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彼方よりの。  作者: 秋生侑珂
第一章
8/34

二人の退治屋

前回からの続きです。

 遥鳴堂ようめいどう旅館りょかんに現れた二人の男女は、旅館の客ではなく、泰倫やすのりの客であるらしかった。

 朋花ともかが来客を泰倫に知らせると、離れの私室にいた泰倫は、

「……このタイミングでの来客となると、退治屋絡みかな。一応、あきらも連れていくか」

 と、椅子から腰を上げた。

 自分に宛がわれた部屋にいた誠は、話を聞くとあからさまに嫌そうな顔をしたが渋々泰倫に従った。


 泰倫と誠が応接室へ行くと、二人の客は立ち上がって頭を下げた。

「初めまして。鹿島かしま美那みなと申します」

賀茂橋かもはし郁人いくとです」

 二人の挨拶に、泰倫は自分も頭を下げ、

中原なかはら泰倫です。初めまして。こちらは高砂たかさご誠です。彼と同業の方ではないかと思いまして、連れてきましたが、ご迷惑でしたか?」

と、誠ごと自己紹介する。

「ご配慮いただき、感謝致します。仰る通り、私達は退治屋の者です」

 二人のうち主導権は美那にあるらしく、郁人は黙って泰倫と誠を見ていた。

 誠は舌打ちこそしなかったものの、不機嫌そうに二人から顔を背けたままだった。

「あ、どうぞお座りください。お話をお伺いします」

 泰倫の言葉に、二人は再びソファーに腰を下ろした。

 泰倫と誠も、テーブルを挟んで対面側に座ると、丁度紗慧(さえ)が三人分のお茶とお茶請けを盆に載せて運んできた。

「あ、誠さんもご同席されるんですね。今もう一つお持ちします」

 紗慧は湯飲み茶碗を三人分配り、お茶請けの器を置くと、すぐに退室していった。

 その様子を見、美那が口を開いた。

「今の方が『調整師』の牧野まきの紗慧さんですね」

「一目で分かるものなのですか。私は素人なもので」

 泰倫が言うと、美那は頷くが、口を開いたのは郁人だった。

「『調整師』は、普通の人間より強い霊力を持ってますから。『調整師』独特の『気』っていうのもありますし」

「そういうものなんですね」

 泰倫は頷いて返した。

「というか、こちらの仲居さんが『調整師』だったんですか?」

 興味深げに訊く郁人に、誠が面倒そうに答える。

「後から本人が只で匿われるのに納得出来ないって言ったんだよ」

 誠の説明に、郁人は感心したように「へえ」と声を上げ、

「良い娘なんだ。美人だし」

と、彼女が出入りした扉を見ていた。

「美人だしって何だよ?」

 誠は眉間に皺を寄せ、呆れる、というより苛立った様な声で言った。

 郁人が誠に応えるより先に扉がノックされ、紗慧が再び顔を出した。

「誠さんのお茶をお持ちしました」

 紗慧がお茶を置き、出ていこうとすると、美那が彼女を呼び止めた。

「私達は退治屋なの。一応貴方も話を聞いておいてちょうだい」

 すると、紗慧は少し驚いた表情をしたが、すぐに頷いてソファーの一番下座に座った。

 仕切り直す様に美那は咳払いし、話し始めた。

「まず、アポなしで突然お伺いして申し訳ありません。こちらも少しバタついていまして……」

 泰倫が、「お気になさらず」と応えると、美那は、「恐れ入ります」と軽く頭を下げ、続けた。

「中原さんは、以前に別の退治屋から説明を受けていると思いますが、この土地は特別です。この土地には簡単にあやかしは近付けません。ですが、万が一に備え、妖避けのの結界を張ってあります。この結界は強力なもので、かなり長期間に渡って効果を発揮します。しかし、今回『調整師』の方を保護するにあたって、万全を期する為に、張られている結界の確認をします。点検の様なものとお考えください」

