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彼方よりの。  作者: 秋生侑珂
第二章
28/34

反発の訳は・一

一年以上間が開いてしまいましたが、続きを投稿致します。

引き続きお付き合い頂ける方は宜しくお願い致します。

 十一月のこの時期は、あきらにとって一年で最も憂鬱な期間だった。

 ――紗慧さえに付き合ってあやかしの犠牲者達へ花を手向けに行った事は、誠にも少なからず影響を与えた。

 『大事に思う人間の死』について、紗慧がそれと向き合おうとする姿を見、彼は自身のある記憶と感情が今も未消化のままになっている事に気付いた。

 過ぎた事、既に起きてしまった事は、もうどうする事も出来ない――故にその自分の感情ごと『そこ(・・)』に置き去りにするよりほかに、彼は処理の方法を知らなかった。

 だが、そうする事で忘れられる様なものではない。簡単に振り切れるのであれば、どれ程楽か――彼は暗澹あんたんたる思いで『その時期』を迎えた。



 数日前から、誠の暮らす遥鳴堂ようめいどう旅館りょかんは慌ただしい空気に染まっていた。

 旅館を取り仕切る中原なかはら家の先代当主である道幸みちゆきの命日を迎える準備の為だった。

 現当主の泰倫やすのりの父親、道幸は、多くの人に慕われていた。加えて、彼等の家系は長く続いており、その法事となれば、離れて暮らす親戚が方々から集まってくる。その為、この時期は毎年旅館総出でそれに対応している。

 寺で行われる法要の後の食事会――おときは旅館の宴会場を使い、更にその後は親戚達が宿泊していく。それ等全てを仕切るのは泰倫の仕事だったが、旅館全体でそれをフォローする関係もあり、この時期の遥鳴堂旅館は、普段とは異なる体制で回る事になっていた。

 退治屋である誠と郁人(いくと)、長期滞在中の孝明(たかあき)は、旅館にとっては客だが、同時に下宿に近い立場でもある。事情が事情である為、身内意識もある。

 泰倫は例年、誠と孝明にはこの時期旅館としての世話が手薄になる事を断っており、今年加わった郁人にも同様の説明をした。

 三人共その事に不満を抱く程客である意識を持っていないのだが、泰倫や旅館の従業員は皆断腸の思いだった。

 紗慧は普段仲居でもあるが、今年からの新人として、他の若手の仲居と同じく三人の世話の担当に充てられた。大人数の中原家の親族達の世話はベテランの仲居の仕事となっている。

 紗慧や郁人という、前年までそこにいなかった者が加わっている他は、(おおむね)ね例年通りだ。

 誠の複雑な心境も、同様の(はず)だった。

 しかし実際には、過ごし方や関わる人の違いが彼の想定を超えた影響を生んでいた。


 旅館が忙しくとも、退治屋の仕事には関係がない。ただ、食事の時間がいつもとは違っている事を前提に動いたり、宿泊者が多い事で共同浴場を使う時間をずらしたりする等、誠も郁人も旅館に配慮しつつ活動している。

 ――その日の夜、誠が食事を終えた後で部屋を訪ねてくる者があった。

 ノックされた扉を開けると、そこに立っていたのは郁人だった。

「ちょっと話がある。仕事の事だけど」

 誠は黙って彼を部屋に入れる。「返事位したらどうなんだ」と言いたげな彼は、先に角を立てまいと言葉を呑み込んだ。

 テーブルの前に誠が座るのを見てから、郁人もお互いの顔が見える位置に座り、話を切り出す。

「この辺、冬は雪が多いんだろ? 毎年どうしてるんだ?」

「…………どうしてるって、何がだよ?」

 彼は質問にぴんと来ず、面倒そうに頭を()いた。

「退治屋の活動。雪が多いと、担当地域(エリア)を全部見回るのも大変なんじゃないかと思ったんだよ。──お前、バイクを(アシ)にしてるだろ? オフロードみたいだけど、どのみち雪の具合によっては走れないだろ」

 真面目にそう話す郁人に、誠は小さく溜め息を吐く。

「……何だよ、そんな事か」

「……俺は冬に雪の多い地域に住んだ事がないから、事前に聞いておきたいんだよ。土地の人間のお前に。それに、今年は二人で回すんだから、調整考えておいた方が良いだろ」

 言いながら、彼はポケットからメモ帳とスマートフォンを取り出してテーブルに置いた。

「…………真冬は見回る範囲を絞ってる。天気を見ながらな。山は人は殆ど入らないから除外して、車道の様子を見る程度だ。町の方はこまめに除雪されるから、大きい(みち)はそれ程問題にはならない。大雪、ドカ雪の時は別だけどな」

