3話
「私、やっと自分の家を思い出せたんですよ!」
事務所にはすでに女がいた。
嬉しそうに記憶を取り戻したことを語る。
塩をどかしたせいだろう。きっとあれが思い出すのを妨害していたに違いない。
「そうなんですか、よかったですね。それはそうと……実は、僕はさっきまであなたの家に行ってたんですよ」
「そうなんですか。それで、どんな様子でした?」
「それが……」
男はさっきの光景を女に話した。
旦那には、すでに新しい妻がいること。どうやら、家庭は円満な様子だったということ。
そして、女には早く成仏することを勧めた。
「きつい言い方ですが、あなたはもう死んでますし……生前のことはさっさと忘れて、成仏した方が幸せだと僕は思います」
「……そうですか」
やはり動揺は隠せないようで、女の表情に陰りが見えた。
「まぁ、時間はあります。ゆっくり考えてください」
まぁいきなり言われても気持ちの整理がそう簡単につくはずはない。
仕方のないこととはいえ、女からすれば裏切られたとも言えるかもしれない。
しばらく沈黙が続いた。女は顔を伏せ、椅子に座り込んだままだ。
男はそれを黙って見ていた。
自分に言えることなど何もない。それを理解して、ただ時間が過ぎるのを待った。
そして、女が口を開いた。
「……でも、やっぱり会いに行きます」
覚悟を決めた顔。決心がついたようだ。
「そうですか」
それはそれでいいと思った。すっきりして成仏できるなら、それに越したことはない。
「じゃあ行きましょうか、あなたの家に」
そう言い、男は彼女を家に案内する。
だが、男は気づいていなかった。
女の思惑に。
女は嘘はついていなかったが、いくつもの隠し事があった。
自分の家は覚えていなかったが、自分がどの地域に住んでいたかは覚えていた。
本当に一目会いたいだけなら、近所でまちぶせしていればいいだけの話だ。
そして夫が、自分が死ぬ前から浮気をしていたのも知っていた。
女は、浮気相手のことを徹底的に調べ上げていた。仕事、年齢、趣味、習慣……。
計画は今日、完成する。
女は一人、口端を歪ませて薄ら笑いを浮かべた。