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彼方よりの。  作者: 秋生侑珂
第二章
32/34

反発の訳は・五

前回の続きです。

 (あきら)郁人(いくと)が騒ぎを起こしてから数日経ち、更に道幸(みちゆき)の命日を迎えてから三日が経っていた。

 泰倫(やすのり)の親戚達の何割かは既に旅館を去っており、通常通りの静けさはまだ戻っていないものの幾らかは落ち着きを見せていた。

 この日は見回りに郁人が出ており、誠は旅館で待機だった。

 誠は朝食の後しばらくして、午前十時を過ぎた頃自室を出た。

 特に何をするでもなく、行く当てもないまま何の気なしに玄関ロビーまで来ると、そこには孝明(たかあき)がいた。

 彼がロビーの待ち合いスペースで(くつろ)いでいるのは珍しい事ではないが、今回は玄関付近の鏡の前に立っていた。姿見に自身の姿を映し、確認している様だった。

 誠が思わず見たのは、彼が珍しくスーツを着ていたからだった。いつもラフな格好で過ごしている孝明が、今日は上下揃いの黒いスーツ姿だった。ネクタイはしていないものの、印象は普段と大きく異なって見える。

 彼が足(もと)に置いたコートを手に取ろうとした時、やってきた誠と眼が合った。瞬間、ぎくりとする誠に孝明は歩み寄ってくる。

「やあ、誠君。おはよう。今日は郁人君が出ている様だね」

「…………何だよ」

 郁人とは違い、孝明と頻繁に雑談する訳ではない誠は、気さくに声を掛けてくる彼に戸惑っていた。しかし、彼は構わず続けた。

「誠君は、今日は何か用事はあるのか?」

「……別に」

 嫌な予感を覚えつつも答える誠に、孝明は「そうか」と(うなず)いてから切り出す。

「俺はこれから道幸さんの墓参りに行くんだ。それで慣れないスーツなんか着ているんだが……。誠君は今年は行ったかい? 道幸さんのお墓に」

「……………………」

 誠は無言で顔ごと眼を逸らした。

「……行っていないなら、これから一緒に行かないか?」

「…………は?」

 予想外の言葉に、誠は彼をまじまじと見る。

「いや、何であんたと──」

「──ああ、先輩。誠も。おはようございます」

 誠が反論し掛けたところで泰倫(やすのり)の声が飛んできた。振り返ると、彼は階段で二階から降りてきてこちらに気付いたのだと分かる。

「う…………」

 嫌なタイミングで現れた、と、誠は内心で舌打ちした。

「よう、ヤス。前に言った通り、今日は親父さんの墓参りに行かせて貰うよ」

「ありがとうございます。お気を付けて」

「ああ。それで──」

 泰倫と挨拶を交わした後、孝明は誠に()を向けて言った。

「誠君も一緒にどうかって、な。ここで偶然会ったもんだから」

「誠も?」

「いや、だから俺は──」

 改めて拒否しようとした彼は、泰倫の前で『道幸の墓参りには行かない』とは言い辛い事に気付き口籠(くちごも)った。

「……く……──……分かったよ……。行けば良いんだろ」

 逡巡(しゅんじゅん)した後で、彼は自棄(やけ)になった様に言う。

「おお。一緒に行ってくれるか。ありがとう、誠君」

「ふん」

 嬉しそうな孝明から顔を背け、彼は鼻を鳴らした。

「……そうですか。僕からもお礼を言わなくてはね。ありがとう、誠」

「……………………」

 複雑な思いのまま、誠は(うつむ)いていた。

「…………出掛ける事牧野(まきの)に言ってくる」

「牧野君なら、今はまだ休憩室にいると思いますよ」

 彼は言葉では応えず、僅かに頷くと、紗慧(さえ)を探しに奥へ向かった。

「……本当に、ありがとうございます、先輩」

「礼を言われる為って訳じゃないんだから、気にするな。落ち着いたら、一緒に飲もうぜ」

「ええ、是非」

 微笑む泰倫に、孝明も大きく頷いて返した。


  ────────────


 誠と孝明は連れ立ってバスに乗り、町まで行った。

 墓のある寺の場所は、山側寄りではあるが町まで出る必要があった。車で行く方が楽ではあったが、流石に孝明と二人の車内は気まずそうだと誠は思い、元々徒歩で行くつもりだった孝明に従ったのだった。

