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彼方よりの。  作者: 秋生侑珂
第一章
16/34

一時帰宅・四

 公園であやかしに襲われた翌日、彼はその言葉通り、予定していた時間に車で迎えに来た。

 紗慧さえが部屋の戸締まりを確認してから表の道へ出ていくと、あきらは運転席のウインドウを開け、「……よう」と、気怠げな声を掛けてきた。

 これまでに非常時以外に、彼の方から声を掛けてきた事が殆どなかった為、紗慧は一瞬驚いたが、すぐに「おはようございます」と、挨拶を返した。

「身体、大丈夫ですか?」

 車の助手席に回ってドアを開けながら、紗慧は誠を見て訊く。見た目には無傷で、昨日、治ってしまったとはいえ、身体を斬り裂かれ胸に穴を空けられた様には見えない。強いて云えば、顔の色が少し白い様に見えるぐらいだ。昨日の失血のせいだろうか。

「別に。平気だ」

 ぶっきらぼうに応えた誠は、紗慧がシートに座り、ドアを閉めたのを見て、車を発進させた。

『平気だ』と答えたという事は、紗慧が何を心配しているのか、察したという事だ。

 前日の妖との闘いで誠は、大怪我を負っただけでなく、闘身になったまま我を失った。闘身に呑まれ掛けたところを紗慧が無我夢中で『能力ちから』を使い、彼の自我を引き戻したのだった。

 ダメージを受け、闘身が急激に変化した際に怪我はそのまま治ってしまったが、紗慧は諸々の後遺症などがあるのでは、また、まだ治っていない所があるのでは、と、前夜から心配していたのだった。

 だが、ハンドルを握り、車を運転する彼の様子に異常は見られず、結局は彼の言葉通りなのだと思うしかなかった。

「あんたは、どうなんだ?」

「はい?」

 予想していなかった言葉に、紗慧は思わず彼の顔を見た。

 ちょうど車道の信号が赤に変わり、彼はブレーキを踏んで静かに車を停車させた。

「何か変化はないのか? 初めて『能力ちから』を使ったんだろう?」

 誠は顔を少しだけ紗慧の方へ向けて訊いていた。

 紗慧は問われた通り、自身に何か変わったと思える所はないか、自分自身へと意識を巡らせた。

「……特に……何も。昨日も、夢中だったので、具体的に自分が何をしたのか、よく分からないんです。すみません」

 紗慧は正直に答え、最後には無意識のうちに謝っていた。

「そんなものなのか」

 独り言の様に誠は言うと、青になった信号を見て再び車を発進させた。

「あの……。誠さんは、怪我の痕だけじゃなく、変調というか、そういうのはありませんか?」

 前日、闘身が変化した事を思い出しながら、紗慧は改めて訊く。

「別に」

 紗慧の眼には明らかに怠そうに映るが、誠はそれ以上の返答を返さなかった。

「俺も『調整師』と知り合ったのはあんたが初めてだが、本当に、暴走を止められるものなんだな」

 紗慧にではなく、独り言の様に呟く誠は、何か考えている様な素振りだったが、いつもの突き放す様な語調ではなかった。

 そんな誠に、紗慧は思い切って訊いた。

「誠君って、呼んで良い?」

 敬語を使うでもなく、紗慧は誠に歩み寄ろうと、そう提案する。


 紗慧は、昨夜から色々と考え、気持ちを整理し、決意に近い思いを固めた。

 ――これまで紗慧は、妖という脅威を知ったものの、退治屋の誠や郁人いくとに護られていた為か、その脅威に対して自分がどこに身を置いているのか、心の底から理解できてはいなかった。

『どうやら狙われている様だ』という事は理解しているつもりではあった。それは実際に彼女自身がそう感じる目に遭ったからだ。

 だが、『退治屋の生業』という事柄は、まだ彼女にとっては非日常である事には変わらず、自分を護ってくれるひとという以上の実感は得られずにいた。

 しかしここへきて初めて自身の『特別』とされる『能力ちから』を、理解していないながらも使った。

 そしてその結果、我を失った誠を正気に戻す事が出来、彼からはっきりと「助かった」という言葉を聞いた。

 普通の人間を軽く凌駕する肉体とわざを持つ退治屋・誠が命に関わる重大な損傷を負うところも、紗慧は目の当たりにした。傷を癒す事は叶わないながらも、もう一つの彼の一大事を助ける事が出来たのだ。

