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第18話


「落ち着いた?」

 しばらく無言で頭を撫で続けていた静哉だったが、時間の経過と共に紅杏の嗚咽が収まったのを見計らって声をかけた。

「うん……」

 声はまだ上ずっていたが、もぞもぞと動いて紅杏は静哉から離れた。

 頬は涙で濡れて目も腫れ上がっている面を僅かに紅潮させながら目を背ける彼女の反応に、静哉は自分の状況を思い出す。

「ご、ごめん!」

 紅杏が下着姿にされたままで視線のやり場に困る静哉も顔を赤く染めて目を逸らす。

 何か身に纏わせてあげたいが、静哉の服も焦げて穴が空きとても人に着せれるものではない。紅杏には申し訳ないがもうしばらくそのままいてもらうしかない。

「うん……」

 気まずい雰囲気が場を支配し、二人は視線を合わせないまま沈黙する。

 その均衡を破ったのは天井が爆発する轟音だった。

 反射的に紅杏を庇うようにして立ち上がり、崩れ落ちる瓦礫の間から降りてくる人物を注視する。

 まず飛び降りてきたのは銀髪の少年。そして彼に続いてきたのが……。

「露市……?」

 黒髪を後ろで結っていつもと変わらない制服姿の少女が銀髪の少年の前に立ちはだかる。

「どうして……」

 紅杏に言われた台詞を、今度は静哉が言う番だった。

 静哉は昨日、露市と暁人の申し出を拒絶した。もう露市は静哉を助ける理由なんてないはずだ。なのにまだ静哉を助ける意味が分からない。

 露市は背後の紅杏に気がつくと、銀髪の少年に背を向けて倒れる二人の元に歩み寄る。

 そして自分のセーラー服を脱いで紅杏にかけてやる。

 逆に姫名が淫らな姿になるのではないかと危惧したが、制服の下に白のTシャツを着ていたことで安堵した。

「ありがと……助けてくれたのはキミなの?」

 時間が経って大分正気が戻りかけてきた眼差しで露市を見つめるが、露市は紅杏に答えず踵を返す。

 代わりに黒髪の少女は背中越しに、

「肉まんの、お礼」

 それが照れ隠しなのか、本音なのか一瞬の判断できなかった。だかすぐに露市が照れるというような感情を見せるやつじゃないことを思い出して後者であることを確信する。

 だからこそ静哉は彼女の義理堅さに驚愕した。肉まん一つの対価が、命懸けの戦闘で紅杏を助けるというのであれば割に合わなすぎる。

 とは言えそれは、助けてもらった静哉の気にすべきことではない。

 余分なこと云々はともかく、助けてくれたことへの感謝の眼差しを少女に向けた。

「いいところを邪魔してくれちゃって、この仕打ちはさすがの僕もちょっと頭に来たよ」

 たった数回しか耳にしてないはずの声が聞こえた瞬間に静哉と紅杏の二人は身を強ばらせた。しかし、姫名はというと、銀髪の少年がそこにいることが分かっていたかのように部屋の入口の階段から少年が現れるのを真っ直ぐ見据えている。

 銀髪の少年の動作を待つ姫名がナイフを取り出して構えた。何度見てもその姿は様になっていて頼もしい。

 正対する形となった少年と露市の睨み合いはなく、既に互いが臨戦態勢に入っている。

 足を踏ん張り駆け出そうとしていて先制しかけたのは露市の方だった。しかし、ほぼ同時に右手を持ち上げていた銀髪の少年が小さく指を鳴らす。

 行動自体はたったそれだけだった。直後、微風が発生し露市の頬を掠めた。直後一筋の鮮血が飛び散った。

「な…………」

「ぁ…………」

「…………!」

 少し離れたところで見ていた静哉と紅杏はもちろん、被害を受けた露市でさえもが声にならない音を漏らす。

 露市が傷を負う場面を見るのは静哉は初めてだ。これまでは第六感のようなもので奇襲をしてくる相手の攻撃を察知していたが、今回はそれがなかった。それどころか今は奇襲でも何でもない真正面から堂々の攻撃だ。

 戦闘に関して右も左も分からない静哉には露市が気をか抜いていたのか、銀髪の少年が姫名を出し抜いたのかは検討もつかない。

 ただ確実なのは、銀髪の少年が露市に傷を負わせたということだ。手段は知らないが、静哉にとってはそれだけで充分脅威となる。

 露市は血の滴る頬に、ナイフを持たない左手を傷口に当て、手に付いた血糊を淡々と眺める。

「ミラージュ……アイテム?」

 小さく呟いた言葉は確信ではなく疑問形で、本人にすらよく分かっていないようだ。

「よく分かったなぁ。これ結構僕の奥の手だったりするんだけどな。でも、さすがにそれが分かっても仕組みまでは分からないよね? だって、見えないんだし、一瞬で切れちゃうんだもんね」

