クリスマス ~サンタが恋した物語~
メリークリスマス!!\(^o^)/
「さてと次のお宅はどこかな?」
私はサンタクロース協会からもらったメモに目を落とす。
そこには成人女性のマンションが記されていた。
「大人でもサンタを信じてるとは珍しいな」
手綱を引いてトナカイを走らせる。
大量のプレゼントを乗せた馬ソリが宙に浮いた。
クリスマスは年に1度だけ魔法が使える日だ。
サンタクロースはその日だけしか活動できない。
この女性のプレゼントを確認する。
※住所…◯◯県××市~~
※聖野マリア…『くまのぬいぐるみ』
※『この職業に従事する者は、サンタクロース協会の規定により、だれにもそのことを知られてはならない』
トナカイと馬ソリを目立たない場所に移動させてから、マンションの扉を開ける。鍵はサンタクロースの魔法で解除した。
靴脱ぎにはくたびれたブーツがそろえて置いてあるだけだった。社会人はおしゃれをする余裕もないらしい。
足音を忍ばせて歩くと、床板がミシリミシリと鳴った。
部屋の戸をさらりと開ける。
そこには使い古された布団をしいて眠っている女性の姿があった。寝息も聞こえるし、おそらく起きてはいないはずだ。
私はそう判断し、枕元にそっとぬいぐるみを置いた。
音は立てていないし、慎重に行ったはずだったが、彼女は私に向かって寝返りを打った。その小さな掌が私の足首に当たる。
緊張が、最高潮に達した。
大丈夫、まだ起きてない。
そっと足を動かす。
と、足首にくすぐったいような奇妙な感覚が走った。
つかまれたのだ。
彼女は、ぱちっと目を開けた。
ヤバいぞ、これは。
どくん、と大きく脈が拍動する。
協会の規定もそうだが、知らない男が住居に侵入しているのだ。警察を呼ばれでもしたら、子どもの夢がなくなってしまう。
サンタは夢を配る職業だ。
それだけは避けなければならない。
「メリークリスマス!」
私は陽気を装って言う。
この格好なら第一声はそれであるべきだ。
さすがに混乱したのだろう。
聖野マリアは固まっていた。
その間に打開策を思案する。
女性はきっと怖がっている。だからまずは安心するような言葉を吐かなければならない。それならなんと声をかければ落ち着いてくれるだろうか。ええと、ええと……。
そう空滑りする頭で論理を構成していく。
「メリークリスマス」
私が言葉を発する前に、彼女は意外にも乗ってくれた。
これはクリスマスの魔法だ。
そして視線を落とす。
枕元のぬいぐるみに注目しているようだった。
「え、ほんとに、サンタさん?」
だが、私との距離は着実にあけていた。
「本物……ですか?」
女性は半信半疑といった様子である。
「そうだよ。聖なる夜をともに祝福しようと思ってね」
「え、なにを言ってるんですか?」
めちゃくちゃスベってしまった。
今のはなかったことにしよう。
「プレゼントを渡しに来たんだよ、マリアさん」
私はそう彼女の名前を呼びかける。
「くまのぬいぐるみでいいかな?」
まずはフレンドリーに接してみることにした。
警戒心を解かないことには始まらない。
「あの、本当に、サンタさん……ですか?」
女性はおそるおそるといった表情で後ずさる。
それはそうだ。
私と一般的なサンタのイメージは、著しくかけ離れているのだから。
まさか赤いブルゾンに、白いつけ髭、赤い長靴を履いた“若い男”がサンタクロースだとはだれも思うまい。むしろサンタの格好をした不審者だと思われるだろう。ちなみに長靴は脱いだから、今は赤のハイソックスだ。
「いかにも。私はサンタクロース協会に所属しているサンタさんだ!」
そう外に停めた馬ソリを見せる。トナカイの角には雪がたまっていた。街々を飾り付けるイルミネーションも、聖夜を祝福するように光り輝いている。まるでクリスマスの魔法だ。
「なんで私の名前を知ってるの?」
