第17話
ちょっと区切りの問題で短めです…
すぐに続きは上げますので
そして高熱と強い衝撃が身体を襲う――ことはなかった。
いくら待ってもその瞬間は訪れず、静哉は恐る恐る瞼を上げて上を見る。
そこに、銀髪の少年の姿はなかった。
一瞬の間に何があったのか分からず戸惑う静哉の耳に今になって爆発音が届く。しかし、それほど近くはない。
少年が瞬間移動したのかと思わなくもなかったが、現実的に考えてありえない。いや、このラビリンスではありえないとは言いきれないが今はその方向を打ち消す。
なら何だろう。特に思い当たる節はない。
「うっ……ぐっ……」
状況を知るために立ち上がろうとして歯を食いしばるが、身体は持ち上がらずにすぐまた崩れ落ちる。
「うぐぅ…………」
もう一度試すも結果は同じ。
力尽きて立ち上がることを諦めた静哉は寝転がったまま周囲を見回してみる。
幸いと言うべきか、首は普通に動きそうだ。
首の可動域を最大限まで動かして確認すると、フロア内は閑散としていた。人の気配はまるでしない。
「そうだ……紅杏は…………」
目立つ赤髪の少女を見つける事は容易なことだった。
静哉の正面、紅杏が吊るされていた位置の下に彼女は仰向けに倒れていた。遠目からではあるが、特に目立った外傷はなさそうで、ひとまず静哉は胸をなで下ろす。
しかし、紅杏が一向に動こうとしない。最初静哉はまだ恐怖が抜けきっていないのかと思ったが、それにしてはどこか様子がおかしいのだ。
「あっ……」
この短時間で自分が立てないことを忘れていて、身体を起こそうとして腕に力が入らないことを思い出す。
仕方なく静哉はそのまま身を地に這わせて紅杏に近寄ることにした。
服を着ているとはいっても、ボロボロになっていては完全な機能は有せない。だから腹部に感じる摩擦熱を我慢しながら一歩一歩我武者羅に近づく。
やっとの思いで紅杏の元についた時にはお腹全体にやけどを負っていた。
あまり見てられないような姿の紅杏ではあるが、残念ながら彼女に着せてやる衣類は焦げてなくなってしまった。そのことを内心で謝り、あまり余計な箇所が目に入らないようにして紅杏の呼吸を確認する。
ゆっくりではあったが、肩が上下し、小さく安定した息遣いも聞こえて来ることから命に別状はなく、意識を失っているだけだということが分かった。
そこでようやく静哉は一息ついた。
まだ今すぐに銀髪の少年が戻ってきそうにはない。
あの爆発の中で紅杏は無事で、彼女を拘束していたロープと鎖だけを溶かしたのは結果的にはラッキーだった。よく見れば体中にやけどのような後は残っているがその程度で済んだのは奇跡に近しい。
「ごめん紅杏。俺じゃ君を助けることはできなかった……」
意識のない紅杏に対して静哉はそう声をかけた。
銀髪の少年がどうなったかは静哉も未だ分からないが、結局、二人の窮地を救ったのは顔を見ることすらできなかった第三者だ。自分一人じゃ、紅杏を助けるどころ静哉すら命がなかった。こんなことでは本当に静哉は最後まで残ることができるのか不安になってくる。
静哉がこれまでに経験した戦闘は今回が四回目。一度目はこっちの世界に来てすぐ。あの時は何がなんだか分からず、姫名に殺されそうになって意識を失った。二度目はその姫名と食料探しをしてた時。この時実際に戦ったのは姫名の方で、静哉はというと近くで傍観してただけだ。三度目は紅杏に裏切られてなす術もなかったし、四度目である今の戦闘が実質初めてと言ってもいい。
しかし、結果は惨敗。命があるだけまだマシだが、内容は手も足も出なかったレベルではないほど酷いものだ。
途中参戦をしている静哉には、後何人倒せばいいかは知る由もない。まだ先は長いかもしれなかいし短いかもしれないが、今のままでは勝ち抜くことは愚か、生き抜くことすら困難なのは分かる。