「…………」

 銀髪の少年を露市が相手にしなかったというよりは、全く少年の言葉通りで返す言葉がないのだろう。

 それでも静哉の中には、露市ならなんとかしてくれるだろうという、妙な信頼感があった。露市と暁人の提案を拒んでおきながらではおかしな話ではあったが、彼の姫名に対する戦闘においての印象というのは、これまでに幾度か見た絶対的な強さを誇る女傑なのだ。

 だから一度や二度攻撃を受けたところで最後にはからなず逆転してくれるそんな信頼を静哉は寄せていた。

 そうこうしている間にも銀髪の少年が再び右手を持ち上げる。その動作を確認して姫名が横へとステップを踏む。コンマ数秒後、高々と指の音が鳴り響き、鋭く微風を生んだ。その方向は姫名へと一直線に向かい、完全に回避したつもりでいた少女の脇腹を浅く抉った。

 苦痛で表情を歪めはしなかったが、小さく歯を食い縛るのが静哉まで伝わる。

「もう……無理だよ……。あたしなんかのために……そんな辛い思いしなくてもいいのに……」

 静哉の隣で戦況を見守る紅杏が弱々しく呟く。

 横を見やれば紅杏は自分のために戦っている露市の姿が少しずつ血で赤く染まっていくのを見てられない、と言ったように少し目を潤して伏せている。

 静哉だってそれは同じだ。このまま露市が傷つくのを見てることは辛いし、静哉が露市に抱くイメージが覆ってしまう。ただ今は静かにここで見守ることしかできない。

 それにしても、だ。今少しおかしくはなかっただろうか。露市は銀髪の少年がまた攻撃の初動に入ろうとしたのを見て射線上から離れた。そこから照準を合わせ直すような動作は一切見られなかったのに、実際に少年の攻撃は姫名の脇腹を掠めた。離れた位置から見守っている静哉が見ると違和感があったのだが、どうやら姫名自身にも何が起こているのかわかっていない様子であからさまに困惑していた。

「今ので躱したつもりになってたみたいだったけど、残念だったね。僕の奥の手はそんな簡単に躱したりできないんだよ。今ので避けられてたら奥の手なんて言えないよ」

 銀髪の少年が早くも勝利を確信して顔を歪ませる。

「さて、そろそろ茶番はいいよね? もう手加減なんかしない。次で本当に終わらせるから」

 三度ゆっくりと銀髪の少年が右手を上げる。

「露市!」

 絶体絶命の状況を見てられなかった静哉は意図もなくただ叫んだ。

 今の時間を楽しむようにして少年が指を鳴らす前のタメを作る。

 そして、指を弾いた。

 同時に姫名は左へと動いていた。

 微風の向かう先は確かに姫名ではある。だが、数秒前の少年の宣言とは相反し、致命傷を与えることはできずに、右腕を小さく切り裂いた程度に過ぎなかった。

「ぐっ……」

 姫名も呻き声を漏らしたが、それ以上に今度は銀髪の少年が意表を突かれたのか、もしくは直撃を避けられたことが気に食わなかったのか、あからさまに眉を吊り上げた。

「あれ、僕としたことが仕留めそこなったか。まぁいいや、次こそ仕留めるから」

 だがこの反応。不可避な攻撃ではないのだ。

 少年が指を鳴らしてから攻撃が届くまでは一秒にも満たない。その間に移動して回避するという業は常人なら不可能だろう。姫名だからこそ、できたことなのだ。

 しかし、攻撃と同時に回避すれば当たらないのなら、攻撃自体に追尾機能はなく、直線的な攻撃だということになる。つまり、一番考えられる可能性は銃あるいは弓といった飛道具だ。

 もしそうだとしたなら、厄介だが対応策は練れる。だからまずはミラージュアイテムを実体化させなければいけない。

「……そういえば、どうやってミラージュアイテムを実体化させるんだ?」

 暁人からミラージュアイテムについて深く聞かなかったツケがここで回ってきた。こんなことなら鎖を貰った時にもっと聞いておくべきだった。

「紅杏、何か分かるか?」

「ごめんね。あたし、ミラージュアイテムって見るの初めてだから…… 」

 一応聞いてみたものの予想通りの答えが返ってきて肩を落とす。

 そんな静哉の反応を見て申し訳なさそうにするが何も紅杏が悪いわけではない。

 にしても、指を鳴らすだけで攻撃なんてできるものだろうか。ここが元いた世界とは別の世界ではあるが、魔法というものは耳にしたことがない。せいぜいミラージュアイテムが現実離れしているぐらいで、他は元の世界でもあったような仕組みでしかない。だから銀髪の少年が今使っているミラージュアイテムも、正体は見たことのないようなものではないはずなのだが。

