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彼方よりの。  作者: 秋生侑珂
第二章
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黄昏に差す影・二

前回の続きです。

 日没間近の人気(ひとけ)のない道路に、煌々(こうこう)と赤い光が(とも)っていた。

 街灯の頼りない灯りが(かす)む程の力強いその光は、燃え盛る炎であり、またその全てが炎ではない。

 『闘身』の郁人(いくと)が身に(まと)うその炎は、彼自身の生命力と精神力を練り合わせた『気』の発露であり、身を守る鎧にもなり得る武器だった。

 自然現象の炎の様な熱を常に発する事はなく、しかし自在に熱量をコントロール出来る彼の炎の源──『怒り』は、真っ直ぐ敵に向けられていた。


 女の姿を模した()の様な風貌の(あやかし)は、郁人を警戒してか身体を(ちぢ)こまらせて震えながら不気味な音を発していた。

 郁人は地面に着いた足から炎を(ひろ)げ、自身を中心に左右に火柱の壁を作った。背後にいる(あきら)へ敵からの攻撃を及ばせない為だ。


 辺りに高温の熱気が満ち、彼はそれを深く呼吸する。

 闘身となった彼にとって、熱は自身の力を高める(かて)となる。

 彼が発した火の力──『火気(かき)』は空間に拡がり更なる『火』を呼ぶ。

 本来の『退治屋』の闘い方のひとつとして、練った『気』を()めた攻撃を繰り出す他に、こうして空間を自身の属性の『気』で満たす事で闘いを有利に運ぶという戦術があるのだった。

 郁人は辺り一帯の場に宿る『気』を自身の『火気』で染め、炎を生み出し易くし、炎が発する炎熱を取り込む事で、自身の力を更に活性化させる。瞬間的な攻撃力よりも、長時間に渡る闘いでその真価を発揮するタイプの退治屋だった。──しかし、これまでにそれ程の長期戦になる事はあまりなく、それは彼の退治屋としての優秀さを表してもいた。

 今は負傷した誠を背後に置いている為、意識的に短時間で決着を着けるべく、最初から全力であたるつもりだった。


 彼は、先程妖の吐いた糸に巻かれた腕の感覚を確かめて、問題がない事が判ると小さく頷いた。

(……さあ、どう来る?)

