢な少年が居た。彼の名前はセティ。彼が歩みを進めているのは、狭界と魔界の境にある都市マルテに繋がる街道だ。白のメッシュが入った艶やかな黒髪をたなびかせながら、まるでステップを踏んでいるかのような軽い足取りで街道を歩いていた。


『ずいぶんと楽しそうじゃな。』


 セティから声が発せられる。しかし、それは彼の意思によって発せられたものではない。その声に対して彼自身が返事をする光景は、何も知らない者からみれば、独り言に反応している異様なものに見えるだろう。


「当たり前だろ。今までは外に出ても青空なんか見えなかったんだからな。」


『青空か。確かにわらわにとっても久方ぶりの青空かもしれぬ。』


 セティは立ち止まって晴れ渡る青空を眺める。吹き抜ける心地の良い風、元気の良い動物の気配。この辺りは狭界の中でもまだ平和なほうだ。治安が酷い場所だったり、戦乱の影響で自然環境が乱れてしまっている場所では、こんな綺麗な青空など見えるはずもない。

 しかし、だからといって危険が全くないわけではない。気が付けば、セティは馬に乗った2人の男に囲まれていた。どちらも大きな武器を背負い、軽鎧に身を包んだ冒険者のようだ。彼らは馬を降り、下心のある表情でセティにこう話しかけた。


「おいおい、こんな所を一人で歩いてちゃ危ないぜ。()()()()


 その瞬間、その台詞を言った冒険者の一人は吹き飛ばされて地に倒れ伏した。セティの放った渾身の回し蹴りが顔面を直撃したのだ。あまりの出来事に呆然と立ち尽くすもう一人の冒険者と怯えた様子で逃げ出す馬を後目に、倒れた冒険者に対してセティはこう言い放った。


「誰が嬢ちゃんだって? () () () () ! 」


 しかし、顔面に蹴りを喰らった冒険者は既に昏倒しており、返事は返ってくることはなかった。


「いや、どう見ても女にしか見えないんだが…」


 代わりにもう一人の冒険者が答えるが、その通りだった。薄手のマントに身を包んでいるものの、控えめな胸の膨らみは近づいて一目見れば分かるものだ。それに華奢な体つき、美しく整った容姿は男のものとは思えない。


『まあ、わらわの身体は両性具有じゃからな。』


 というのが結論だった。今のセティの身体は男性であり、女性でもあるので、嬢ちゃんという表現は必ずしも間違いではないのだ。しかし、セティの怒りはとどまることを知らない。もう一人の冒険者も弁明の余地もなく、地雷となる言葉を発した瞬間に仲間と同じ目に遭うのだった。

 

「どうして俺はこんな身体に…」


 女と言われたのが相当ショックだったのか、セティはその場で頭を抱えながらうずくまってしまう。


「元の世界でも両性類とか、女装しても変わらないとか、男勝りという言葉がよく似合うとか、散々からかわれ続けてきたのに、まさか本当に女の身体になるなんて…」


『わらわの身体を依代に転生させたのだから仕方ないじゃろうが。今更性別などという些細なことに囚われるでない。』


 セティは本来ならばこの世界に存在しているものではない。死した者の魂を異世界からこの世界に召喚し、生きるために必要な代替の肉体を用意しただけのものだ。元の世界で暮らしていた肉体と別物になるのは当たり前と言ってもいい。しかし、女に間違えられるということに相当なコンプレックスを持っているようで、この世界に転生してからはいつもこんな調子だ。


「アシュタロト、どうにかする方法はないのか?」


『諦めるんじゃな。そんなに嫌なら、女に間違われないように服装や仕草に気をつかうしかあるまい。』


 やっぱりそうするしかないか、とセティは肩を落とす。この下りは三度目になるが、毎回この結論で落ち着く。元の世界でも女によく間違えられていたようだが、そうならないためにかなり努力していたようだ。

 その場に転がっている二人の哀れな冒険者はしばらく目が覚める様子がないので放置し、セティは気を取り直してマルテへと続く街道を歩き出すのだった。




◆◆◆



 

 城塞都市マルテはその名の通り高い城壁に囲まれた都市だ。この辺りの地域がまだ魔界であった頃にとある魔族によって建造された城だったが、人間との戦いによって陥落、そのまま人間達の拠点となる城塞として運用された。そこから長い年月が経ち、拠点としての重要度が薄れた城塞は当時の統治者によって商業都市として改築され、城塞都市と呼ばれるようになったというのがこの都市の歴史だ。今となっては人間だけではなく魔族達も少なからず流入してきており、人間と魔族との共存が実現できている数少ない場所の一つと言える。

 都市を守る巨大な門をくぐった先に現れた壮大な街並みに、セティは感嘆の声をあげる。きょろきょろと辺りを見回す姿はまるで小さい子供のようだ。


『おい、セティ。さっさと冒険者ギルドへ行くぞ。わらわ達には今日泊まる宿すらないのじゃからな。』


「分かってるって。その冒険者ギルドは何処にあるんだ?」


『二十年前と変わっていないのであれば、おそらくこの商業区にあるはずじゃが…』


 城塞都市マルテは西門の傍にある商業区、商業区の南に広がる職人区、領主が住む領主城がある中央区、といったようにいくつもの区画に分けられている。今回の目的は商業区にある冒険者ギルドに行くことなので、西門からこの都市に入ってきたのだ。

 セティは言われるがままに商業区にある大通りへと歩を進める。大通りには多くの人々が行き交っており、賑やかな声が聞こえてくる。二十年前とは街並みこそ変わっているものの、変わりなく栄えてはいるようだ。他の人間と比べて背の低いセティは人の波に流されそうになりながらも、なんとか避けつつ大通りを進んでいく。