「せい……や、くん?」
意識を失っていたはずの紅杏の声がして静哉は思考を中断させた。
「目が、覚めたか?」
自分がどうこうということは後々考えればいいだろう。まず今は目の前の問題から確実に片付けていけば。
「うん……ありがと」
言葉では素直に言いながらもどこか気まずそうに静哉と視線を合わせようとしない紅杏。言いたいことが分からなくもない。でも静哉からは何も言わずに待った。
しばらく沈黙が流れる。紅杏は相変わらず視線を合わすことなく宙を彷徨わせ、静哉はその間我慢強く無言のまま待つ。
そしてようやく紅杏が口を開いた。
「どうして……どうして静哉くんはあたしを助けたの?」
「どうしてって……俺と紅杏は友達じゃないのか?」
静哉が準備していた答えを返すと、紅杏は目を丸くして一瞬固まる。静哉からするとその答えがすべてなのだが、赤髪の義足の少女にはそれが意外だったようだ。
「で、でも! あたしは、静哉くんを裏切ったんだよ!? 殺そうと、したんだよ!? あたしは……助けられる資格なんてないんだよ!」
「じゃあ死にたかったとでもいうのか?」
今度は困惑するように紅杏が言葉に詰まった。
「そ、そんなことは……ない、けどさ……」
「紅杏に裏切られて、もう死んだと思ったし、そのせいで今も人を信じれなくなってる」
「だったら……!」
「でもな、俺を騙すために接触したって言ってたけど、その中には本音で心を割って話してくれたり、本当のことを話してくれたこともあるだろ?」
「そう、だけどさ――」
「また紅杏が俺を裏切るならそれはそれでも構わない。そういう世界に俺たちはいるんだから。でも、俺たちは友達だろ? 友達が殺されそうになったりしてるのを助けるのは当たり前だろ?」
紅杏は大きく目を見開いた。
我ながらずるい言い回しだと思う。けど、静哉の本心でもある。自分で言っておいてなんだが、まだ紅杏のことを信用はしていない。自分一人でこの世界を生き抜こうという決意は揺るがない。それでも静哉の言葉は本心だった。
意表を突かれたことで紅杏は反論するのを止め、口を小さく開閉させる。彼女の双眸はうっすらと潤い始め、それに気づいた紅杏が目を瞬かせる。
「あれ、おかしいな。泣いてなんか、ないのに……」
そう強がっているものの、紅杏の顔はみるみる歪み涙で濡れていく。
「ごめん、俺がもっと早く来てればこんなことにはならなかったのに」
静哉の言葉で紅杏は我慢するのを止めて嗚咽を漏らし始めた。
「だから、ごめん……って、え?」
今度は静哉が意表を突かれる番だった。
「ちょっとでいいからさ……このままでいさせてよ……」
義足を引きずって静哉に寄ってきた紅杏は、涙でぐしゃぐしゃになった顔を静哉の右肩にうずめたのだ。
立ち上がることすらできない二人が互いの傷を舐め合うように縋る光景ではあったが、静哉は紅杏を退けようとすることなく受け入れた。
「怖かった……怖かったよ…………」
それは初めて紅杏が見せる弱音だった。
もう言葉すら出ず、ただ号泣する紅杏に静哉は過去の自分自身を重ね合わせていた。
事故に遭い、両親の無惨な遺体を見てしまった静哉はその現実がショックで受け入れられずにいた。脳裏に焼き付いたその光景と事故時に感じた死に際の恐怖でどうすればいいから分からなくなったのだ。
そんな時に助けに来てくれた友希を見て、静哉は緊張の糸が解けて今の紅杏のように声を上げて泣いた。
そこで友希が静哉にしたこと。それによって落ち着いたこと。思い出せば一つしかない。
優しくそっと、静哉は左手で紅杏の赤髪を撫で始めた。
「大丈夫だよ、紅杏。もう、大丈夫だから」
声は出さなかったが、静哉の右肩ですすり泣く紅杏を見て静哉は静かに頭を撫で続けた。