反発の訳は・二
前回の続きです。
*人物間でちょっとした衝突が起こります。
仲間同士の喧嘩シーン・暴力シーンなどが苦手な方はお気を付けください。
「――今度の道幸さんの命日の事なんだが」
電話口で上司である隆司が言う。
「――――…………」
誠は一瞬黙り、奥歯を噛んだ。
「俺は今年はお参りが遅れそうだ。このところ纏まった時間が取れなくてな」
無言の誠に構わず彼は続けた。
誠はゆっくりと息を吸い、そして口を開いた。
「……そうですか。で、何でそれを俺に? 俺じゃなくあの人の息子の泰倫に連絡すれば良いじゃないですか」
すると、間髪入れずに彼は答える。
「彼にはもう連絡している。当然だろう。お前にも話しておこうと思って電話したんだ」
「…………はあ。わざわざ、俺に」
誠が気の抜けた様な返事を返すと、隆司は更に言った。
「わざわざ、じゃない。お前だって身内の一人だろう。道幸さんにとっても、泰倫さんにとっても」
その言葉にぴくりと肩を震わせた誠は、低く小さく返す。
「違う。俺は別に――」
しかし言葉が続かず口籠もってしまう。電話口で微かに息を吐く音が聞こえ、それから隆司の声が聞こえた。
「……まだ言っているのか。お二人はそのつもりだというのに」
「………………」
「……まあ、お前にはお前の受け止め方、呑み込み方があるのだから、無理矢理改めろとは言わん。俺は俺で、自分の考えに従ってお前に連絡しておこうと思ったからしたまでだ」
隆司の声は穏やかで、呆れや叱責する様な色は全く窺えなかった。
「……そうですか」
誠は短く応える。
「そうだ」
隆司は頷く気配と共に静かに言う。
「今回の電話の要件は以上だが。そちらから何か報告する事はあるか?」
一先ず上司としての調子に切り替え、彼は訊いた。
誠は額を指先で掻きながら、「あー……」と、曖昧に応じつつ、先まで郁人としていた相談について説明した。
「――成る程。そうか。了解した。……流石に郁人は管理意識がしっかりしているな」
「これまで通り一人なら、そんな面倒なかったんですがね」
「まあそう言うな。この間の妖の件もある。しっかりやれよ」
思わずぼやく誠に、隆司はいつもと同じく激励の言葉を投げ掛ける。
「……はい」
「紗慧君の事も含め、何かあれば定時以外でも連絡しろ。それじゃあな」
他に要件がない事を誠の雰囲気から察した隆司は、自分から話を切り上げ通話を終わらせた。
「――隆司さん、何か言ってたか?」
誠が手に持った端末を下ろすと、向かいに座る郁人が話し掛けた。
「別に。報告してたのは聞いてたろ。他には何もねえよ」
無愛想に応える彼に、郁人は数瞬黙った後尋ねる。
「……『息子の泰倫』さんがどうとか、言ってたけど、お父さんの道幸さん? の話だったのか?」
訊かれると、誠は郁人を睨み付ける様な眼で見た。
「お前には関係ない」
低くそう言うと、彼は端末をテーブルの上に雑に置く。
「そりゃ関係は……ないかもしれないけど……」
口籠もったものの、郁人は食い下がる様に続ける。
「もうすぐ命日なんだろ? 泰倫さんのお父さん。その事は俺も聞いたけど、俺自身は面識ないからな……。でも隆司さんはあるんだろ? だから話題に出たんだろうし。その件での連絡だったんだよな?」
問われる誠は、頭を振って突き放した。
「だから、関係ねえって言ってんだろ」
「隆司さんの事もか?」
「しつけえな。今年は命日に間に合わないって話をしただけだ」
心底から嫌そうに言うと、誠は立ち上がった。
「必要な話は終わったんだからもう戻れよ。隆司さんに聞きたい事があるなら手前で電話でもして訊け」
少なからず怒気を孕んだ彼の声色に、郁人も気後れを感じすごすごと腰を上げた。
「……あれやこれや訊いて悪かったよ……。ただ俺は――」
言いながら入り口の扉へ向かう。そして、下駄箱前で靴を履いたところで振り返った。
「俺は、その『中原道幸』さんの事を知らないけど、世話になってる泰倫さんのお父さんなんだし、隆司さんも高砂もその人を知ってる。だから、その人の命日だって言うなら、話を聞いてみたいと思ったんだよ。……何がそんなに気に食わないのか、俺には分からないけど」
郁人は正直に告げたつもりだった。しかし、誠はその場に立ったまま何も返さない。