 美那は更に続ける。

「結界は私達がここへ来た時に見た限りでは正常に機能しています。結界を形成しているのは『結界石』と呼ばれる特殊な鉱石で、この後私が直接見に行きます」

 言い終えると、彼女は郁人に目配せをした。すると今度は彼が口を開いた。

「結界に関しては鹿島さんが専門ですから、俺がここへ来た理由は別にあります」

 彼はやや眼を細めて誠をちらと見ると続ける。

「『調整師』の存在は我々退治屋にとっても重要なのです。ですから、俺も彼女の保護の為に派遣されてきました。『あの(・・)』高砂誠だけでは心配なので」

「何だと?」

 郁人の言葉に、今まで所在無げにしていた誠が眼の色を変えて郁人を睨み付けた。彼の口調は明かに誠に対して挑発的だった。

「賀茂橋、止めなさい」

 すかさず美那が郁人を窘めるが、当の郁人は、小さく「すみません」と言っただけで、しかもそれは誠に対してではなく美那に対しての言葉だった。

 当然誠は納得しておらず、座ったまま脚を踏み鳴らしながら低い声で言う。

「どういう意味だよ? 『あの』ってのは」

 こちらは泰倫が誠を止めようとしたが、郁人が口を開く方が早かった。

「『あの』、天狗とのハーフの高砂誠。『あの』問題行動も多くて扱い難い素行不良の退治屋・高砂誠。そういう意味だよ。退治屋仲間の間じゃ有名人だ。自分でも解ってるんじゃないか?」

「賀茂橋、止めなさいと言ったでしょ」

 挑発的な言動を止めない郁人に、美那は鋭く言った。

 泰倫は、今にも身を乗り出さんばかりの誠を、片腕で制していた。

 紗慧は郁人の第一印象から、このような展開になると思っていなかった為、眼を瞬かせたが、同時に、彼の言った『天狗とのハーフ』という言葉にも驚いていた。

 のぼるを殺した妖を、誠は『ガーゴイル』と呼んだ。『妖』というカテゴライズをしている割には西洋的な命名なのだなと、紗慧は思っていたが、『天狗』もいるのだと知ると、説明された通り、創作物に出てくる架空の存在の方が、人間が無意識に影響を受けた結果なのだと納得出来る気がしたのだった。

「『半妖』が信用に値しないと思うなら、あんた達が牧野を連れて行けばいいだろう? 俺が見つけたのはただの偶然なんだからな」

 誠は泰倫に抑えられ、激昂しないよう努力している様だったが、郁人の態度に対しての抗議は止めなかった。

 それとも、自分を保護するというのが本当は嫌なのだろうか、と、紗慧は思わずにはいられなかった。

 誠の言葉には美那が応えた。

「『調整師』を保護するのに、ここ程適した場所は探そうとしてもそうはありません。その上で貴方はここを拠点に活動しているのでしょう? それなら、貴方が護るのが妥当でしょう。

賀茂橋は、言ってみればお目付け役だけど、貴方を全く信用していない訳じゃない。それに、まだ未覚醒の様だけど、『調整師』が傍にいるという事は、どの退治屋にとっても有益な事なのだから、賀茂橋も高砂さんも納得して貰えないかしら?」

