表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼方よりの。  作者: 秋生侑珂
第二章
33/34

黄昏に差す影・一

エピソードごとに間が空いてしまい、申し訳ありません。


 郁人(いくと)はその日の巡回の終わり近く、『常世(とこよ)』が開くのを感じた。

 辺りが夕闇に染まる中、乗っている愛車を(みち)の脇に寄せて停め、意識を集中して現場の方角を探る。

(近い……が、町側じゃないな)

 郁人は町の方から山手の旅館へ引き上げようとしていた途中で、町の外れにいた。今いる路をそのまま進むと、旅館へ向かう路に入る。

 山側へ意識を向けたところで、助手席に置いたスマートフォンが音をたてた。

「──高砂(たかさご)から?」

 端末を手に取って確認すると、画面には『高砂(あきら)』と着信相手の名前が表示されていた。

 郁人はすぐに電話に出る。

賀茂橋(かもはし)、今どこだ?」

 通話が開始されるなり、誠が尋ねてきた。

「旅館に帰るところだった。常世の事か?」

「そうだ。旅館に向かう路の途中だ。旅館(こっち)からも近いから、俺もすぐ行く」

「分かった」

 手短に会話を終わらせ電話を切る。

 郁人は再びエンジンをスタートさせ、進行方向はそのまま車を発進させた。


 誠の言った通り、路の先から(わず)かに瘴気(しょうき)を感じ取る事が出来た。

 彼等が拠点にしている遥鳴堂(ようめいどう)旅館(りょかん)の敷地は(あやかし)の侵入を(こば)む事の出来る特殊な土地で、更に妖避けの結界も張ってある。故に旅館の敷地内に常世が開く事も、妖が出現する事も、まずあり得ない。

 しかし、敷地から出てしまえばそこは他の土地と何ら変わりはない。

 これまでに旅館寄りの場所に常世が開いた事がなかった為、郁人には多少の緊張があった。

「……いや、でも町中に出るよりは全然良い筈だ。この路は夕方以降は人も車もあまり通らない」

 彼は自分に言い聞かせる様に呟く。

「──あとは、どんな(ヤツ)が来たのか、だ」

 ハンドルを握る手に力を入れ直しながら、彼は意識を研ぎ澄ませて妖との距離を測ろうとしていた。


 不意にエンジンから(かす)かに異音が聞こえ始めた。アクセルペダルやハンドルの反応も鈍く感じられる。


(瘴気の影響が出始めたか)

 郁人は慎重に車を繰り、道路脇に寄せて停車させた。

 一瞬迷うが、車内で(あらかじ)め靴を脱いで車を降りる。

 整備されたアスファルトの感触を足裏に感じながら、彼は足早に歩みを進めた。

 車のライトも点いていないと街灯の少ない道路は薄暗く、周囲は木々と草むらが続いている。山道に入っている事を実感する。

 西の空にはまだ赤みが残っているが、紫がかった紺色が広がり地上にまで降りてきている様だった。

 『逢魔(おうま)(とき)』という言葉が郁人の頭を(よぎ)り、彼は改めてその言葉の説得力に納得する。

 上着を羽織っていない為空気も風も冷たかったが、彼は気にせず進む。


 そして──


 瞬間的には女が歩いているのかと思った。

 薄暗い路の端をとぼとぼと、白っぽいワンピースを来た女が旅館方向へ向かって歩いている、と。

 だが、歩き方が異様だった。左右に不安定な幅で揺れ、歩幅も一定ではない。肩を前にすぼめる様な形で、前屈みになっているのも不気味に見えた。


 郁人には勿論正体が(わか)っていた。

 ()()は人間ではない。


 彼は足音を潜めて歩きながら、周囲にソレと同種のモノがいないかを素早く確認する。

 どうやら単身の様だった。他に気配は感じられず、()で見ても姿は一体きりだ。


 ひたっ。ひたひたっ。ひたっ。ひたっひたっ──


 そこにいる者を不安にさせる不規則な足音を小さく鳴らし、ゆらゆらと歩くソレがふと立ち止まる。

(気付いているな。来るか──)