 郁人は隙のない構えを取りながら、敵を挑発する様に炎を揺らめかせる。

〈ギ……キィッ〉

 妖は奇声を上げると両腕を羽ばたかせ、先よりも大量の『粒子』を発生させて撒き散らした。

「またそれか。こちらに届く前に処理すれば!」

 彼が手を(かざ)すと、前方へ向かって炎が渦巻き、妖しく光る『粒子』を巻き込んであっという間に燃やし尽くす。

〈キィィッ〉

 妖は(たま)らず後方へ逃げようと飛び退(すさ)った。

「逃がすか!」

 無害化された燃え(かす)を更なる熱で振り払い、彼は敵を追う。

 炎の塊と化した郁人の突進を、妖は避ける事が出来なかった。

〈キッ……ギキャアァァッ!〉

 郁人は妖の喉(もと)を片手でしっかりと捕まえ、その手から炎を放射した。

 妖は苦しみ(もだ)え、両腕の羽をばたばたと羽ばたかせながら暴れる。だが首から上がった火は消えず、そこを中心に燃え広がる一方だった。

 周囲への影響を考えた郁人は、妖を掴んだ手を離さずにそのまま地面に引き倒し、もう一方の左手で拳を作り炎を纏わせると、敵の頭部へ向けて真っ直ぐ振り下ろした。


〈――――ッ!〉


 断末魔を上げる事すら出来ないまま、妖は頭を砕かれながら燃やされ絶命した。

 力を失った四肢はだらりと垂れ下がり、炎に呑まれて燃え尽きていく。

 郁人は念を押す様に、周囲の『気』を塗り替えた『火気』を自身に収束させ、掴んだままの敵へ最後まで浴びせ続けた。


 ――黒い塊は火柱の中で粉々に砕けていき、やがて灰となって完全に消滅した。

「……人を巻き込まずに処理出来て良かった」

 誰にともなく呟くと、彼はふうと息を吐いて闘身を解いた。

 辺りに漂っていた瘴気は火によって浄化されたかの様に綺麗に消え、後には清浄さを取り戻した静けさが残るのみだった。



 郁人は周囲が安全である事を確認してから、後ろに控えている(あきら)(もと)へと向かった。

「大丈夫か、高砂(たかさご)!」

 彼が駆け寄ると、誠は手で眼(もと)を押さえながら立ち上がろうとしていた。が、小さく(うめ)いてよろめいた。

「……う、くそ……」

 誠はまだ闘身のままで、それでも妖から受けた粒子状の毒から回復していない様子だった。

「おい、大丈夫か? さっきの……ちょっと見せてみろよ」

 郁人は誠に近付いていき、俯く彼の顔を(のぞ)き込んだ。

「……うわ……やっぱり酷いな。前、見えるか?」

 彼の眼許は依然として腫れており、赤黒く染まった(まぶた)が痛々しかった。しかし、先に見た時より幾分かは良くなっている様でもある。

「闘身を解けば、もう少しは良くなりそうか?」

「……多分な」

 誠は苦しげというより不機嫌そうな声色で応え、眼から流れ出た涙で濡れた顔を腕で拭う。

「ちょっと待ってろ。少しでも効きそうなもの持ってくるから」

 郁人は彼の返事を待たずに置いてきた車の方へ駆け出した。


 ――道路脇に寄せて停めておいた車に辿り着いた郁人は、すぐに乗り込み発車させる。

 あまりスピードを出さずとも元の場所までそれ程掛からずに戻ってこられた。

 誠はその間に闘身を解いて生身へと戻っていた。

 彼の(そば)に車を停めた郁人は、車から降りて後部トランクを開けて荷物を取り出す。

 水の入ったペットボトルと退治屋が戦闘で傷を負った際に使う救急キットを取り出し、その箱の中から粉末の入った袋を選んだ。

「……これを水に溶かせば――」

 ペットボトルの封を切り、粉末を一袋分全てその中へ入れて(ふた)を閉め直してからボトルを振った。

「――こんなもんか」

 水の色は(ほとん)ど変わらず、多少白っぽく濁った程度だ。


「高砂」

 郁人が呼ぶ声に、誠は鬱陶(うっとう)しそうに振り向く。

「これで眼を洗え。妖の毒に効く解毒薬を溶かしてある」

「……解毒薬?」

「お前も支給されたヤツ持ってるだろ。退治屋用の治療道具。その中に入ってる」

「………………」

 誠はボトルを受け取り、躊躇(ちゅうちょ)する様に何事か考えていたが、ボトルの蓋を開けた。

「ああ。洗う時は水を手に溜めないで直接掛けた方が良いと思うぞ。なるべく雑菌が入らない様にした方が良いからな」

 郁人の注意には応えず、誠は(あご)を少し持ち上げて(ひたい)の上からボトルを傾けて眼許に中身を振り掛けた。

「――っ……」

 彼はそれまでの(しか)め顔を更に歪ませたが、ボトルが空になるまで黙って洗眼に努めた。

「…………どうだ?」

「………………」

 無言の彼にタオルを差し出しながら、郁人はその顔を覗き込んだ。

 誠は濡れた顔や首許を受け取ったタオルで拭き、繰り返し(まばた)きしようとしていたが、やはり腫れはすぐには引かない。

 郁人は車から持ち出していた小型のライトを点けて彼の眼の状態をよく見ようと顔を寄せた。

「……うーん……。さっきよりは少しマシに見えるけど……、それでも二倍近くに腫れてるんじゃないか? 瞼。粘膜部分だしなあ。下手に触れないし、眼自体の状態は素人には分からないし……」

「……こんな程度で潰れるかよ。腫れも、少し休めばその内治る」

 彼は洗う内に口に入った薬液を唾液ごと吐き出して、意地を張る様にそう言って郁人を振り払う。

「……改めて言うけど、俺が思うに、あの妖は蛾みたいな性質があったんじゃないかと。飛ばしてきたのも鱗粉(りんぷん)みたいに見えた。仮にその通りなら、触れた皮膚や粘膜部分が腫れるのも分かる。普通の蛾の鱗粉でも、眼に入ると失明する事だってあるんだ。それが妖の攻撃(もの)なら毒性だって相当なんじゃないか? ――そう思って解毒薬で洗えって言ったんだけど――」