 美那は静かだが通る声で淡々と言う。直後に、紗慧に向かって申し訳なさそうな顔で、

「『有益』なんて言葉を使ってごめんなさいね。『頼りになる』という意味なのよ」

と、わざわざ謝った。

 紗慧は首を横に振りながら応え、続けた。

「い、いえ。私は大丈夫です。あの、賀茂橋さんも、私の為にここへ来る事になったんですよね。すみません。誠さんも。皆さんの手を煩わせる様な事になって申し訳ないです」

 すると、誠以外のその場にいた全員が口々に、「それは違う」「君のせいじゃない」と言って紗慧の言葉を否定した。

「とにかく。何を言おうと状況は変わらないのよ。二人共大人なんだから、 協調してやってちょうだい。牧野さんだって困ってるでしょ」

 改めて美那が、二人に言うと、郁人は小さく頷きながら、「了解です」と、返事を返した。誠は何も言わず、頷きもしなかった為、泰倫が代わりに謝る事になった。


 途中喧嘩になりかけたものの話は無事終わり、美那は『結界石』を見に、旅館から出た。

 誠は不機嫌なまま自分の部屋に戻り、泰倫と郁人は応接室に残り雑談していた。

 紗慧は美那と誠の分のお茶を片付け、二人にお茶のおかわりを持っていくと、とりあえず元の仕事に戻った。


 紗慧がしばらく廊下の窓の拭き掃除などの雑用をやっていると、泰倫との話も終わった郁人が彼女を見つけ、声を掛けてきた。

「さっきはすみません」

「いえ。……あの、大丈夫ですか?」

 紗慧がこの先の事を案じているのを察した郁人は、頷いて見せる。

「ええ、大丈夫ですよ。高砂も一応退治屋としては同僚になりますし、上手くやる努力はします。――ところで」

 言いながら郁人は表情を幾分か柔らかくして、紗慧を見た。

「俺の事は郁人と呼んでください。貴方の事も名前で呼んで構いませんか?」

「あ、はい。私の方が歳下ですよね? 敬語はいいですよ」

 紗慧が応えると、郁人は嬉しそうに頷いた。

「じゃあ、これからよろしく。紗慧ちゃん。退治屋の仕事は継続するけど、君は俺が護るから、安心してよ」

 一度に親しげな笑顔と口調になり、郁人は右手を差し出した。

 紗慧は雑巾を使っていた為握手は躊躇したが、郁人は気にせず、彼の方から紗慧の右手を握った。

 紗慧は応接室でのやり取りを思い出し、がらりと変わった彼に少々戸惑ったものの、笑みを返し、

「なるべくご迷惑をお掛けしないよう気を付けますので、これからよろしくお願いします」

と、深く頭を下げた。

「迷惑、なんて考えなくていいよ。それから、紗慧ちゃんも敬語使わなくても構わないし」

「で、でも、少し離れてますよね? 歳。私二十二ですし」

「俺は二十五だから、そんなに違わないよ。慣れなかったら少しずつで良いからさ」

 遠慮がちに言う紗慧に、あくまでにこやかに、マイペースに郁人は言った。

 紗慧は戸惑いながらも、曖昧に頷いて返した。


 その日は、美那も旅館に一泊する事になったが、翌日には本来の持ち場へ帰るそうだった。

 郁人は誠と同様に、長期滞在向けの部屋を宛がわれ、遥鳴堂旅館で暮らし始める事になる。

 紗慧は、誠と郁人の仲を心配しつつ、この先の生活も上手くやっていけるよう願わずにはいられなかった。



 夜になり、紗慧のその日の当番が終わり、温泉にゆっくり浸かった後、彼女の従業員用の部屋に戻ろうとすると、Tシャツにスウェット姿の美那と会った。

「お疲れ様」

 美那は優しく声を掛けて歩み寄ってきた。

「少し、話さない?」

 紗慧は彼女の言葉に応じ、旅館内の自動販売機で買った飲み物を持って、彼女の部屋に一緒に行った。

 部屋に入り、テーブルに着いて落ち着くと、紗慧は寛いだ様子の美那に言った。

「退治屋さんって、あの……妖が出たら闘うんですよね。大変な仕事ですね」

 美那はペットボトルのほうじ茶を一口飲み、首を傾げた。

「確かに命懸けだけど、もう慣れたから。修行時代の方が大変だったような気もするわ」

 冗談めかした気楽さで、彼女は言う。

「皆さん修行されて、退治屋になるんですか?」

「ええ、勿論。自分の中の異形を御する為、わざを高める為にね。普通は師匠に見出だされたりしてこの道に入るの。師匠を持たず、修行期間を持っていない人は、私は高砂君ぐらいしか知らないわ」

