5話
一方男は、デパートの喫茶店でコーヒーを飲んでいた。
1時間では他にすることはないだろう。さっき買った雑誌を読みながら、ただぼーっと時間を潰していた。
「……でね、そうなのよ」
「まぁ〜大変ねぇ」
隣のテーブルでは、主婦が世間話をしている。どうせ暇なので、気晴らしにその会話を聞いてみることにした。
「うちの子も全く勉強せずに遊んでばっかりでねえ……進研ゼミでもやらせようかしら」
「あら、部活も彼女も受験も勝ち組になるんじゃない?」
「そうねぇ……あーでも、うちの子来年から社会人だったわ」
「何がしたいのよ」
どうでもいい話が続く。
まぁこれはこれで暇つぶしにはなった。
「そうそう、この間、うちにタクちゃんが遊びに来たのよ」
「タクちゃんて……あの家の?」
「そうそう。あんなことがあって、今度はいきなり父親が再婚したでしょ? 私も心配だったんだけど……意外と元気そうだったわ」
「そうなの……でも可哀想ねぇ。まだ小さいのにお母さんが亡くなって」
健気な話だ。男はコーヒーをすすりながら思った。
「いや……タクちゃんとしては、あれで良かったんだと思う、私は」
「どういうこと?」
「あのね、今だから言えるけど……タクちゃん、死んだあそこの母親に虐待受けてたみたい」
「えぇ!?」
男は一瞬、コーヒーを飲む手を止めた。
話は意外な方向に進んでいった。
「それ本当なの?」
「うん、タクちゃんうちによく来てたんだけど……足や腕にいつ見てもアザみたいなのが出来てた。……聞いた話だと、死んだあそこのお母さんて癇癪持ちで、常に精神的に不安定だったて」
「あぁ〜私も聞いたことあるかも、その噂。突然怒り出したかと思うと、しつけだって言ってニヤニヤしながら飼い犬を蹴飛ばしてたっていうのを見た人もいたわね」
「あの人の場合、そういう性格というより性癖ね。もう愛情表現がそのまま暴力になってて……タクちゃんも旦那さんも相当ひどくやられてたみたいね。旦那さんは夜まで帰ってこないから、それまで止める人はいないし……」
「本当にねぇ……こういっちゃ何だけど、タクちゃんはお母さんが死んで救われたのね」
「そうみたい。新しいお母さん、知ってる?」
「知らない。どんな人?」
「いい人よ。優しくてきれいな人だった。最近、赤ちゃんが生まれたらしいけど、血が繋がってないタクちゃんとも仲良くやってるみたいだしね。タクちゃんのアザも消えたわ」
「そうなんだー。旦那さんも一安心ね」
「そうそう」
「…………」
男は肝を冷やした。
なぜなら、全く同じシチュエーションを知っていたから。
死んだ元妻。旦那と子どもと、優しそうな新妻。そして赤ん坊が生まれたことまで、今自分が関わっている話と同じだった。
まさか……。
「あら、もうこんな時間? そろそろ行きましょうか」
「そうねえ。これからPTA会議だわ」
「あっ……」
もう少し話を聞きたかったが、主婦二人はそう言って席を立った。
「…………」
時計を見る。もうすぐ1時間が経とうとしていた。
男も席を立って、家の前まで戻ることにした。