 郁人は腕組みし、一瞬考えてから言葉を続けた。

「……うん。それ、病院行った方が良いと思うぞ」

()らねえ。妖の毒なら病院に何が出来るんだよ。今の解毒薬だかが効けばそれで良い。これまでだって、『ガーゴイル』だとかの毒持ってる妖の攻撃は受けてきたが、放っておけば勝手に治る。今回も同じだ。……場所が場所なだけに、鬱陶しいのは確かだが」

 彼は晴れ上がった眼許に思わず手をやりそうになり、それを途中で止め、忌々しそうに言った。

 だが、郁人は辛抱強く食い下がって見せる。

「妖由来の毒は確かに病院じゃ対処出来ないだろうけど、それはお前の言った通り今の解毒薬と自己治癒の回復力に任せれば良い。病院で診て貰うべきは、眼球の状態と炎症だよ。生身のお前の身体は人間でもあるんだから、炎症止めは効くはずだろ?」

「……腫れもその内治まる筈だ。別に病院の世話になるまでもない」

 (かたく)なに拒否の姿勢を貫こうとする誠に、郁人は呆れながらももう一押し、とばかりに言う。

泰倫(やすのり)さんが見たら相当心配するだうな? お前が『治るから大丈夫』って言えばそりゃ信じてくれると思うけど、見た目にそこまで腫れてたら、治るまでとにかく心配するよ、きっと。紗慧(さえ)ちゃんもそうだろうな。旅館の人達も、皆優しい人達だからな」

「――う……」

 指摘されて初めて気付いたのか、彼はぴたりと動きを止め小さく呻いた。

(そうだよな。高砂(こいつ)、ひとに心配されたり気遣われるの、大の苦手だもんな。この方向から押せば少しは言う事聞くんじゃないか?)

 内心でそう願いつつ、郁人は説得を重ねる。

「病院行って少しでも見た目に良くなれば反応も違うと思うぞ。それに、診て貰って薬も貰っていれば、泰倫さん達だって安心するだろうし。どうだ? 病院に行っておけば、お前が言うところの『面倒』が軽減されるとしたら、行く価値もあるとは思わないか?」

「…………鬱陶(うっとう)しいな、お前も」

 まるで恨み言の様に(つぶや)く彼に、郁人は一瞬怒りそうになるが寸前で(おさ)えた。

「鬱陶しかろうが事実だろ。お前がまともに話を聞くなら、俺の事は幾らでも鬱陶しがっても良いよ。とにかく、今の状態のまま旅館に帰った時の事を想像してみろって」

「………………」

 数瞬黙り、誠は俯いたかと思うと「ちっ」と舌打ちをした。

「……くそっ。気に入らねえが今回は乗せられてやる」

「お。行く気になったか」

「うるせえ。元はといえば俺自身が迂闊(うかつ)だった所為(せい)だからな。仕方ねえ」

 諦め半分に言う誠に、郁人は軽く頷く。

「そうだぞ。情報のない妖に対しては慎重に対処するべきだ。生死が()かってるんだからな。反省しろよ」

「……ふん」

 郁人に対する不満ではなく自身に対する(いきどお)りから、彼は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「よし。じゃあ、このまま車で病院まで連れて行ってやるから、乗れよ」

 郁人が先立って歩き出そうとすると、誠は再び悔しそうに舌打ちをした。

「……気に入らねえ」

「……本当に可愛くない奴だよな、お前」

「うるせえ」

「はいはい……」

 渋々ながらも付いてくる誠に溜め息を吐きつつ、郁人は車へ向かった。

(まあ、病院に行く気にさせられただけでも良しとしないとな)

 郁人は口には出さず胸の内で独りごちて自分を納得させるのだった。


 ――陽はすっかり落ち、辺りは夜の(とばり)が降りてライトの明かりなしでは見通せない。

 二人は共に、妖の被害が町に及ばなかった事に安堵(あんど)しつつも、ソレが出現した区域に違和感を覚えていた。

 妖の侵入を許さない筈の土地の付近に妖が姿を現した事に、せめて何某(なにがし)かの作為がなければ、と、二人は言葉を交わさずに思っていた。

読んでいただきましてありがとうございます。

もう一話、後日談的な話がありますので、順次投稿させていただく予定です。

お付き合いいただける方はよろしくお願いいたします。

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