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第7話

 白く小さな顔をして、真紅に染まったショートヘアを黄色の羽型の髪留めをしている少女。少し吊り上げたような丸い目ををして潤いのある唇、丸く座った鼻を持ち、優しげな表情を浮かべる彼女からは明るい印象を与える。座っているから分かりづらいが、小さいのは顔だけでなく、座高からして身長も小柄なのだろう。そして何より印象的なのは、少女の着ている白いワンピースから伸びる両足はニーソを履いているが、そのうち左脚だけがどこか違和感がある。


 ――――フランス人形。


 それが少女の第一印象だった。


「これは義足なんだ」


 顔を上げると、少女がこちらを見て微笑んでいた。途端に静哉は後ろめたさに駆られる。


「ご、ごめん」


「いいよいいよ。気にしてないから」


 この公園には他のベンチもある。先客がいるならそっちに座ろうか、などと考えた挙句、


「隣、座っていいかな?」


 目的の少女はやはりここにはいなかったが、この少女も何か知っているかもしれない。


 今に至るまで意識してこなかったが、普通の人間は友希のように固まってしまっているのだ。この場所で動ける人物というのは、昨日の少年と少女、そして自分自身。目の前の義足の少女を含めまだ他にもいるかもしれないが、少なからずこの世界にいるのは自分だけではないのだ。そして、動ける人物は皆、普通じゃない。


 だが、ここには自分以外の人間、それも歳の近い人がいるということに静哉はほっと救われた気分になった。


「うん」


 少女の承諾を得て静哉は隣に腰掛ける。


 横の少女は何をしているというわけでもなく静かに空を見上げている。時折眩しそうに目を細めたりしているが、その姿はただ日向ぼっこをしているようにも見えなくはない。


 本音を言えばこのまま少女を見ていたかったが、相席した以上、何か話しかけないと気まずい。


「その髪留め、似合ってるね」


 咄嗟に思い浮かんだ言葉がそれだった。


「そう? ありがと」


 穏やかな笑みを浮かべて静哉に顔を向けてそう言うと、また空を仰いでしまう。


 ――あーもう! 何をしてるんだ。そんなことを言いたいんじゃないだろ。俺が聞きたいのは、この世界のことだ。


 しかし、それよりも先に聞きたいことができてしまった。


「その足、いつから?」


 我ながらデリカシーのない失礼な質問だと思う。静哉が逆に聞かれた側の立場なら、お前には関係ない、などと相手を糾弾するだろう。ましてや、相手はたった今初めて出会った名前も性格も知らない、全くの他人だから。自分の引け目にズバズバと切り込んでくる人間と関わりを持とうとは思わない。


 それが世間一般の反応であり、静哉も同じ感情に至るに違いはない。


 だが、そんな質問に対しても、少女は表情を崩さず答える。


「最初からだよ」


「えっ?」


「生まれたときからあたしの左脚は無かったの。だからあたしは小さい頃から走り回ったりしたことがないの。というより、できないんだよね。みんなが遊んでいるのを恨めしそうに遠くから見ることしかできない」


「…………」


 自分から聞いておいて静哉は悲しくなった。


 同情、と言ってしまえばそうなるのだろう。それが彼女に留まらず、障害者全員へと侮辱となるのは知っている。自分がしていることは相手にとって失礼極まりないことだということも、薄々は自覚している。


 しかしなぜ、少女は出会って間もない静哉にこんなことまで教えてくれるのだろう。それが気になって仕方がなかった。


「初めはあたしを見る周りの目が怖かった。だからできるだけ義足だったバレないように隠してきた。でもいいんだ。あたしはそうやって生きてきたし、何よりもう慣れちゃったから」


 確かにこの少女が義足だということは一目では分かりにくい。義足にしては限りなく生脚に近く、さらにその上からニーソまで履いている。これでは静哉が最初に感じたように、微妙に違和感を抱くのが限界で、義足だと言うのは言われるまで気づかない。


