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彼方よりの。  作者: 秋生侑珂
第二章
25/34

涙と花を・二

前回からの続きです。

 午前の明るい陽射しが、秋の冷えた空気をじわじわと温めている。

 彼らが出掛ける前に泰倫やすのり紗慧さえに言った通り、穏やかで良い天気だった。

 遥鳴堂ようめいどう旅館りょかん前から町へ出る道を辿り、街道に合流すると、住宅地と商業地が混ざり合う雑多な町の姿が現れる。

 紗慧もこの辺りは何度か来た事があるが、あきらの運転するバイクの後ろに乗って町中を行くのは初めてだった。

 彼の運転は落ち着いており、過剰にスピードを出したり荒っぽくカーブを曲がったりという事もなく、安全運転そのものだった。

 紗慧はまだバイクに慣れてはいないが、彼の安定感のある運転のお陰で恐怖を感じる事なく身を任せていられた。

 しばらく町の中を進むと、住宅街と商店街の境に位置する辺りに出る。

 彼は車と人通りの少ない道の脇にバイクを停めた。

「――言ってた花屋はこの辺りだろ。店へはお前だけで行ってくれば良い」

 促されるままバイクから降り、周りを見回す紗慧に、彼は前方を指差して言う。

「その角を曲がって少し行けば、多分すぐ分かる。多分な。俺はこの辺の事は詳しくないが」

「あ、うん。前に来てお店を見掛けた時もこんな感じの道だったのは覚えているから、大丈夫だと思う」

 応える紗慧からヘルメットを受け取った誠は、彼女が行こうとするのを呼び止めた。

「あ――……ちょっと待て」

「どうしたの?」

 歯切れの悪い調子の彼に、紗慧は不思議そうに首を傾げる。

 誠は手にしたヘルメットをバイクのハンドルに引っ掛けると、タンク上に付けてあるバッグから財布を取り出した。そして中から折り畳んだままの千円札を出し、紗慧に付き出す。

「え……?」

 戸惑いの表情を浮かべる彼女に、彼は僅かに顔を逸らしつつ小声で言った。

「……花を買うんだろ。俺からも出しておく」

「でも……これは私の勝手みたいなものだから、誠君にそこまでして貰うのは……」

 誠は小さく頭を振る。

「……あれは――あの件は俺にとっても無関係じゃない。そこにいた人間の事を全く知らないとしても。……あんたが迷惑に思うなら止めるが」

 紗慧は彼の言葉を、胸が締め付けられる思いで聞く。彼が言う様に、彼の行為が迷惑だと思ったからではない。

 彼は率直な性格で、自分の本意でない行動は自分からは起こさない事が多い。紗慧もそれを理解しているからこそ、彼が自分から花を買うと言ったのは、彼自身がそうしたいと思っての行動なのだと分かる。

 誠にとって、紗慧の恋人であるのぼるは見ず知らずの他人だったが、その彼の死を自分とは無関係とは思っていない――それは責任を感じているという事だと受け取れるが、悼む気持ちがなければ自分からも花を送ろうとは言わないだろうと、彼女は思った。

「ううん。ありがとう。じゃあ誠君の分と一緒に買わせて貰うね。元々、昇さんだけじゃなくて、トンネルの手前の所の……あの人達のお花も用意するつもりだったんだけど、どちらも二人合わせたお金で良いかな?」

 思わず泣きそうになる気持ちを抑え、紗慧は誠に礼を言って代金をを受け取り、確認する。

「ああ。あんたの思うようにやってくれ」

 頷く彼に、紗慧は尋ねてみた。

「良かったら一緒にお花を選ばない?」

 すると、彼は首を横に振って答える。

「俺はそういうのはよく分からない。任せる」

「正式なお供えとかとは違うから、お花の種類も、これが良くてあれは駄目、みたいな事はないと思うけど」

 彼女はそう言って様子を窺うが、彼はやはり同じ様に首を振る。

「どのみち俺には花の種類も善し悪しも分からねえよ。それに――」

「……それに?」

 言い掛けて急に止めた誠に、紗慧は反射的にその先を尋ねていた。

 彼は一瞬言い淀むが、舌打ちと共に答えた。

「店先まで俺が付いていくとろくな事にならないから、止めた方が良い」

 彼の言葉の意味が飲み込めず、紗慧は困惑して「え?」と訊き返す。

「どういう事?」

「……俺はこの辺じゃ悪い意味で目立つんだよ。その俺と一緒にいるところを見られて、変な悪評立てられたくないだろ。あんたには一応旅館の仕事もあるしな」

 それは紗慧にとっては考えもしなかった返答だったが、すぐにやんわりとそれを否定する。

「……私は気にしないけど」

 誠は顔を逸らしたまま、溜め息を吐いた。ヘルメットの黒いバイザー越しの彼の表情は読み取れない。

「都会がどうなのかは知らないけどな、田舎じゃ一度付いた評判は簡単には消せない。噂としてあっという間に町全体に拡がる。それが事実だろうがそうじゃなかろうが、連中にはどうでも良い事で、知らない人間からも好き勝手言われる事になる。そう(・・)なってからじゃ遅いと思った方が良い」

