7話
一時間が経ち、男は家の前まで戻ってきていた。
少し時間に遅れてしまったが、どうってことはないだろう。
目をこらして、女の姿を探る。
だが、まだいないようだった。
すると
「こんにちは」
突然、後ろから声をかけられた。
そこにいたのは……
「え、あぁ……こんにちは」
新妻だった。
意外な人物が声をかけてきて、男は一瞬焦った。
男は、新妻の姿を見たことがあった。それで、目の前の女が新妻であると分かった。
だが、自分を知らないはずの新妻がなぜ声をかけてくるのか分からなかった。
そして、なぜか雨も降っていないのにレインコートをかぶっている。
「あなた、ずっと家の中見てたでしょ?」
そう言われ、ドキッとした。
まさか気づかれていたのか? 確かに、外から家の中を覗かれていては不審者と間違われるのも無理はない。
どう言い訳しようか……考えていると
「いくら探しても、私の姿は見つかりませんよ」
新妻はそう言って笑った。
その笑顔は、男の知っているものではなかった。
この間見た、愛情に溢れた家族思いの新妻とは似ても似つかなかった。
普通なら、決してしない、見下して嘲笑うような顔。
それだけで、男は全て悟った。
あぁ、そういうことか。
「どうしたんです? もう1時間ですよね、だからこうして出てきてあげたんですけど」
新妻は薄ら笑いを浮かべる。
男は新妻を睨み付けて
「……何をしているんです? 新しい奥さんの体に入ったりして」
「…………」
新妻の中には、今、女がいた。
憑依して、体を操っているのだ。
その結果、外見は同じでも、新妻とは似ても似つかない黒いオーラのようなものがみえた。
おそらく、霊能力者でないと気づけないだろう。
「やりすぎです。すぐに出てください……さもないと、強制的に成仏させることになります」
そう言い、男は数珠を取り出した。
普段、除霊のために使うものだ。
念のために持ってきたが、まさか使うことになるとは思わなかった。
だが、新妻……いや、女は話を聞いているのか分からない様子で、笑ったまま、男をまっすぐに見つめる。
「私ね……欲しくなっちゃったんですよ」
薄ら笑いを止め、語る女。
「夫婦円満で、みんなが幸せな家庭がね」
「駄目です。あなたはもう死んでるんです。生きた人に、これ以上迷惑をかけないでください」
男は油断なく女を見据える。
だが、やはり話を聞いていない様で女は続ける。
「でも、それは私じゃ無理だった。私じゃ幸せな家庭は築けない」
本当に残念そうに、女は語る。
「だから、ね。私もあの新妻になれば、ずっと家族と一緒にいられるでしょ?」
そう言い、両手を広げる。新妻の体を見せつける様に。
女の目的はただ一つ。
旦那の新しい妻の体を乗っ取ること。
だが、それが何を意味するのか、男にも十分すぎるほど分かっていた。
喫茶店で聞いた話を思い出す。
可愛がっていた飼い犬を蹴り殺す異常な性癖。そして子どもを虐待する最悪な母親。
そんなものが、また蘇ったらどうなるか。せっかく幸せをつかんだ家庭が、またぶち壊される。
「すぐに出て行け!」
自然と言葉は荒くなる。
「いやよ。私はやっと、あの人のそばにいられるようになったんだから……」
女は寒気がする様な笑みを浮かべて、家の方を見た。
家では、旦那や子どもが新妻の帰りを待っているだろう。
女に乗っ取られた、新妻の帰りを。
「まぁでも、あんたには一応感謝はしているわ。あんたが塩をどかしてくれたおかげで、家の中に入れたし。結界張られてたら、憑依できないしね」
「……お前……」
男は女を睨み付けながら、立ちつくしていた。
そして、自分の愚かさを恨む。あれはそういう意味だったのか、と。
よく考えたら、塩が浄化するのは、悪意を持った霊だけだ。
塩をどかして、女が記憶を取り戻した時点で気づくべきだった。
「お前のやってきたことで……旦那さんや子どもがどれだけ傷ついてきたか分かってるのか!?」
男は数珠を握りしめて叫ぶ。少しでも罪の意識があれば……と思ったが、女は涼しい顔で受け流す。
「あら、あれは私なりの愛情表現てやつよ。ふふふ……それにね、だからこの新妻の体が必要だったのよ。この体なら、うまくやれるわ。私じゃないもの」
そう言って笑う女は、この上なく邪悪だった。
体は関係ない。精神がこの女である限り、また同じことを繰り返すことは分かり切っていた。
「そうか……」
話し合いは通用しない。そう判断した男は、数珠を握りしめた。
強制的に成仏させる。この悪霊を。
男は数珠を女に投げつけようとする。
だが、それより女の方が早かった。
「あなたは、もう要らない」
女がいきなり懐に入り込んでくる……と同時に、胸のあたりが急に熱くなった。
「ぐっ……」
痛い。熱い。
電流を流された様な衝撃が、胸を中心に広がる。
顔を下げてみると、胸のあたりには包丁が深くささっており、シャツは真っ赤に染まっていた。
「霊能力者さえ消せば、除霊される心配はないもの。幽霊のままじゃ敵わないけど、人間でなら殺せる」
女は包丁を引き抜き、男はその場に倒れ伏した。
そして、返り血のついたレインコート脱いで、その中に包丁をつつむ。
「くそ……」
男は最後にうめく。だんだんと視界がぼやけて女の顔は見えなくなる。
ただ、笑い声だけが聞こえた。
「さて、と。今日は久しぶりに晩ご飯の用意しなくちゃ……何にしようかな〜」
レインコートと包丁を近くの川に投げ捨て、その足で女はデパートへと買い物に出かけていった。
「あ、お母さん、どこ行くの?」
途中、遊びから帰ってきたタクがいた。
「お買い物よ。一緒に行く?」
そう言い、タクの手を引く女。
これから、どう可愛がってやるか。それを考えると薄ら笑いが止まらなかった。
……ということがあってね。偶然にも命は助かって、気づいたら病院のベッドで寝ていた。
それ以来、霊能力稼業は辞めた。
一応、その後調査はやったんだけど……。何も分からなかった。突然引っ越してしまってね。
まぁそんなわけで、僕はもう仕事はやらない。他を当たってくれ。
男はそう言って背を向ける。だが訪問者は男の腕をつかんで。
「……そう言って逃げるつもりか?」
高校生ぐらいの少年。訪問者は男を睨み付けていた。
そして、笑う。
その気配を男はどこかで感じたことがあった。
その邪悪な笑みを……そう、さっき話した女と同じ目だった。
「義母さんが変わってしまったのは、お前のせいだろ? お前がちゃんと除霊しなかったから。あれから親父も死んであの女と二人、ずっと虐待されていきてきた……ついさっき、義母さんごとあの女は殺したけど。お前にも責任をとってもらおう」
「……そうか。君がタク……」
そして、またあの感触がおそってきた。胸が熱くなる。血が噴き出す。
男はその場に崩れ落ちて、血まみれのナイフを握っている少年を見た。
刺された場所は、ちょうどあの時に女に刺されたところと同じ。
「あの女の息子なんだ。俺は。そう考えたら反吐が出るけどな……」
そして、男の意識は遠のいていった。
全ては自分のせいだ……後悔の中で、男は死んだ。
昔書きためてたやつです^^
前に見た深夜ドラマでこういう話があったような気がして自分なりにアレンジ加えて書きました。
名前付けるのがめんどくさかったんで「男」とか「女」とかのままなんですが…笑
楽しんで頂けたら幸いです。