6話
女は、新妻を見つめていた。
今、旦那の愛を一心に受け、血が繋がっていない息子のタクにも愛情をそそぐ、良妻賢母という言葉がよく似合う女。
赤ん坊は今、ミルクを飲んで眠っていて、タクはどこかへ遊びに行った。
旦那と新妻は二人、リビングでお茶を飲んでいた。
「……それにしても、お前が来てくれてからなにもかもがうまくいってる気がするよ」
「あなたも頑張ったでしょ? 今まで散々苦労してきたんだから」
新妻は旦那の肩に頭を乗せてもたれかかり、甘える。
旦那はそれを優しく受け止めて頭をなでた。
「まあな。タクもお前に懐いてるみたいだし、良かったよ、とにかく」
「タクちゃんはいい子よ。もうお母さんて呼んでくれるし、赤ちゃんも可愛がってくれてるみたいだしね」
「あぁ。……タクには前の嫁の時に、随分つらい目に遭わせたからな。どうなるか不安だったけど」
「……アザ、だいぶ消えたみたいね」
「あぁ……」
旦那は昔を思い出していた。
前の妻と結婚したのは5年前のことだった。当時は、美人で礼儀正しい彼女の本性を知らなかった。
おかしいと感じ始めたのは、当時飼っていた犬が死んだときだ。
あのとき家には彼女しかいなかった。
彼女は、自分が犬を見に行った時には既に死んでいたので、病気だったのだろう、と言ったが、後で獣医に診せると、明らかに虐待の痕があったと言う。
そして、決定的だったのは、タクが生まれてから。
夜遅く帰ってくると、いつもどこかに怪我をしているタクの姿があった。
どうしたのかと聞いても、転んだだのぶつけただのと言っていたが……。
そして、そのことを妻に尋ねると……癇癪を起こして家中をめちゃくちゃにした。
それから、ことあるごとにタクへの虐待と僕への暴言・暴力、癇癪はエスカレートしていった。
(僕もそれになんども怒り、時には手も出したが……止むことはなかった)
(そのころから、職場の同僚だった今の妻に相談を持ちかけ、そこから付き合いが始まったのだが……)
結局、一年前に交通事故で妻が死ぬまで、それは続いた。
「タクには悪いことをしてしまった。父親だというのに、ろくに守ってやれなかったし……」
「悪いのは、前の奥さんでしょ? 自分を責めないで」
そう言って、新妻が旦那の首に腕を回した。そして頭を抱える様に旦那の頭をなでた。
「あぁ…そうだったな。とにかく、やっと1年経って、前の嫁のことは忘れかけてきたんだ。この一年、盛り塩を欠かしたことはなかったしな」
「盛り塩って玄関の前の……あれってそう言う意味だったの?」
「そうそう。知り合いの坊さんに言われてやってたんだよ。それも、玄関の前だけじゃなく、16方位全部に。それで、悪霊の防げるんだってさ」
「悪霊ってw」
「悪霊だろ〜あいつが戻ってきたら、なんて考えたらぞっとするな」
女はその会話を、ずっと聞いていた。
女は反省した。
自分では駄目だったと。母親としても、子どもになにもしてあげられなかった。
そして愛する旦那に、こんな苦労をかけていたとは女は知らなかった。
自分じゃ、この人にはふさわしくない。
自分では……。
そう思うと、全てを持った新妻が羨ましくて仕方がなかった。
なぜ自分にはなくて、この新妻はあるのか。
どうしてこの新妻が、旦那と子どもの側にいられるのか。
この新妻じゃないと、家族とともにいられない。
そして、結論は出た。計画通りだった。
女は、旦那に甘える新妻にそっと近寄っていった。
そして、壁を抜けるときと同じようにして新妻の体と自分を重ね合わせた。
…………
………………
「おい、どうしたんだ?」
夫が、急に眠ってしまった新妻を揺さぶる。
そこで、新妻は目を覚ました。
「…………」
新妻は旦那を見つめる。
そして、いきなり抱きついた。
「なんだ?」
「愛してるわ」
「い、いきなりだな」
夫は照れて笑う。そして
「俺も愛してるぞ」
そう言った。
新妻は、それに、この上ない笑みを浮かべ。
「そう。嬉しい……ふふふ」
そしていったん、旦那から離れた。
「ん? どうしたんだ、一体。体調でも悪いのか?」
「えぇ、貧血みたい。ちょっと散歩してくるわ」
「貧血なら、横になってた方がいいんじゃないのか?」」
「いいのよ。歩いてたほうが楽だわ。それに、すぐ戻ってくるから……あ、ついでに買い物行ってくるわね」
そう言って、新妻は出て行った。
旦那にばれない様に、……と、レインコートを持ち出して。