「そんな事――」

 言葉を返そうとする紗慧を遮って、誠は淡々と告げる。

「あんたはその手の経験とは無縁そうだから、忠告してる。俺と関わる前から町の連中に信頼されてる泰倫とあんたは立場が違う」

「…………」

 彼のどこか醒めた様な声と言葉に、彼女は何と返すべきか迷って黙った。

 遥鳴堂旅館の事を言われてしまうと、彼女も弱かった。

 彼の言う通りであったとして、紗慧自身が何を言われても平気だからといって、自分以外の人間の迷惑になると指摘されて迷わない訳もなかった。

 旅館の従業員達は、他の客に対して、誠との距離を特別に取り繕って見せている訳ではないが、『従業員と客』という関係性を保ってはいた。それは営業上の配慮だけが理由ではないと紗慧も察していたが、誠のこうした考えや態度も影響しているのかもしれないと、彼女はようやく思い至る。

 しかし、紗慧は彼の言葉に納得する事が出来なかった。

 旅館の者達が誠に対して好意的である事は決して嘘ではないと、彼女もよく分かっている。彼女自身も、彼が町でどう思われているかで、彼に対する態度や見方を変えるつもりはない。

 だが、誠本人から、『紗慧じぶんの立場』と『紗慧じぶんと泰倫の違い』を指摘されてしまうと、それ以上言葉が見つからなかった。

「……私は、他の人の目を気にして一緒にいる人を選ぶとか、好きじゃない。でも、誠君が相手の事を気にして、気遣ってそう言うなら、分かった」

 数瞬の後、紗慧はそう言った。

「…………」

 誠は無言のまま、顔を正面に向けて言外に『行け』と示す。

「……じゃあ、言ってくるね」

 一言断ってから、紗慧は彼に背を向けた。

 彼女の胸中には、悔しさに似た感情が燻っていたが、現状ではどうしようもなかった。

 彼から託された花の代金は、彼の優しさの顕れだと感じる一方で、紗慧は、彼の『気遣い(・・・)』が『自分から他者を遠ざける事』であるのを悲しく思う。そうなってしまうまでに彼がどんな経験をしたのか、と、考えると、尚更胸が痛むのだった。