 これらの事は、紗慧にとって非常に大きいものをもたらした。

 まだ多くを理解してはいないものの、心理的に遠い存在であった退治屋との間に接点を見出だす事が出来たのだ。

『自分にも出来る事がある』。そう感じられる出来事を経験した事は、彼女にとって大きい。

 紗慧は、云ってみれば社会の裏側に属する『退治屋』に対して、社会の表側に属する『大学生』だった。その関係が変わるかもしれないという予感を、彼女なりに感じたのだった。

 まだ大きな決断をするには尚早だが、立っている位置を鑑みるには充分な出来事だった。


「……好きにしろよ」

 紗慧の歩み寄りを、誠は誠なりの言葉で受け入れ、拒絶しなかった。

「ありがとう」

 紗慧は誠へ微笑みを向けて言った。そちらに対する返事がないのは予測済みだった。


 高速道路を使いN県に入り、普通道へ降り、全道程で五時間近くの時間を掛けて、二人は御代多賀みよたかまち遥鳴堂ようめいどう旅館りょかんに帰ってきた。

「行きも帰りも運転してくれて、その上向こうでも護ってくれてありがとう」

 車を降りる際に、紗慧は誠に改めて礼を述べるが、誠はやはり直接言葉で応えず、肩を竦めた後、「さっさと降りろ」とでも言うように左手をひらひらと振った。

 紗慧が車を降りると、誠はそのまま旅館の従業員用の車庫へ車を向けた。

 紗慧はそれを見送ると、旅館の主人に帰った事を報告する為に離れにある彼の部屋へと向かった。


「ただいま帰りました」

 旅館の主人・中原なかはら泰倫やすのりの部屋で、紗慧は頭を下げ、挨拶した。

「お帰りなさい」

 彼はにこやかに彼女を迎えた。そして、「おや?」とでも言うかの様に眉を上げた。

「何かありましたか?」

「……分かるんですか?」

 紗慧が少し驚いて彼に問い返すと、彼は優しい笑みを浮かべて軽く頷いた。

「少し面差しが変わった様な気がしましてね。『良い顔』になった様に見えます」

 泰倫は、容姿こそ若見えするが、言動はむしろ歳に比べて老成しており、特に歳下を見守る眼は優しくも聡い。

「そうですか……?」

 紗慧は彼の言葉に、躊躇いがちに応える。

「ええ」

 決して良い事ばかりではなかった事を、彼女の様子から察した様に、泰倫も多くを問うつもりはない様だった。

「ご両親やご友人はお元気でしたか?」

「はい。みんな変わらずいてくれて、安心しました。……心配を掛けているのは私の方なんですけど」

 当初の目的の結果を尋ね、紗慧が応えると、泰倫は一層笑みを優しいものにして頷いた。

「そうですか。良かったですね」

「ありがとうございます」

 紗慧は泰倫に礼を述べた後、言葉を選びながらしっかりと彼の眼を見ながら言った。

「私、自分の意志で、『ここ』で自分が出来る事を見つけられそうな気がします。これまでの人生からは考えられない様な事だったとしても」

 すると、泰倫は真面目な表情で彼女の言葉を受け止め、その後で再び微笑んだ。

「そうですか。貴方はまだ若い。考えられるだけ考えて、出来ると思う事と向き合って、貴方の道を歩んでいってください。僕に出来る事があったら何でも言ってくださいね」

 彼のその言葉に、紗慧は再度、「ありがとうございます」と頭を下げ、彼と同じ様に微笑んだ。

「これからも、よろしくお願いします。勿論仲居としても、引き続きお世話になります」

「こちらこそ」

 二人は頭を下げ合って、気持ちを新たにしたのだった。


 紗慧が離れを出ると、離れと母屋の間で仲居の二ノにのみや朋花ともかと、もう一人の退治屋・加茂橋かもはし郁人いくとが談笑していた。

「あ、紗慧ちゃん。お帰りなさい」

「お帰り」

 紗慧に気付いた二人は彼女に歩み寄ってくる。

「ただいま帰りました。朋花ちゃん、ごめんね。急に何日もお休み貰って」