マリアは表情をひきつらせた。
まあ気持ちはわからなくもない。
知らない男が住居に不法侵入をしていて、個人名を掌握しているのだから。ここはもう正直に答えようと思った。
「サンタクロース協会からメモをもらっているのさ。良い子にしていたご褒美だ!」
それで納得するのは純真無垢な子どもだけだろう。
まずい、通報される。
私は奥歯を噛みしめた。
「え。もしかして、本物のサンタさん?」
しかし、彼女の瞳は大きく見開かれた。
意外な反応だった。
もしかして信じてくれたのだろうか。
「メリークリスマス! マリアさん。今日が素敵な1日になることを祈っているよ」
なんだかイタズラを咎められた子どもみたいに居心地が悪い気もするが、精一杯の虚勢を張ってみた。
たしかに私は本物のサンタクロースだが、こんなに簡単に信じてもらえると拍子抜けしてしまう。
「え、ちょっと。化粧してない。それに寝起きは、顔のむくみとかあるし……」
そうあわてふためくマリアに私は微笑みを投げかける。
大丈夫、今のままでも十分かわいいよ。と。
「じゃあ私はこれで。来年もまた会えるといいね」
それは、ウソだ。来年なんてない。
私は協会の規定を破ったのだから、今日限りでサンタクロースは引退させられるだろう。
『この職業に従事する者は、サンタクロース協会の規定により、だれにもそのことを知られてはならない』
そんな文言がふっと脳裏に浮かんだ。
「私、サンタさんが来てくれるのずっと待ってたんだよ」
もう夜も遅いのにマリアはかけ布団を畳み始める。
二度寝するつもりはないようだ。
「周りの子達は、いるはずないって言うけどさ。私、サンタさんがいるって信じてた。私がつらいときには『がんばれ!』って手紙もくれたよね」
イルミネーションの光が室内を照らしている。
その通りだ。
サンタはいつでもみんなのことを見守っているのだ。
「信じてもらえて嬉しいよ。サンタは夢を配る職業だからね」
私は彼女の中に、べつな感情があることを知った。
だからこそ慎重に言葉を選ばなくてはならない。
参ったな。
サンタ稼業はこれで仕舞いなのに。
このままじゃマリアを傷付けてしまうかもしれない。
「サンタさん。わたしのこと好き?」
そう彼女はスウェットの袖で手を隠す。
緊張が、伝わってきた。
それは。
「私はみんなのサンタクロースだ」
そう心よりも先に言葉が出てくる。
「好きか嫌いかは答えられない」
やっぱり私はサンタクロース。
夢を奪ったり、傷付けてしまうのが怖いのだ。
でも、明日からは一般人に戻ってしまう。
彼女が好きなのはサンタクロースなのに。
私は彼女が好きなサンタではいられない。
マリアの瞳は揺れていた。
そんな悲しそうにしないでほしい。
サンタは夢を配る職業だ。
だけど夢を見る勇気がない。
そして夢を見せてあげる勇気も……
今の私には、ないのだから。
「ねえ、目を閉じて!」
「え」と発音しようとする私の口に、マリアの柔らかい唇が重なった。脳の奥がじんと痺れて、腰が抜けそうになる。
「好きだよ、サンタさん!」
え、でも。
そんなうつろな言葉を、「えへへ」と笑うマリアの顔がかき消した。言えない、そんなことは。私は引退するまでサンタクロースだ。夢を配りたい。
「俺も好きだ、マリア!」
このクリスマスプレゼントは、一生の宝物だ。
私は夢を見ているようだった。
そしてマリアともう一度、お互いの愛を確かめるように、フレンチキスを交わす。とろけるほどに甘美な時間が過ぎていった。
クリスマスは年に1度だけ魔法が使える特別な日。
私はしあわせな魔法にかかってしまったようだった。
マリアも、同じ気持ちだろうか。
もしもそうだとしたら、私はいつまでも彼女のサンタクロースでいたいと思った。みんなにとってのサンタさんではなくとも、マリアだけのオンリーワンのサンタクロースになりたい。そう心から願った。