 途中で花屋に寄って孝明が仏花を買うと、誠も自分の分の代金を彼に渡した。

 ──寺に着くと、孝明は寺から桶と柄杓(ひしゃく)と雑巾を借り、誠を連れて道幸の墓に向かった。

 中原(なかはら)家の墓は大きく立派なもので、長く続く家である事と町でも特別な存在である事を見る者に意識させた。

 墓石の前には花や供え物と線香の燃え(かす)があり、誰かが墓参りに訪れていた事を示している。

「──前に来た誰かが綺麗にしている様だが、俺たちの手でも清めてあげよう」

 黙ったままついてくる誠に、孝明は声を掛ける。

「他の供え物は濡らさないよう一度横に避けておいて、墓石やその周りに水を掛けて雑巾で拭くんだ」

 誠が墓参りの作法を知らない事を見越して孝明は説明した。

 言われた通り、誠は淡々と手入れをした。

 作業の多くは孝明が要領良くこなし、互いに会話も少なかった。

 無言で墓石を拭く誠は、何を考えて良いか分からず(ほとん)ど無心だ。


 墓の周りの掃除が終わると、孝明は途中で買った花を供え、(たずさ)えていた鞄から小さな日本酒の瓶を取り出した。

「道幸さんは酒が()()()クチでね。日本酒が特に好きだったんだよ。──知ってるかい?」

 墓前にそれを供えながら、彼は誠に訊く。

「…………あの人が酒好きだったのは知ってる。どの種類が好きかまでは興味がなかったが」

 誠が小さく応えると、孝明は頷き返した。

「そうか。君は……あの頃未成年だったものな。今は? 飲まないのか?」

「飲まない。必要ないからな」

 はっきりと返す誠に、孝明はふっと苦笑して再び「そうか」と応じた。

「俺は割と酒好きでね。泰倫に付き合って貰う事もあるが、前は道幸さんにも時々相手をして貰った」

 懐かしむ様な口調で言い、彼は墓石を見つめていた。

 孝明は、線香を取り出すと誠に分け、火をを()けた。

「ここに供えるんだ」

 彼は説明しながら自分の分の線香を上げて、墓前でしゃがんで両手を合わせる。

 誠は彼に(なら)うが、手を合わせる事はなかった。

 彼が黙祷を捧げる様を見、誠は先日の、紗慧(さえ)が死者に花を手向けた姿を思い出していた。その時と同様に、誠はその背中を黙って見つめるばかりだった。

 故人に敬意がない訳ではない。弔おうという気持ちもあった。しかし、自分の行為が果たしてその様な意に(かな)うものなのか、彼は自信を持つ事が出来ないのだった。

 孝明は黙祷を終えると静かに口を開いた。

「──……一方的な思い込みかもしれないが、俺にも君の気持ちが(わか)る部分があると感じるんだ」

「……………………」

 誠は反応を示さなかったが、彼は構わず続けた。

「俺の父親は(ろく)でもない人間でね。実家とはいつも折り合いが悪かった。俺自身、金だけは持ってる父親の資産を食い潰してやろうなんて考えるロクデナシなんだが。それでも――そんな俺にも道幸さんは良くしてくれた。元々は泰倫を介して知り合った訳で、そもそも泰倫が良い奴なんだが」

 彼は誠の方を見ずに語り続ける。

「息子の悪友──そんな立場でしかない俺にも、道幸さんは親身になってくれた。だから俺には正直泰倫が羨ましかった。自分の父親もあんな人だったら、そう思わずにはいられなかった。多分、道幸さんにも俺のその心情は伝わっていたのだと思う。いつも、批判的な態度を取る事なく、親しみを()めて接してくれた」

 彼のいつもの少ししゃがれた声が柔らかい響きを帯びている。

「…………難病を(わずら)ったと聞いた時、亡くなったと聞いた時、そのどちらもとても悲しかった。あんなに()い人が何故こうも早く――と。泰倫も気の毒だった。小さい時分に母親を亡くしているのに、父親まで。しかも家柄の関係で、直後は休む暇もなかったしな。──その辺りは君も知っている事だな……」

「……………………」

「……俺は俺の身の上から、君にある種の共感を抱いているんだな。君は、そんなの知った事か、と思うだろうがね」

「……………………」

 誠は何を言えば良いのか、何を思えば良いのか分からず押し黙っていた。

「まあ、共感と云っても、(さっき)言った様に一方的なものだと分かっているし、君は俺よりずっと立派な人間だよ。何せ人の命を救えるんだから。俺も一度のみならず助けられている。本当に感謝しているよ」

 言うと、彼はしゃがんだまま振り返って誠へにっと笑い掛けた。

「……いや、何の話だよ」

 誠は困惑して眉根を寄せる。

「ふむ。そうだな……。俺の話であり、君の話だ。そして道幸さんについての話でもある」

「はあ?」

「つまり、故人の墓前だからこそしたくなる話もある、という事さ」

「……言ってる意味が分からない」

 誠が正直に返すと、孝明は「ははっ」と小さく笑った。

 納得出来ない、という顔のまま、誠は頭を掻いた。

「……小説家ってのはそんなに妙な事を喋るもんなのか?」

 そう呟く声を聞いた孝明は、一層大きな笑い声を上げる。

「そんな風に言われるのは初めてだなあ。気難しいとは言われるけれどね。君のそういう、正直なところが好きだなあ」

「はあ? 何言ってんだ?」

「いや、本当に」

 何故か嬉しそうな孝明に、誠は呆れた様に眉を(ひそ)める。

「……あんた、そんな感じだったか?」

「うん? そうだなあ。気分が良い時や気に入った相手といる時はこんなだな」

「……………………」

 その後の言葉が続かず、誠は再び口を(つぐ)んだ。

「君が人付き合いや話すのが苦手な事は知っているよ。そこにも共感を覚えるね。俺も気に入った相手以外とは基本的に付き合いたくないし、話すのも億劫(おっくう)だ。だから、改めて君とは仲良くしたいものだ。数少ない友人としてね」