 郁人はまだ気配を殺しながら、長袖のシャツをその場で脱いだ。


 ソレは身体を(かし)げさせつつ、ゆっくりとこちらへ振り返った。

 長い灰色の髪を前に垂らし、首から上を(いびつ)にひくひくさせるソレは、「キチキチキチ……」と妙な音を小さく発していた。

 ワンピースに見えたそれは、大きなぼろ布を着物の様に前を合わせて(まと)ったもので、地面近くの裾からは骨張った裸足の足が(のぞ)いている。

〈……カ……ハアア……アァァァ……〉

 ソレは、(もつ)れた髪束で隠れた奥にあるであろう口から、瘴気混じりの空気を殺意と共に吐き出した。

 郁人はソレが振り返るのと同時に『闘身』に姿を変じていた。


 宵闇(よいやみ)を赤と朱の炎が照らす。


 獅子と人間が混ざった様な容姿の郁人は、全身に纏った炎を揺らめかせ、前傾姿勢で身構えた。

「見た事ない妖だな……。油断はしない……!」

 戦意を(みなぎ)らせた郁人に向かって、ぼろ布に包まれた妖が飛び掛かってくる。

〈キキッ……キィ……ッ!〉

 妖と接触する前に、彼は跳び退(すさ)ってそれを完全に(かわ)した。

(下手に触ると何があるか分からないからな……。距離を取りながら──)


 彼が戦術を選びつつ敵の様子を(うかが)おうとした時、一陣の突風が吹いて、『闘身』の姿の誠が上空から現れた。


「来たか、高砂……!」

 と、上方に気を向けた隙を狙ったのか、妖が奇声を上げながら腕を持ち上げ、灰色の糸の様なものを郁人へ向けて飛ばしてきた。

〈キ……シャアアッ〉

「!」

 郁人は横へ素早く避けて構え直す。


 女の様な風貌の妖の顔を隠す髪が分かれ、覗かせた口(もと)は蝶のそれに似ていた。口吻(こうふん)の様な細いチューブ状のものが、人間の顔の口に当たる部分から伸び、不気味に震えている。

 そして、髪の分け目から見えた眼は、濁った様な色味の黒い大きな複眼だった。黒い塊が二つ、眼の位置に並んでいる様は生理的な嫌悪感を(もよお)させる。

「こいつ……蝶? いや、()か?」

 勿論、そのものではない。だが、郁人の眼には、蛾と人間が混ざったかの様な容貌に見えた。

 朽ち掛けた襦袢(じゅばん)にも似た布を纏う妖は、枯れ木の様な細い両腕を広げて繰り返し奇声を発する。

(こいつが帯びているのは『金気(こんき)』……『火気(かき)』の俺には都合が良さそうだな)


「知らない妖だ。賀茂橋、知ってるか?」

 上方から誠が郁人に声を掛けてきた。

「いや、知らない。これまでに確認されていない奴だろう」

 郁人は答えながら敵との最適な相対位置を探る。

 そして彼が炎を発生させようとした瞬間、上から間に割って入った誠が、拳を構えて妖に突進した。

「情報がなかろうが関係ねえ……!」

「! 高砂、下手に近付くな!」

 咄嗟(とっさ)に彼は叫んで誠を制止しようとした。が、間に合わない。


 誠の拳が届く前に、敵は両腕を羽ばたかせるかの様に広げた。そして、次の瞬間、その両腕の動きからうっすらと発光する細かな粒子状の何かが吹き出した。


「なっ……! ──う"!」

 既に相手の(ふところ)へ向かって飛び込んでいた誠は、真正面からその『粒子』を浴び、(たま)らず動きを止める。


(まずい!)