「――それで、キミは何か用があったの?」


 そうだ。事の本質はそっちだ。 


 彼女がこの世界のことを何か知っているのであれば知りたい。静哉と同じくこの空間で動ける以上、この少女も当事者の一人なのだ。


「……この世界のことを知っているなら教えて欲しい。ここはどこで、何が起こっているのか。そしてどうして俺はここに来てしまったのかを」


 静哉の問いに、少女は初めて表情を変えた。儚げに目を伏せ、何も言いたくないというように口をつぐんだ。


「それは……あたしにも分からないんだ。あたしも気がついたらここにいて、誰も知ってる人はいなかった」


 僅かながら予想していた答えに静哉は諦め半分、落胆半分を抱いた。


 結局は彼女も静哉と同じだったのだ。知らずうちに投げ出され、理解の追いつかないまま時間が過ぎていく。つまり、彼女も自分と同じ被害者であるというわけだ。


 静哉が自分の都合のいいように解釈していると、少女は「ただ」と前置きをした。


「全員を倒し、最後の一人に残った人にはすごいお宝が手に入る、という噂が流れてるの」


 その内容は、少年が言っていたもの合致していた。戦闘に加担してなさそうな少女ですら同じこと言うのならきっとそれは正しいのだろう。


 間違いなく言えることはその噂を信じて殺し合う人間がいるということ。宝、というものを我がものしようとする人たちの思惑がここには渦巻いているということだ。


「ちなみに、その宝が何かってことは……?」


「それも、分からないの。ごめんね」


 そう頭を下げられてはこっちが悪者みたいに見えてくる。別に彼女に罪は何もないし誰も責めたりはしない。


「そっか。気にしないで。ところでさ、そっちこそここで何をしてたの? 日向ぼっこ、ってわけではなさそうだけど」


 これ以上の情報を得るのは不可能だと判断した静哉は、追求することをやめ、話題を変えた。


 まさか本当に日向ぼっこをしてるわけではあるまい。


「あたし? あたしはここで日向ぼっこしてただけだよ。だってこんなにいい天気なんだからもったいないじゃん」


 そのまさかだった。


 ガクッと肩を落とす静哉を見て少女は初めて愉快そうな笑い声を漏らした。


「ハハハ、キミ、面白いね」


「そ、そりゃどうも……」


「ごめんごめん。これあげるからそんなに拗ねないでよ」


 どうも少女から子供扱いされている気がする。しかも少女は自分の後ろに置いていた袋から肉まんを取り出して差し出してくる。


 これで機嫌を取られるほど安くはないぞ。


 と、ささやかな抵抗を試みようとしたが、折角肉まんをくれるという彼女の親切心を無下にはできずついつい受け取ってしまう。


「ありがとう」


 手に伝わる肉まんの温かさと、ふわふわもちもちとした感触が懐かしい。前にコンビニで買ったのはどれだけ前のことだったろう。


 バスの都合と友希の状態から、学校帰りに友達と寄り道をするという高校生活ならではのこともしたことがない。多分、中学生の頃に家族で出掛けた時に買ってもらったのが最後だろう。


 だが、単にそれだけの理由で懐かしさを感じたわけではなかった。


 自分の中での日常というのは昨日で終わりを告げている。それ以来、日常的なものというのが一切なかった。人が動かなくなってしまえば店も当然営業しないし、コンビニとかでは盗みが容易くなってしまう。


「この肉まん、どこで手に入れた?」


「あ、今あたしが盗んだとか思ったでしょ? 失礼な人だなキミは」


「……ごめん」


 図星だったために思わず正直に謝ってしまった。


「ほんとにキミは面白いね。これはね、さっきそこにいたローブのおじさんから貰ったんだ」


 少女の指さす方向は静哉が入って来た入口とは反対側にあるもう一つの入口で、その先には細い裏路地があった。


 静哉は立ち上がり、裏路地へと走っていた。


 少女の言うローブのおじさんに思い当たる節はない。しかし、この空間で動ける人がいるのなら見ておきたいと思った。


 遭遇と同時に戦闘開始、ということも考えないことはなかっが、義足の少女にどうやってか肉まんを渡すような人がすぐに戦闘を仕掛けてくることはないと判断していた。


「誰かいるのか!?」


 叫んでみるも建物に反射した自分の声が聞こえるだけで、他には何も音はしない。


「誰か!」


 もう一度試みるが結果は同じ。


 手に持つ肉まんはまだほかほかだ。少女が肉まんを受け取ってからそこまで時間は経っていないはずだが、その間にもう行方をくらましてしまったのだろうか。


「あれ、おっかしいなー。さっきまでここにいたのにな」


「うわっ!」


 気配もなく突然隣に立っていた少女に驚き、間抜けな声を上げた。


 静哉が裏路地の様子を見に来る時にはベンチに座っていたのにいつ隣に来たというのだ。普通物音の一つぐらいしてもいいのに、無音でここまで来た彼女の脚は本当に義足なのかと疑いたくなる。


「ん? どうしたの?」


「いや、何でもない」


 言いつつ静哉は手に持つ肉まんを口にした。


「ん、おいしい」

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