『油断』
___もう邪魔しないで。
西円寺から先程言われた台詞を思い出す。
誰も寄せ付けさせない鋭い視線は冷え切っていて、そんな姿に妙な既視感を覚える。
はて、一体どこで見たのやら。
思い出せないという事は、ただの気のせいなのだろう。
早々にイメージ上の西円寺を、頭を振って消し去る。
それにしても、歩く度に怒りで満ちていくこの感情は、よくよく思えば不思議な感覚だった。
ストレスを抱えているはずなのに、不快感を一切感じない。
これは本当に怒りなのか。
まぁなんにせよ、次の学力テストで黙らせてやる。
「あんなチビ、踏み潰してやるぜっ」
左ジャブをしなから自分の教室に入ると 、俺の席の隣にただただ座っていた西円寺と目が合う。
勉強もしていないのに何故まだ学校にいるのだろうかと、伸ばされた左拳を背中に隠しつつ考えてみたが、理由はわからなかった。
「...また死にたいの?」
「え?俺一度死んでたの?」
どこか拍子抜けした表情の西円寺は、一つため息をつくと立ち上がる。
それと同時に俺は、咄嗟に顔をガードし、安全を確保する。
俺に同じ攻撃は通用しないのだ。
「...元気そうね、じゃ、帰る」
そう言って西円寺は参考書を開き、あっさりとそのまま帰って行った。
ふん、なんてことはない。
俺の左ジャブにビビったのだろう。
「...」
本当に帰ったのだろうかと両腕のガードを下ろし、急いで廊下を覗き込む。
すると、腕を振り下ろす西円寺が一瞬映り込んだ。
「甘い」
「ぎゃああアァァァ!」
脳天にチョップをくらい、悲鳴を発して頭を抱える。
辛うじて残った意識で、今にも溢れ出しそうな涙をこらえながらも西円寺を睨んだ。
西円寺は優越感に浸る表情をしていたが、すぐに無表情に戻ると参考書に目が移る。
何も言わないまま帰っていくその背中は振り返ることもなく遠ざかって行き、それを俺は黙って見送っていた。
「変な奴...」
自分の事は棚に上げ、そう呟いた。