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才能ホルダー  作者: 雨宮結愛
第1章
7/18

『異変』



授業中の廊下は妙に落ち着く事ができず、キョロキョロと周りを見て紛らわす。

生徒の書いた絵や、学校のニュース記事が脳を適度に運動させる。

西円寺は迷う事なく前へ進み、髪やスカートを揺らす。

その姿はどこか楽しそうで、ステップしているかのように軽々としていた。

誰が見ても、これから保健室に行くような生徒には見えないだろう。

それについていく俺も、どうかと思うのだが。


「...ねぇ」


突如立ち止まり、背中を向けたまま西円寺は俺に問いかける。

保健室に着いたのだろうか、と、西円寺の横に並び俺も立ち止まる。


「どした?」


いつもの冷めたような瞳はプルプルと揺れていて、左右上下に動いて落ち着かない。

それなのに至ってポーカーフェイスを貫こうとしている西円寺は、視線を下げ一言。


「...保健室、消失」

「帰る」


クルッと振り向いてその場を立ち去ろうとするも、腕に取り付く西円寺によって進行を妨げられる。

踏み込む足は一向に前には進まず、その場をズシズシと踏むだけだった。

毎回驚かされるが、コイツのパワーはどこから出ているのだろうか。

人体の不思議である。


「呑気にしてっから道に迷うんだよ」

「...黙って」


理不尽。これに尽きる。


「しょうがない、こっちだよ」


案内しようと歩き出すも、さっきと同様、その場で行進して進まない。

完全に遊んでやがる。

と、振り返り西円寺を怒ろうとしたが、腕を掴む姿が視界に入り、意識が別次元に持って行かれ怒りの言葉が喉で詰まる。

同じく西円寺も今の状況を意識したのか、表情が崩れると同時に、振り下ろされたパンチ。

いつものキレは無く、なよなよパンチなそれを俺は避けた。

威嚇。明らかに威嚇している。


「ドードードウ」


手のひらで牽制しつつ、落ち着かせる。

何かないかと考え、結果、一番効果のありそうな方法を用いた。


「2番目の元素は?」

「...ヘリウム(He)」

「4x÷2=8、x=?」

「...4」


勉強する事で忘れる。

多分、認めたくはないが、俺たちはおそらく同類だ。

問いに対する集中力が違う。

これにより、余計な思考を排除する事が出来る。


「...簡単すぎる」

「そうだな、じゃあ___ 」


お互いに問題を出しながら保健室へと向かう。

不正解の無いまま保健室に辿り着くと、正体不明の違和感に思考が止まった。

保健室は本当にここなのか、と、曖昧な記憶に疑問を抱く。

しかし、扉の表記には保健室と書いてある。

間違いは無い。

俺は扉を開け、中を確認するも、誰かが居る気配が無い。

呼びかけてみても反応は無く、時計の音がチクタクと、一秒を刻んでいくだけだった。

誰もいない空間に、こちらの空間までも侵食していくような感覚を感じる。

頭を揺さぶり視界を乱すと、元に戻った。


「誰もいねぇな」

「...そうね」


また保健室かと、西円寺の転入初日を思い出し、迫る拳を幻覚に見て一歩後ずさる。

俺の奇怪な動きに、西円寺は眼を丸くする。


「いや、なんでも無い。中入ろーぜ」

「...うん」


室内に足を踏み込む。


______ ピシッ。


脳内に走るノイズに視界が割れる。

脳内の情報、知識が溢れ出ていくと、そのまま消失していきその場で思い出せなくなっていく。

圧縮されるような頭痛に、耳鳴り。


「______##ミ#??」


五感が乱されていく。

西円寺に名前を呼ばれた気がしたが、音が乱れて聞き取ることが出来ない。

と言うより、そもそも、すでに『自分の名前』を思い出す事が出来ない。

手放してはならない。

思い出せ。

西円寺の言葉をしっかりと捉えろ。

未だ呼び続けている西円寺の声に全神経を集中させる。

乗り物酔いの様に気持ちが悪いが、呼吸を整え耐える。

そして、次第に聞こえてくる俺の名前を、ついに捉えた。


「成宮くん!」


成宮(なるみや) (まなぶ)

そう、俺はそんな名前だった。

噛み合う歯車の様に動き出す現実。

ぼやけて霞んでいた視界がクリアになると、居なかったはずの保健室に、人が座っていた。


「何が...起きた?」


退屈そうに頬杖をつき、片手でポータブルゲーム機を操作している女性は、視線だけ動かしこちらを見る。

白衣姿からして、保険の先生だろうか。

瞳の輝きは虚ろで、生気を感じられない。

しかし、俺達を認識した途端、輝きを取り戻し、ニヤリと笑う。

そして、ポータブルゲーム機の電源を落とし、机に置いた。


「ふーん、君の選択は、世界なんかより、彼なんだな」


そう言って立ち上がると、笑いを堪えられずにクククと喉を鳴らし、赤茶色のポニーテールを揺らす。


「良かったな少年」

「何が?」


またも堪えきれずに笑い出すこの人は、俺の疑問には答えてはくれなかった。


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