 ――誠の案内と自身の記憶に従って道を行くと、花屋はすぐに見つかった。

 まだ十時前だったが、店は開いており、道路に面した軒先をほうきで掃いている女性の姿があった。

「すみません。切り花をいただけますか?」

 紗慧が声を掛けると、エプロン姿のその女性は、上体を伸ばして顔を上げる。

「あら、お客さん? いらっしゃい」

 彼女の年齢は五十代程に見えるが、声にも表情にも張りがあっていかにも元気そうだった。

「切り花ね。何本位かしら?」

「小さめの花束が二つ欲しいんです」

 紗慧は身振りを交えて求めている量を伝える。

 彼女は紗慧の格好を見ながら、

「お祝い事? ――じゃなさそうよね。季節のお花が良いのかしら? 種類は決まってる?」

と、朗らかに希望を尋ねる。

「ええと……――白のカーネーションをお願いします」

「二つとも?」

「はい。茎は短めにして貰えますか?」

「短め、ね。分かったわ」

 紗慧の注文を聞きながら、彼女は店先に並ぶ様々な切り花の中から、言われた通りにカーネーションを見繕う。

 店の規模は小さかったが、地域で必要とされる事の多い品種等は一通り揃っている様だった。

 珍しい草花や極端に高価な花は見当たらず、陳列も派手ではないが、並んでいる植物は皆瑞々しく保たれ、丁寧に扱われているのが紗慧にも分かった。

 店の女性は、改めて紗慧に花の本数とラッピングの種類やリボンの有無を確認してから、選んだ花の処理を始める。

 手許は仕事をしながら、彼女は紗慧に話し掛けた。

「あなた、遥鳴堂さんの所に新しく入った仲居さんよね?」

「え? は、はい。すみません。お客様のお顔は覚えるように気を付けてるつもりなのですが……」

 紗慧は彼女がいつ旅館を訪れたのかを思い出そうとしたが、すぐに彼女が笑いながら首を振って言った。

「ああ、違うのよ。私は今年はまだ遥鳴堂さんには行ってなくてね。うちのお爺ちゃんから聞いたのよ。若くて優しい美人さんが増えたって」

 紗慧は言われてから、『営んでいた生花店を息子夫婦に任せている』と話していた老年の客がいた事を思い出した。月に数回は日帰りで温泉に入りに訪れる常連客の一人だった。

 彼女は紗慧が何か言う間もなく続けて話す。

「お客さんから聞いたりもしたわね。皆が言うのも分かるわ。本当に綺麗なお嬢さんだものね。T都から来たって聞いたけど」

 紗慧は苦笑混じりに応える。

「はい。春からこちらで働かせていただいています」

「良いわねぇ。可愛らしくて礼儀正しいなんて。――この辺りは田舎でしょう? 都会とは勝手が違うでしょうし、大変なんじゃないかと思うけど」

「そんな事はないです。皆さん良い方ばかりですし、こちらに来て良かったと、いつも思っています」

「あら、そう? 外から移ってきた人にそう言って貰えると嬉しいわねえ」

 彼女は途切れる事なく話しながら、要領良く花を包み終えた。

「こんな感じで良いかしら?」

「はい。ありがとうございます」

 紗慧は告げられた通りに代金を払い、花束二つを受け取る。

「私も年内中に温泉に入りに行きたいわ。中原さんに宜しくお伝えしてちょうだいね」

「はい。お伝えします。いつもご利用いただきまして、ありがとうございます。お義父とう様にもお伝えください」

 旅館での接客と同様に、紗慧は腰を折って頭を下げた。

「あらあら、ご丁寧に――。こちらこそ、ありがとうございます」

 彼女は満面の笑みで返す。

「良かったらまたいらっしゃいね。お爺ちゃんも喜ぶわ」

 彼女の厚意に重ねて礼を言った後、紗慧は店を後にした。

 直接面識がなくとも既に存在を知られている事に多少驚いたものの、彼女に悪意はないと、紗慧は信じる事が出来た。それだけに、先に誠から告げられた言葉がより重く感じられる。

 紗慧には、花屋の女性を含め町の人々の善意が理解出来るが、誠とは辿った経験が違う。

 彼の言葉は、彼自身の経験から出たものであり、同時にその忠告は紗慧や旅館を案じるものである事は確かだった。

 紗慧は彼の経験も言葉も否定するつもりはないが、彼の認識がそう(・・)なるに至ったという事実が悲しく、それをどうにも出来ない事をもどかしく思う。

(……誠君はい人なのに……)

 紗慧は自分さえ気分が良ければ構わないと思うのではなく、誠の事もこの町の事も好きだからこそ、彼らが互いを認め合う事が出来れば良いと、強く願うのだった。


 ――紗慧は誠のもとへ戻ると、買った花を彼に見せた。

「待たせちゃってごめんね。カーネーションにしたの。誠君も、これで構わない?」

 バイクを発進させる用意をしようとしていた誠は、一瞬の間の後、首を竦めて応える。

「……任せるって言ったろ」

 そして、両手が塞がっている彼女を見、

「……鞄に入るのか?」

と、怪訝そうに訊く。

「多分大丈夫。結構入るリュックだから。――ちょっと置かせてくれる?」

 紗慧は断ってから、シートの後方辺りにリュックサックを下ろし、片手に花束を纏めて持ちながらもう片側の手でそれを開けた。

 誠は少しの間静観していたが、溜め息を吐くと、彼女の方へ手を伸ばした。

「……手伝うから早くしろ」

 謝る紗慧に返事はせず、彼は黙って彼女の開いたリュックの口を支え、荷物を入れ易いよう手助けする。

「ありがとう、誠君」

 無事花束がリュックに収まり、紗慧が礼を言うと、彼が鼻を鳴らしたのがヘルメット越しに分かった。

「……それでよく疲れないな」

「え?」

「いちいち謝ったり礼を言ったり。いつもそうだよな、あんた」

 棘はないものの呆れた調子で彼は言う。

「私は疲れるって事はないけど……――誠君が聞いてて疲れるなら、気を付けるよ」

 紗慧は正直に応えるが、彼は一層呆れた様に首を振る。

「別にどっちでもいい。どちらにしろ、気を遣われるのは気持ち悪いだけだ」

「そう……?」

「言いたい様に言って、したい様にすりゃ良いだろ。俺がどう感じるかは俺の勝手で、だから相手にそれを変えろとは思わねえよ」

 面倒そうに言い、彼は黙った。

「私も、やろうと思ってしてる訳じゃなくて、自然にしてる事だから……。もし他の人の気に障ったら直そうとか、ちょっと変えてみようとか、そう思うのも、別に無理はしてないよ。他者ひとに嫌な思いをさせたら自分自身も嫌だから、それならもっと良いやり方を探したいなって思うから、かな」

「…………」

 何か考えている様な間の後、彼は紗慧にヘルメットを寄越しながら言う。

「……あんたの考えや行動に干渉する気はない。今言った事も、ただの感想だ」

 素っ気なく淡々と告げた後、彼は続けて口を開く意思がない事を態度で示す様に、バイクの準備に移った。

「……嫌な事をはっきり嫌って言ってくれたり、感じた通りに言ってくれるのも、有り難い事だと私は思ってる。変に気を遣ってる様に感じさせてるとしたら、ごめんね」

 言葉で応える気のなさそうな誠だったが、彼が言った様に、彼女も自身がしたい様にしようと思い、そう言った。

 ――バイクに乗って再びエンジンを始動させた誠は、旅館を出た時と同じ様に、紗慧が準備を整えて後ろに乗るまで何も言わずに待っていた。

 陽の光は先よりも温かくなっており、小春日和そのものだと実感させる天候に紗慧は眼を細め、向かう場所へ思いを馳せるのだった。

読んでいただきまして、ありがとうございます。

続きは近日中に更新致します。

お付き合いいただける方は、宜しくお願いします。

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