『止まれ、セティ。冒険者ギルドはここじゃ。』


 セティは声に反応して立ち止まると、大通りの一角にあるこじんまりとした酒場があることに気が付く。酒場の看板には朝顔亭という文字と綺麗な朝顔の絵が彫られており、まだ昼間だというのにそこそこ人で賑わっているようで、酒場の中から騒がしい音が聞こえてくる。


「冒険者ギルドとか言ってたけど、酒場なのか?」


『うむ。この裏手にある宿屋もここの酒場のマスターが経営しておってな、マルテを拠点に活動するためにはまずここに顔を出しておかねばならん。』


「なるほどな。」


 セティは酒場の扉を開けると、扉に取り付けられていた鈴の音とともに中から香ばしい匂いが漂ってくる。どうやら焼き立てのパンを振舞っているようだ。酒場のカウンターやテーブルでは、先ほど街道で会った冒険者と同じような格好した者達が会話をしながら昼食を食べている姿が見える。セティは酒場の中に入り、カウンターへゆっくりと近づいていく。セティの姿に気が付いた者は、さすがに場違いな客だと思ったのか、奇異の目で彼のことを見ている。


「えーっと、ご注文はいかがされますか?」


 カウンターで接客をしていた少し困った顔で女性がセティに話しかける。セティが酒場に居る冒険者達の注目を浴びていることに気が付いており、この後起こるであろう出来事に対して大方予想が付いているようだ。


「ここに来れば冒険者になれると聞いた。合ってるか?」


 その一言を皮切りに、酒場に大きな笑い声がこだました。さも滑稽だと言わんばかりに、冒険者達は腹を押さえて笑い転げている。セティもさすがにこのような状況になるのを分かっていたのか、笑い続ける冒険者達を無視して女性との話を続けようとする。しかし、ガラの悪い男がテーブルから立ち上がり、話を遮る形でセティのほうへと近寄ってこう言い放つ。


「冒険者なんて危ない仕事はやめときな、()()()()。」


 既視感がする光景だった。話し掛けてきた男は間もなくセティから放たれる回し蹴りによって吹き飛ばされ、近くにあったテーブルに激突するだろう。しかし、今回はそうならなかった。


「フォフォ、酒場で喧嘩はいけませんな。」


 セティの回し蹴りは白髪の老紳士によって受け止められていた。渾身の蹴りを片手で受け止めた老紳士は執事が着るような燕尾服に身を包んでおり、顔にはそれまで歩んできた生がどれほど険しいものだったかが分かる深い皺と大きな傷が刻まれている。笑顔を浮かべてはいるが、その迫力ある眼光で睨みつけられたガラの悪い男はたちまち蛇に睨まれた蛙のように腰を抜かしてしまう。


「いやはや、最近の若者は気合が足りませんな。若者はもっとギラついた目でこの老いぼれに楯突いてくるぐらいの気迫がなければ。」


 老紳士は腰を抜かした男を見下ろしてやれやれと肩を落とす。しかし、老紳士と相対しているもう片方は鋭い眼光を見てもなお足に力を込めることを止めなかった。


「邪魔だ、爺さん。」


「フォフォ、こちらは随分と活きが良さそうですな。大いに結構。ですが、酒場で喧嘩はいけませんぞ。ここは街道ではないのですからな。」


「なんでそのことを…」


 老紳士は笑みを浮かべながらセティの脚から手を離す。街道で起こった出来事、つまり同じようなことで冒険者二人を蹴り倒したことをこの老紳士は把握しているようだった。まさか見られていたとは思わず、セティは腰を抜かしている男にトドメの一撃を浴びせるのを止め、老紳士のほうへと注目する。


「さて、アネット嬢。この若者は冒険者として十分な実力を持っていることはこの私が保証致しますぞ。少なくとも、そこで腰を抜かしている男よりもよっぽど役に立つでしょうな。」


「え、ええ。確かにそうですね…」


 カウンターにいるアネットと呼ばれた女性は心底困った顔で答える。荒くれ者達が集う酒場ではこういったトラブルは日常茶飯事だと思われるが、セティのせいか、それとも老紳士のせいか、今回だけはあまり遭遇したことのない事例のようだ。

 アネットはカウンターの裏から二枚の紙とペンを取り出し、セティへと手渡す。紙は冒険者ギルドに加入するために必要な契約書で、色々と注意事項などが書かれている。


「二枚の書類に記名をお願いします。片方は当ギルドで保管するもの、もう片方はそちらでお持ちいただくものです。」


 結局冒険者の手続きは滞りなく進められそうな雰囲気にセティは少し釈然としない顔をしつつも、紙とペンを受け取る。セティは異世界人ではあるが、ある程度知識や記憶の共有をしており、文字や言葉は理解できるようになっているので自分の名前を書く程度ならば問題はない。

 セティが契約書の記名を終え、更にアネットから冒険者ギルドに関する説明を聞いた後、そのタイミングを待っていたかのように隣で待っていた老紳士が話し始める。


「さて、アネット嬢。依頼の件ですが、この子を借りていってもよろしいですかな?」


「え、はい。どうぞ…」


「フォフォ。では、行きますぞ。」


「行くって何処にだ、っておい!」


 セティの言葉に答えることもなく、老紳士はセティを抱えて酒場を飛び出す。お姫様抱っこの体勢で抱えられているセティは顔を真っ赤にして必死の抵抗をするが、老紳士は全くビクともする気配はない。そのまま裏路地を走り抜け、セティは何処かへと連れ去られてしまう。


「コンラッドさんが店に来たら気をつけろ――父さんの遺言、ようやく理解したような気がする。どうしてこんなことばっかり起こるのかしら…」


 まるで嵐が去ったような静けさの酒場で、胃痛に苦しむアネットは深い溜息をつくのだった。


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