 静哉がいろいろと考えている間にも銀髪の少年は連撃し、その度に姫名の体から赤い血の線が刻まれていく。それでも簡単に倒れようとしないのは姫名の強さだろう。華奢な姫名のどこにそんな強さがあるの前から疑問だが、今は置いておこう。

 何度繰り返しても露市を仕留めきれない少年がいい加減しびれを切らしたように悔しさを露にした。少しやけになりながらも少年は何度目か分からない攻撃をしようと指を高く上げる。

 その決まった初動を見て静哉は違和感を覚えた。

 未だに少年の攻撃手段が判別できない。露市だって致命傷を負わないように回避を続けてはいるが、彼女にだってまだ銀髪の少年の攻撃を看破した様子はない。本来ならそれは別に何らおかしくない。ミラージュアイテムなんて使われているのならなおさら。けれど、静哉は以前露市自身が言っていた台詞を思い出した。

『私は、ミラージュアイテムが、見える』

 静哉がラビリンスに来て一番最初に戦闘に巻き込まれた時のこと、暁人と露市の戦闘で暁人が今静哉の手にある鎖を露市は見抜いていた。その時に彼女はそう言っていたのだが、現状露市はまだ苦戦を強いられている。ミラージュアイテムが見える露市が銀髪の少年の武器を見抜けていないのだとしたら、銀髪の少年が使っているのはミラージュアイテムなんかではない。

 真実に迫りかけた静哉は確信を持つと、指を鳴らそうとした右手から視線を離して少年全体を視界に入れた。同時に少年が指を弾き、静哉は《《それ》》を見た。

 指をならす瞬間、高く持ち上げた右手と反対の手を小さく後ろに回すと、そこから何かを取り出して露市に向けていた。しかしそこに実態はない。

 どう言えばいいか難しいが、何かを握るようにして少年の下の方で構えているのだ。

 指を鳴らすタイミングで、左の小指が引き金を引くような仕草をしたのだ。ちょうどその先から発生した風が一直線に姫名へ飛翔するが、ついに姫名はそれを回避してみせる。

「露市! 左手だ! 左手で何か撃ってる!」

 戦闘に関しては理解の早い姫名にはそれで静哉の意図が伝わったようだ。

 防戦一方になっていた姫名がギアを上げて反撃に出た。接近させまいと少年も必死に指を鳴らし続けるがネタが分かってしまった攻撃などいくら武器を隠していても通じない。

 ミラージュアイテムである可能性を否定したばかりの静哉だったが、やっぱり少年の使っているものがミラージュアイテムであることに変わりはなかった。敵に武器の姿を見えないだけでなく、その存在すら隠すという厳重な体制を取ることで自分の武器が推測されることを警戒したのだろう。しかし、相手が悪い。万人には実態の見えない武器でも露市には見えてしまう。攻撃のロジックさえ分かってしまえば後は露市が少年を凌駕する。

 一瞬で少年との間合いを詰め、負傷した右手に持っていたナイフを左手に持ち替えて、少年の左手目掛けて振り上げた。

 見えない何かが確実に少年の手から弾かれた音がして、少年は左手を押さえながら数歩後退する。

 すかさず姫名は静哉にかつてしたようにして短剣を首筋に突きつけた。彼女の足元には今まで少年が姫名を追い込んだ武器が実体化した状態で転がっている。

 それは、初めて見る形状の銃だった。

 銀色のボディで、どちらかと言えばピストルのような形態に近いが、トリガーの上の銃身の部分が異様に太いのだ。

 銃について、全くの無知な静哉は珍しい形状の銃をまじまじと見つめていた。すると、横から声がかかり、

「あれって……」

「ん? 紅杏はアレを知ってるのか?」

「ううん。でも前にテレビで見たことがあったような気がして……」

「ってことは結構有名な銃なのかな」

「そうじゃなくて、テレビ見たやつはもっと小さかったような……。あたしもあんまり詳しくないから知らないんだけどさ」

 紅杏に普段の明朗快活な姿はなく、まだ完全に落ち着いてないのか、普段見ないような真面目な様子でしおらしくなっている。

 彼女でも分からなければ謎の解明は後回しにするしかない。今はこの戦闘の行方を姫名に託すことしかできないのだ。

 ――露市、頼むからそいつに勝ってくれ……。

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