 郁人はスマートフォンに地図を表示させ、確認しながら尋ねる。

「その大雪の時は? 流石(さすが)に待機か」

「……『鬪身』の状態で()からざっと見て回る。山の方も、時々それで回る事もある」

 誠の回答に、彼は顔を上げた。

「最初から『鬪身』になるのか? ……いやまあ、仕方ないか──というか、大雪の中でも飛べるのか? 視界だって(ろく)()かないんじゃ──」

「飛べるし、神経は(つか)うが、余程の猛吹雪でなければ()える。生身の時とは違う。それに、常世(とこよ)が開いたかが(わか)るかの方が重要だからな。もし常世が開いたのを感知したら、そこへ向かうだけだ。いつもと同じく」

「……ふん。便利というか、何というか……。そう考えると、お前の『闘身』って退治屋やるのにうってつけだよな。俺も『闘身』の時は身体能力上がってるけど、視力・聴力がそこまで良くなる事は流石にないし、何より飛べるってのは大きいよなあ。直線距離を行けるのは早いし」

 言いながら郁人は、無意識的に自身の左肩に手をやる。

「……お前はこの間の傷の治りも本当に早かったしな。頑丈で生身でも治癒力も高い――羨ましい位だぜ」

「………………」

 独り言の様な彼の言葉に、誠は眉根を寄せた。彼はその事に気付かない振りをしつつ、咳払いをして尋ねる。

「――で、雪はいつ位から降り始めるんだ?」

 誠は(わず)かに逡巡(しゅんじゅん)した後答える。

「……例年通りなら十二月に入ってから。詳しい時期を知りたければ泰倫にでも訊け。俺はここに十年も住んでないから正確には分からない。あんまり気にしてる事でもないしな」

 投げ()りな態度で言う誠に郁人は()を細めるが、(こら)える様に言葉を呑み込んでから再び口を開いた。

「……お前、こっちへ来て何年位なんだ? 県内にって意味だけど。旅館に住み込む前もこの県にはいたんだったっけ?」

「………………答える必要はあるのか?」

「必要は、別にないけど。ただ()いただけだろ」

 雑談すらままならない相手に、彼は軽く苛立った。

「……俺の経歴は、必要なら藤堂(とうどう)のおっさんから聞けるだろ。それ程知りたい様にも見えないがな」

「目の前にいるんだから本人に訊いたって構わないだろ。というか、普通はそうするよ。人の事人伝(ひとづて)に訊くのは嫌なんだよ。陰で噂話するみたいで。感じ悪いだろ」

 誠は「ふん」と、小さく鼻を鳴らす。

「俺の『()()()()の半妖退治屋』って話は、噂話じゃないのかよ?」

「……それは事前に聞いていた話で、今は知り合ったから直接知ろうとしてるんじゃないか。知り合いの事を裏で人に訊くのと、知らない人間の評判を耳に入れるのとでは話が違う」

 言いながら、郁人は内心で自分の言葉の言い訳がましさに苦いものを感じていた。そして、この旅館へ(おもむ)く以前に、信頼する上司である藤堂隆司(りゅうじ)は誠に関する悪評を一度も漏らさなかった事を思い出す。

 これまで、誠の態度が気に入らないのは彼それがあまりにも無礼で無作法で無愛想だったからだが、自分にも改めるべき部分があるのではないか――郁人は自身の良心が(とが)める声を(かす)かに聞いた気がした。

 しかし、誠の振る舞いに苛立つのは普通の神経であれば当然の事だろう、と、強引に思い直し、彼は再度咳払いをした。

「――ともかく、二人での担当になってもう半年以上にもなるんだ。先の予定の擦り合わせをするのも、ちょっとした雑談をするのも、当たり前の事だと思うぞ。普通なら」

「…………悪かったな。俺が()()()()()なんて事はとっくに知ってると思ってたが、違うんだな?」

「だからいちいちそうやって……――はあっ。こんな風にいつまでやってても仕方ない。とにかく、だ。十二月以降に備えたローテーションを考えないとな」

 郁人は軽く頭を掻いて息を吐くと、スマートフォンに入力してある予定表の内容を確認する。

「……雪が増えてきたら見回りは俺だけが出る。お前は牧野(まきの)の護衛だけって事で良いだろ。元々この地区は俺が一人で担当してたんだから、一人で充分だ」

 誠は面倒そうに顔を(しか)めて言う。

「……いや、そういう訳にもいかないだろ。(あやかし)が出たら、雪が降っていようが俺も闘うんだし、市街地は車なら問題はないだろう。俺のは四輪駆動だから」

「……面倒くせえな。賀茂橋(かもはし)の動きが市街に限られるなら、最初から山側と町側で分けるか?」

 雑に頭を掻き、彼は眉間に(しわ)を刻んだまま言葉を投げる。

「それだと、日毎にどちらかが手薄になりそうだな。一人は紗慧ちゃんに付いているべきだから旅館に待機なのは変わらない」

「実際に毎日絶え間なく妖が来る事はないんだから、多少は良いだろ。冬場は人出も少ない。山は閉山するし、それを無視する観光客もほぼ来ない。俺が仕事始めてから冬に手が足りなくて困った事はない」