「友人? 何だよそれ」

 誠は正直に首を(かし)げる。

「俺はそう思っているって事で」

 孝明は構わず「ははは」と笑い声を上げていた。

「……ったく。何だって言うんだよ」

 頭を掻きながら、誠は困惑を表す。

 誠は孝明を嫌ってはいないが、親しいつもりもない。だが、変に馴れ馴れしくせず距離を保てる性格という点で、まだ気が楽な相手ではあった。

 正直に云えば、あまり関心の向く相手でもなかったのだが、その分今日の様な誘いがあるとは思っておらず、それが戸惑いの元でもある。

 何の気紛れなのか──誠はそう(いぶか)っていたが、当の孝明本人には不自然さはなく、本心から望んだままに振る舞っている事が彼にも(わか)った。

 何故なのかは理解出来ないが、妙に上機嫌な孝明に水を差す気にもならず、彼は当惑したまま立ち尽くしていた。


「──さて。それじゃあそろそろ行こうか。お参りし足りないかい?」

 ふと切り替えて、孝明は誠に尋ねた。

「……別に」

「ふむ。せっかくだし、この後昼飯も一緒にどうだい? ご馳走するよ」

 彼は立ち上がりつつそう提案する。

「……わざわざ俺と顔付き合わせて飯食いたいのか? あんたは」

「食いたいね。たまには」

 突き放したつもりが即答され、誠は言葉に詰まる。そして咄嗟(とっさ)に視界に入った墓前の酒と花を指差す。

「それより、それは持って帰らないのか?」

「ん?」

「……牧野は供えたものを持ち帰ると言っていた。あれは寺の墓とは違ったが」

「そうか。そうだな。お寺さんに片付けは頼んでいるんだが、酒は持って帰って飲むのも供養だな」

 孝明は頷くと、日本酒の瓶を手に取った。

「本当は一緒にお参りした君と開けたいところだが、君は飲まないんだよな? 後で泰倫を誘うか」

 言いながら彼はそれを鞄にしまい、借りていた手桶と柄杓、雑巾を(まと)めて持ち上げた。

「俺はこっちを片付けるから、誠君はさっき袋に纏めたゴミを頼むよ。向こうにゴミ箱があるからそこへ捨ててきてくれ」

「分かった」

 誠も言われた通りにその場を片付ける。

 ──まともな墓参りとはこういうものなのか──誠は胸の内でひとりごちた。

 道幸が病死してから、墓へ来た事はあったが遠目に見るだけだった。

 道幸と実の親子ではない自分は、葬式も法事も参列する資格はないと、何もせずに数年を過ごしていた。

 あっさりと墓参りが終わり、誠は「これが一体何になるのか」と、変わらず疑問に思ったが、特別気分が悪い訳でもなかった。

 ただ、孝明の振る舞いも含め、『道幸がいない事が当たり前になった』のを改めて感じ、胸中を刺す様な痛みを覚えている。

 毎年訪れる憂鬱とは少し異なるその感覚を、振り払おうとするべきなのか彼には判断出来なかった。

 これからも、毎年この時期に感じる憂鬱は変わらないかもしれないが、新たに得る感覚や感情もあるのかもしれない、と、彼はふと思い、複雑な心境に区切りを付けようとしていた。

「──よし。終わったな。じゃあ、飯を食いに行くか。何が食べたい?」

 誠がごみを捨て終わると、孝明が歩み寄ってきて肩を叩いて言った。

「……は? 俺は行くなんて言ってない」

「まあまあ。良いじゃないか。ここまで来たんだ。あと少し付き合ってくれよ」

「………………」

 思わず溜め息を吐く誠に構わず、孝明は歩みを進める。

「そうだなあ。寿司にするか。旨い店、知ってるんだよ」

「だから俺は──……もういい。好きにしてくれ」

 抵抗する事に疲れを感じ、誠は諦めてそう言った。

「ありがとうな。誠君」

 孝明は振り返って柔らかい笑みを浮かべていた。

「……………………」

 どう返して良いか迷って誠は黙る。しかし、やはり孝明は気にしていない様だった。

 並んで歩く事など滅多にない二人は、揃って墓地を後にした。

読んでくださり、どうもありがとうございます。

今エピソードはここまでです。


次回以降はまた投稿時期未定ですが、出来る限り近い内に更新出来ればと思っております。

こんなペースで、読んでくださる方には申し訳なく思っていますが、それでもお付き合いいただける方には心から感謝しています。

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