「……そんなに俺とはただの他人のままでいたいのかよ」
苛立ちを抑え切れず、彼は呟いた。
「…………それ以外にあるのかよ? 誰だろうと、ただの他人だ」
俯き加減のまま誠は言う。
「……隆司さんもか? 泰倫さんや、その『道幸』さんも、そうだってのか?」
「…………うるせえ。とっとと出て行け」
郁人が思うよりも彼は怒っていた。しかし、それが一体どこから来ている怒りなのか、郁人には見当がが付かない。それ故に、彼の感情に対しても苛立ちが勝ってしまう。
「そうかよ。……命日の話を聞いた時、直接の知り合いのお前が法要に参列しないっていうのは何でなのか、不思議に思ってたけど、『ただの他人』だからって訳か」
そう言い捨てて郁人がドアノブを掴もうとした時、正面から誠が彼の胸倉を掴んで背後の扉にその背中を叩き付けた。
「――――ッ!」
郁人は誠の速さに追い付けず、反応するより先に扉に押し付けられていた。一瞬遅れて背中の痛みと胸が押さえ付けられる息苦しさを感じる。
「……黙って出て行けねえのかよ」
押し殺した様に言う誠には、これまで感じた事のない凄味があった。郁人は思わず気圧される。
「……っなんで……――何に対して怒ってんだよお前……っ」
反射的に襟元を掴んだ手を引き剥がそうと身動ぎしながら、彼は絞り出す。下腕が押し当てられた胸が痛み、呼吸が乱れる。
誠は口を噤んだまま、空いた方の手でドアノブを掴んで捻り、勢い良く扉を開いた。そして、掴んでいた郁人を放る様に押し出して手を離す。
「――うっ……く……ッ」
強い力で突き飛ばされ、郁人は後ろに倒れ込む寸前で何とか踏み留まった。
「っだから! 言葉で言えってんだよ! 何考えてんだか、どういう事なのか、少しは話したらどうなんだよッ!」
ついに郁人も感情的になって叫んでいた。
廊下には、丁度紗慧と同僚の朋花がこちらへ歩いてくるところで、その物音と郁人の声に驚いて立ち止まっていた。
「い、郁人さん……? あの部屋は誠君の……」
視界の端で彼女等を捉えた郁人は、激情とは別に理性で「まずい」と感じる。が、彼も誠も、瞬時には収まらなかった。
「必要ねえって何度言や分かんだよ。てめえに話す事なんざ何もねえよ」
その言葉に、再び郁人はカッとなる。
「そうやって何もかも関係ないって撥ね付けるのかよ! ずっとそんな風に生きていけると思ってんのか? 子供みたいに!」
「うるせえ。知った事か」
「お前……!」
激しく言い合う二人に、紗慧と朋花は困惑するが、止めに入って良いものか逡巡していた。
「――どうしました?」
と、彼女等の後ろから、泰倫が小走りで駆けつけた。彼の背後には男性の従業員が数人続いている。
「これは……良くないな……」
泰倫は部屋の前の二人を見てそう呟くと、「貴方達はここに」と、紗慧と朋花に言って前へ出て行く。
――郁人は焦りと怒りを意識していながら抑えが効かず、更に叫んだ。
「お前には自分か他人かしかないのかよ! お前を大事に思ってる人の気持ちも関係ないってのか!」
そして、息を吐き出した後、声のトーンを大きく下げ言う。
「……泰倫さんにも、お父さんの『道幸』さんにも、そう言うのか? 他人だから関係ないって――」
「ッ!」
郁人の挑発的な言葉に、誠は即座に激昂した。
腕を振り上げ、次の瞬間には拳で郁人の頬を殴り付けていた。
「――うっぐ……っ」
左頬を打たれた郁人は、その勢いのまま後ろの壁まで吹き飛ばされて床に腰を付いた。
「きゃああ!」
遠目に見守っていた紗慧と朋花が動揺の声を上げる。
「誠! 駄目だ! 止めなさい!」
一足遅れて泰倫が誠の許へ駆け寄った。
「どうしたって言うんだ。ここへ来てから誰かに手を上げた事なんてなかったじゃないか」
泰倫は誠の肩に手を添え、出来る限り穏やかな調子で語り掛ける。
「…………うるせえ」
小さくぼそりと誠は呟いた。それは誰に向けられたものでもない様な響きだった。
「お前はまたそうやって……!」
床に座り込んだまま、郁人が再度声を上げるが、すぐさま誠も叫んだ。
「うるせえんだよ! どいつもこいつも!」
叫ぶと同時に、泰倫の手を振り払い彼は廊下の先へ向かって駆け出した。