 淡々と述べる誠に、郁人は顔を上げた。

「……お前、この間の妖の事忘れたのか? あの人狼――『ワーウルフ』って呼称されている妖は、二人掛かりで倒せなかったんだぞ。向こうもこちらを覚えただろうし、狙って出現されないとも限らないんだ。警戒は厳にしておくべきだ」

 誠は不機嫌そうに眉根を寄せて視線を逸らす。

「忘れてねえよ、ヤツの事は。ああいう『大物』がまた出る可能性があるなら、そのつもりで動きを絞るってのも無意味じゃねえと思うが」

「ふむ……。いや、でも日毎に手薄になるのが避けられないのは気になるな」

 腕組みして郁人は(なお)も食い下がる。

「…………サボってる気がするのと、本当にサボってるのは違うだろ。お前が気にしてるのはそういうところなんじゃないのか?」

「違う! 俺だってただ気になるって言ってる訳じゃない。──くっ。分かったよ。現状じゃお前の言う通り、日毎に山側と町側で分けるのが現実的か」

 郁人は彼の言葉に、悔しそうに歯噛みしながら膝の上で拳を握っていた。

「……俺が出る時は山側だけじゃなく町も見回る。町を見て回ってから、闘身になって山側へ飛ぶ。大した労力じゃない」

 誠が言うと、郁人は低い声で念を押すかの様に返した。

「少しでも様子がおかしいとか、気が付いた事があれば携帯で連絡しろよ? お前の独断で動くのは控えろよ?」

「……面倒くせえな、本当に」

「お前、『面倒臭い』を口癖にするの良くないぞ」

「うるせえ」

 舌打ち混じりに彼はぼそりと言い返す。

 彼の言い草に、郁人は腹をを立てるが咳払いで留まった。

「……あー、ともかく。方針は決まったとして、具体的にスケジュールも詰めておくか」

「………………」

 誠は溜め息を吐き出し、渋々郁人に従った。


    ――――――――――――


「――今の時点では、大体こんなところか。あとは、必要が生じたら都度(つど)修正、だな」

 郁人はメモ帳とスマートフォンをテーブルに置いて一息吐いた。

「あ、紗慧ちゃんにも、これで構わないか確認してからだな。彼女も北の方は住んだ事ないみたいだから、お前も気にしておけよ?」

「……牧野の方は、頼まなくても泰倫か旅館の連中が面倒見るだろ」

 郁人に遅れて自分の端末を卓上に投げ出す様に置いて、誠は言う。彼はデジタル機器の(たぐい)を扱うのが好きではなく、今も顔を顰めたままだった。

「……『()()』」

 今度は郁人が眉間に皺を寄せ、言葉を強調する様に区切って言った。

「はあ?」

「旅館の人達の事を『連中』なんて呼び方はないだろ。(さっき)も、『藤堂のおっさん』じゃなくて『隆司さん』。宮内(みやうち)さんの事も『おっさん』呼びするの、失礼だぞ。(みんな)お世話になってる人達なんだから。――いつも丁寧に話せとまでは言わないけど、お前はもう少し言葉に気を付けろよ」

 真面目に注意する彼に、誠は(かぶり)を振る。

「……本当に口うるせえな、お前」

「だから、そういう態度だよ」

「――――」

 と、誠が口を開き掛けたところで、テーブルの上のスマートフォンが音をたてて振動し始めた。二人は各々の端末に眼をやる。

「――俺のじゃない。高砂(たかさご)のか」

「…………」

 視線を送られた誠は見返す事はせず、端末の画面に表示された文字を見て眉を(ひそ)めた。つられて郁人がその画面を見ると、そこには電話の受話器のマークと共に『藤堂隆司』と、名前が表示されていた。

「隆司さんから? ――おい、出ないのかよ?」

 呆れた声で急かす郁人を無視し、誠は端末を手に取って画面に触れる。そして、そのまま耳元へ持っていく。

「……もしもし」

「――ああ、誠か? 今大丈夫か?」

 通話に出ると、よく知った低く通りの良い声が訊いてきた。

「……ええ、まあ」

「そうか。今度の道幸さんの命日の事なんだが」

「――――…………」

 誠は一瞬唇を強く噛んだ。今はあまり聞きたいと思えない話だった。

読んでくださり、どうもありがとうございます。

今回のエピソードは六までの予定です。

数日後更新致します。

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