 彼女の言葉に、事情を殆ど知らない紗慧も驚いた。

「誠さんは、独学――独力で闘い方を身に付けたんですか?」

 美那はこくりと頷く。

「そう聞いてる。本人に会ったのは今日が初めてだけど」

「修行されるのも勿論凄い事だと思いますけど、独力でっていうのも凄いですね」

 紗慧が言うと、美那は苦笑する。

「普通は不可能に近いわ。退治屋について知る機会すら限られているのに、自らわざを身に付けるなんて。……彼は『半妖』だから、だろうけど。苦労したでしょうね。色々と」

 紗慧は、昼間の郁人の言葉を思い出して小さく尋ねた。

「『天狗』、ですか。どうして解るんですか?」

「彼の闘身からの推測らしいわ。私は見た事がないから、説明出来ないけど」

 美那の言葉を聞きつつ、紗慧は先日の誠の姿を思い出す。

 不思議と恐ろしいとは感じなかったが、当人はどんな想いなのだろうと、紗慧は思った。

「まだ知り合ったばかりだから、彼の事、全然知らないんです。でも、昼間の彼の事を思うと、他の人と違うという事で大変な思いをしてきたんだろうなと思います」

「優しい人ね。貴方は」

 美那は微笑んで紗慧を見た。

 紗慧は首を横に振りながら、「そんな事ないです」と返す。

 そして、紗慧は内心で、美那も郁人も闘身になって妖と闘うのだと、上手く想像出来ないながら思った。やはり自分は何も知らない、と。


 ふと、美那は黙った紗慧をじっと見つめると、静かに言った。

「この間の事件では、本当に大変だったわね。それなのに、ここで働くなんて、無理しているんじゃない?」

 問われた紗慧は、一瞬言葉を失い、視線を泳がせる。

「無理は……していないです。働いている方が、じっとしているより良いですし」

 彼女は本心のつもりでそう言った。

 美那はそんな彼女の眼をを真っ直ぐ見、言葉を選びながら言う。

「凄惨な光景を眼にして、……大事な人を失って……。平気な筈ないものね。泣いても、取り乱しても、いいのよ?」

 紗慧は美那の言葉に戸惑いながら応える。

「……平気でなくても、大丈夫です。辛くないって言ったら嘘になりますけど、でも大丈夫です。皆さんから良くして貰ってますし」

「我慢しているんでしょう?」

 美那は右手を伸ばし、紗慧の頬にそっと触れた。

 紗慧は、その手から、温かいものが流れ込んできた様に感じて驚いた。だが、それは不快な感覚ではない。

「私は殆ど怪我をしませんでしたし、護ってくれる人もいました。でも、昇さんは……――亡くなった方達は、とても恐くて痛い思いをした筈です。……それが、とても悲しいんです。私だけが無事なのが、申し訳ないんです」

 気が付くと紗慧は、胸の内を開放した様に話していた。そして、自身の頬に涙が伝うのを感じた。

 話すつもりのなかった想いが口をついて出たのも、今まで不思議なくらい出なかった涙が流れたのも、美那が触れて何かしたせいなのだと、紗慧は直感した。

 流れ始めた涙はなかなか止まらず、美那の手も濡らしたが、彼女は何も言わず、紗慧の横にやってきてその肩を抱いてくれた。

 しばらくの間、二人はそのままでいた。

 紗慧の涙が治まり落ち着くと、美那は身体を離し、涙を拭く為のハンカチを差し出した。そして、それを受け取った紗慧の頭を優しく撫でた。

「吐き出さないと、それはおりの様に溜まっていっていつか毒になるわ」

 あくまで優しく、美那は言った。

 紗慧は、躊躇いながらも美那に訊く。

「今のは鹿島さんの能力ちからなんですか? 普通の姿で使えるんですか?」

 すると、美那は微笑んで答える。

「完全に闘身にならずに使えるわざがない訳じゃないの。でも今のは、私から『気』を流して循環させただけ。貴方の滞って固まってしまった『気』が、きちんと貴方の中で流れるように、ね。少しは楽になると良いんだけど」

「ありがとうございます。楽になりました」

 紗慧は赤くなった目許のまま、美那につられて微笑んだ。

「あ、ハンカチ、洗ってお返しします」

 ふと気付き、紗慧が言うと、美那は「いいの、いいの。気にしないで」と、手を差し出してそのままハンカチを受け取った。

「私は明日の朝に発つから」

 美那は改めてそう告げると、

「また会う機会があれば、一緒に買い物かご飯にでも行きましょう?」

と言って、紗慧の肩をぽんと叩いた。

「そうですね。その時は今返せない分お礼をさせてくださいね。鹿島さん」

 紗慧が言うと、

「美那、で良いわよ。紗慧ちゃん」

と言ってから、「お礼なんていいの」と、付け足した。

 その後少しの間他愛ない会話を交わし、紗慧は彼女の部屋を辞した。

 ここ数日の間、深く眠る事が出来ずにいた紗慧だったが、今夜はもう少しゆっくり眠る事が出来そうだと感じながら、離れの部屋に戻った。

読んでいただきましてありがとうございます。

妖や退治屋の設定なども、お話の中で少しずつ明かしていこうと思っています。

ほんの少し登場人物が増えていますが、読んでくださった方の印象に少しでも残れば、嬉しく思います。

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