「誠君!」
紗慧は彼を止めようと手を伸ばすが、彼は素早く横を走り抜けて行ってしまった。
旅館の玄関の方へ走っていった誠を、誰も止める事は出来なかった。泰倫と共に来ていた他の従業員達も彼には追い付けず、だが、以降彼は誰も傷付ける事なく玄関から姿を消したのだった。
「――大丈夫ですか? 郁人君?」
泰倫は誠が走っていった後、一度彼を追おうとしたが、諦めて座り込んだ郁人に声を掛けてしゃがみ込んだ。首を傾け、赤く腫れたその左頬を覗く。
「ああ――平気です。すみません、お騒がせしてしまって……」
郁人は慌てて立ち上がり、その場で泰倫達に向けて深く頭を下げた。
「いえそれは……こちらの事はお気になさらず。まずは手当をしないと。顔を上げて」
彼は親身になり郁人の腕に手を添えて上体を起こさせる。
「あ……この程度、全然大丈夫ですから。旅館がお忙しい時に、これ以上手を煩わせたら――」
「いいえ。郁人君達のお世話も僕等の大事な仕事ですから。――牧野君、事務室の冷凍庫に小さいアイス枕が入っていますから、救急箱と一緒に郁人君のお部屋まで持ってきて貰えますか?」
「は、はい。分かりました。郁人さん、すぐに持って行きますからお部屋で待っていてくださいね」
郁人が何か言う前に紗慧は返事をし、さっと踵を返して行った。
「……すみません」
彼はしゅんとした様子でもう一度頭を下げた。それは心からの謝罪で、彼は本心から自身の行いを反省していた。カッとなった事も、勢いに任せて怒鳴った事も恥じ入って謝る。
「良いんです。もう気にしないで。それより、部屋へ行きましょう。唇からも血が出ています。……首を変に捻ってはいませんか?」
「え、ええ。……あいつ、馬鹿力だけど加減はしたみたいです。ちょっと切れただけなんで大丈夫です」
騒ぎを起こした身で心配される事の気まずさを隠しきれず、郁人は俯きつつ歩き出した。
「郁人さん……、これ、ただのティッシュですけど口に当てておいてください」
朋花も心配そうに歩み寄り、ポケットティッシュの包みとそこから引き出した数枚を彼に差し出す。
「朋花ちゃん、ありがとう。ごめんね、驚かせちゃって」
「いえ。怪我が酷くないと良いんですけど……」
「これは本当に平気だから。俺だって、これでも鍛えてるしね」
受け取ったティッシュで口許を拭い、彼は苦笑する。
「……あの、郁人さんも喧嘩とか、するんですね……」
泰倫と共に連れ立って歩きながら、朋花がぽつりと溢した。
「あっいえ、すみません。そんな事言ったら失礼ですよね」
「ううん。元はと言えば騒ぎを起こしたのが悪いんだから。──そうだなあ。学生時代までは暴力沙汰なんて経験なかったんだけどね。申し訳ないやら、恥ずかしいやら……」
軽くおどけて見せるように彼は言い、萎縮する朋花を解そうと努めた。胸の内は罪悪感で一杯だった。
──郁人の部屋へ向かう途中で、男性の従業員が小走りで追い掛けてきて泰倫に声を掛けた。
「──すみません。誠君、やっぱり見つかりません」
「……そうでしょうねえ。彼は脚が速いですから。もう暗いですから、後は待つしかないですね。こちらこそすみません、外まで行って貰って」
泰倫は彼を労って頭を下げた。
「いえいえ。私等も心配ですから」
彼はそう応え、二、三のやり取りを交わしてから下がっていった。
部屋に着くと、すぐに紗慧が追い付いて手当てを申し出た。
「いや、大した事ないからさ」
郁人は断ろうとするが、泰倫、朋花、紗慧の三人に言われ、手当てを受ける事になった。
「……申し訳ないのですが、少し外しても良いですか? 一度仕事を片付けてからまた来ますから」
泰倫が眉尻を下げて郁人に訊くと、彼は大きく頷いた。
「本当に大した事ないですから、泰倫さんは仕事に戻ってください。お手数お掛けしてすみません」
「後程、必ず来ますから」
微笑みを絶やさず、泰倫は告げてから部屋を後にしたのだった。
読んでくださり、どうもありがとうございます。
ギスギスした話が苦手な方も少なくないと思いますが、お許し頂けますと幸いです。
前回の後書きで、今エピソードは六までと書いてしまいましたが、誤りでした。
正しくは五までとなります。
申し訳ありませんでした。