 紗慧が朋花に謝ると、彼女は首を横に振り、右手をぱたぱたさせながら返す。

「別に大丈夫だよ。こちらは特に異常なし。平常運転だよ」

 彼女はおどけながらも、特殊な立場の紗慧を気遣っている事が紗慧にも分かった。

 一方、郁人は、最初に紗慧を見てから、何か言いたげにしている。

 朋花もそれに気付くと、「じゃあ、私は仕事に戻るから」と、明るく言い、母屋の方へ向かっていった。

「紗慧ちゃん、向こうで何かあった?」

 郁人は朋花を見送った後、深刻過ぎず、だが真面目な顔で紗慧に訊いた。

 紗慧はT都であやかしに襲われた事と、その一部始終をかいつまんで郁人に話した。

 紗慧が初めて『能力ちから』を使った事を聞くと、郁人は、「成る程」と言うかの様に頷いた。

「紗慧ちゃんの纏う『気』が少し変わったから、何かあったのかと思ったんだけど、そういう事だったんだね」

「そんなに違いますか? 私自身では分からないので……」

 郁人の言葉に、紗慧がそう尋ねると、彼は再び頷いた。

「『普通の』言い方に言い換えると、『少し感じが変わった』ってところだろうけど。『能力ちから』がある程度解放された事で、『気』の流れ方も変わったんだね。今までが、殻の中だったとも云えるかもしれない」

 改めて紗慧を上から下まで見て、郁人は言う。

「でも良かった。妖の襲撃は勿論、高砂アイツが暴走し掛けたなら、紗慧ちゃんが無事で本当に良かったよ。その上初めてなのに無理なく『能力ちから』を使う事が出来たなんて、凄い事だ」

 紗慧は何と返せば良いか分からず、「ありがとうございます」と、戸惑いながら言い、そして続けた。

「私にも出来る事があるんじゃないかと思ったんですけど、その『気』って言っているものについても、今の私にはよく分からないので……。その、教えて貰いたいんですけど、何を教えて貰えば良いのかも分からなくて……」

 紗慧は正直に言い、郁人の言葉を待った。

「うーん……そうか……。『こっち側』に踏み込む気があるって事かな?」

 郁人は言葉を選びながら紗慧を見る。

 彼が何を問うているのかは紗慧にも分かった。そしてそれは、紗慧自身の考えと、言葉は違っていても同じだという事も。

 紗慧は郁人の眼を見て頷いた。

「それなら、一度、鹿島かしまさんに相談してみたらどうかな? あの人、そういうの得意な人だから」

 郁人は、最初に遥鳴堂旅館に訪れた際に同行していた鹿島美那(みな)を挙げた。

「鹿島さんですか。お仕事の邪魔にならないでしょうか?」

 紗慧は彼女の顔を思い浮かべながら、不安げに訊いた。

「都合が良いか悪いかは訊いてみないと分からないけど、手が空いてれば相談に乗ってくれると思うよ」

 郁人は紗慧を励ます様に笑みを浮かべて応える。

「連絡して、訊いてみようか?」

「あ……いえ、私も連絡先を交換したので、自分で訊いてみようと思います。ありがとうございます」

「そう? ごめんね。直接教えてあげたいところなんだけど、俺は教えるのは得意じゃなくて。」

 赤茶けた髪の頭を掻きながら、郁人は申し訳なさそうに言う。

「いえ、いいんです。話を聞いてくださってありがとうございます」

 改めて礼を言うと、郁人は、

「こっちこそ、話してくれてありがとう」

 と、眉尻を下げて言った。

 先の見通しが立った事で、紗慧も気が楽になった様だった。

 『修行』という様な本格的な教えを乞う事になるかはまだ分からないものの、少しでも前進したいと思う紗慧だった。

読んでいただきまして、ありがとうございます。

「一時帰宅」はここまでで終わりです。

物語の進行の都合上、次のエピソードも紗慧が中心になると思います。

他の登場人物のエピソードも少しずつ出していけたらいいなと思っています。

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