「高砂!」


 直感的に良くないと判断し、郁人は誠の胴を両腕で掴み、後方へ引っ張りつつ自分も退いた。

 距離を取ってから、身体を(ひね)る様にして誠の身体を放る。

迂闊(うかつ)だぞ、高砂!」

「ぐ……ッ。うるせえ! ──何だこれ……!」

 誠はその場に(うずくま)って呻き声を上げた。


 見ると、彼の身体には先の『粒子』が広範囲に付着しており、てらてらとした光を放っている。


「ぐ……う……、くそっ眼が……!」

 彼は手で眼許を押さえ、苦しげに喘いだ。

「! くっ! また来るか!」

 妖は再び腕を激しく動かし、先の『粒子』をこちらへ飛ばしてくる。

 郁人は身動きの取れない誠の前に立ち、前方に炎を放射してその『粒子』を焼き払った。薄く発光する『粒子』は(またた)く間に燃え尽き、妖も怯む様に後ろへ退いた。

(思った通り、炎は有効みたいだな。──()()は……蛾の鱗粉みたいなものか……?)

 思い至ると同時に、郁人は誠の方へ振り向いた。

「おい、大丈夫か──うわっ」


 誠が手で押さえている眼許は、本来の闘身である時の青い皮膚が赤黒く染まり、大きく腫れ上がっていた。先程の『粒子』を最も多く浴びたのが顔面であるらしく、他の部分よりも毒々しい色味に染まっている。


()ぅっ……落ちねえ……! 何なんだ……ッ」

 彼は手の甲でそれを(ぬぐ)おうとするが上手くいかず、また、生じる強い痛みに顔を歪めていた。

「待て、強く(こす)るな──」

 郁人が誠の方へ注意を向けた隙を見て、妖はその口から細い糸の束を吐き出した。それは郁人目掛けて素早く伸びていく。

「──ッ! 蛾の成虫は! 糸は吐かないだろ!」

 思わず叫んだ彼は、左腕を前に出して向かってくる糸を巻き取ると、炎でそれを焼いた。

〈キ!〉

 燃え上がった炎は糸を伝って妖の許へ走っていったが、妖は身を守る為、糸を口許で切って後ろへ飛び退いた。


 郁人は自身と妖の間に炎の壁を発生させて時間を稼ぎ、誠の側へ振り返った。

「多分それは鱗粉(りんぷん)みたいなものだ。蛾の鱗粉が(まぶた)に付くと腫れるだろ? 問題は毒性の強さだが……──取り敢えず、お前は下がっていろ。俺が闘う」

「下がってろだと? 何言ってやがる……!」

 郁人の言葉に、誠は歯を食い縛り立ち上がる。

「無理するな。その腫れじゃ、眼、見えてないんじゃないのか? お前は『木気(もっき)』で奴とは相克(そうこく)。『火気』の俺には有利で相性が良い。任せろよ」

 彼は敵の様子を窺いながら、(さと)す様に言う。

「……ぐ……畜生……!」

 誠は(うなず)く代わりにそう吐き出して項垂(うなだ)れた。

 彼の腫れた眼からは少なくない量の涙が流れている。痛みや悔しさの所為(せい)では勿論なく、眼球や粘膜に付着した異物を流し落とそうとする生理反応だった。

「俺からの()()とは言わないから、安心しろ」

「うるせえ! さっさと行け!」

 敢えて聞いた憎まれ口に誠が怒鳴り返すの聞くと、郁人は彼から離れて敵と相対した。


 妖は警戒する様に身体を(すぼ)め、ゆらゆらと揺れながら身構えている。灰色の長い髪は僅かに広がり、奥の黒い眼に郁人の纏う炎の朱が映っているのが見えた。

 郁人は自身の『気』の流れを整え、敵を見据える。


「さあ来い……! その瘴気ごと燃やしてやるよ」

読んでくださりありがとうございます。

今エピソードは、ニ話+後日談の予定になります。

お付き合いいただける方は、どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