ネタで異世界ヤンデレ大戦
なんとなく
「奴隷を買ってきたぞ!」
「――はい?」
建国から328年の時を経た王国ソルシエール。この王国は落ち目時であった。
国の内部は腐り切り、王権の矮小化が進む中、一人の男が現状を打破した。
マルクス・ヴィヴィリオ・エンティゴ=バルカである。エンティゴ領バルカ領の領主となった彼は、その時十代後半という若さであり、貴族としては侮られる立場であった。
この男は領内の改革に成功し、経済状況を王国内随一へと変貌させ、他国からの侵略戦争を圧倒的な勝利をおさめ、その武威を示した。
それから巨大化した影響力で、王国内にある他貴族の領を裏から手を回し、じわじわと経済依存させていく。そして、周辺の売国奴や、税金をむさぼり遊びほうける悪徳貴族の証拠を得た。そこから王より勅令を賜り、粛清の嵐を拭かせる。無論、黙って殺されるわけもない。悪徳貴族は反乱を起こしたが、マルクスは天から二物を与えられた男である。
内部工作から離反者を増やし、ハチの巣がごとく空洞ができあがった反乱貴族を追い立て、遂に勝利した。
その後王へと忠義の礼を行い、王へと仕えていることを国内に示し、ソルシエールが盤石であることを知らしめた。今回の褒章として、公爵の地位とルーガ領を与えられている。
これは五年という短期で終わらせ、マルクスは若き獅子として国内外に名を轟かせる。
しかし、ソルシエールの黄金期を予感させるとはいえ、不幸なことがある。
マルクスが色に興味がなさすぎる、ということだ。
王家としては、王家の娘を嫁にやりたいと考えるのは当然のことである。この国はヴィヴィリオ家に依存しているのだ。
彼の忠義は至極信頼しているとはいえ、その子供、孫が王家に忠義を感じてくれるかは、また別の話となってしまう。
なんどか引き合わせたが、この男――とてつもなくたらしなのだが、娘に恋をさせた挙句、それに気づかないのだ。そのうえの男の家が、百年ほどの歴史しかない貴族であることを負い目に思い、王家に真面目な顔をして
「矮小たるこの身で申し上げるのは至極心痛み入るのですが――彼女の幸せを考えていただきたい。私のような歴史も格もない家に嫁がされるのは、貴い彼女にとって苦痛でしかないと思います」
――などと言いやがるのだ。
だがそれで引き下がるわけもない。他国からもこの国を脅かすべく、マルクスに縁談を持ちかけるものたちがいるのだ。この国を、ひいては王を愛してやまないとはいえ、――いや、だからこそこマルクスは、同盟という釣り餌に釣られてしまうかもしれない。
機会があれば、マルクスの友であり、反乱の際将として戦地を駆け巡ったウェルドに相談し、色を欲するようにしてくれと言い、その通りにしてもらったのだが、マルクスは何を考えたか、女の奴隷を買った。その間、ウェルドに言った言葉がこれである。
「これで女に興味がないとは言わせないぞ!」
――あぁ、こいつ天才だが馬鹿なんだ。
王家はその話を聞いた時、そう悟った。
「いや意味わかんねぇんだが」
ウェルドは満足げな表情をするマルクスへと、額に流れる汗をぬぐいつつ問う。
マルクスは端正な顔立ちを困惑にゆがめて、首を傾げた。
「だから言っただろう、お前は女に興味がないのか、と。我が敬愛する王、ディアド様も心配しておられると。その心配を払しょくするために買ったのだ」
ウェルドは思わず手を挙げた。お手上げだ、と言いたかったのだが、マルクスは気づかずに笑みを浮かべている。
あぁ、なんかもう――ダメだ。ウェルドは幼馴染だからこそよく知っているが、ここまでとは知らなかった。額に手を当てて、頭が痛そうにすると、幼馴染は「大丈夫か?」と心配げに訊いてくる。お前のせいだよ、と言いたいところだが、言えるわけもない。
「いい加減嫁さん貰えよ、ってことなんだが」
「それはない」
「縁談が来ていないか?」
「三つ山ができるくらいには。だが興味がない。今はこの賜った領地を作り上げ、国へと安定を供給せねばならない。今嫁を取れば書類整理に追われ、愛すべき女性を寂しがらせることになる」
なんだ、よく考えてんじゃねぇか、とウェルドは思ったわけだが、いや待てよを思い直す、コイツは色恋沙汰だと馬鹿になるのだ、安心するのはまだ早い。
「じゃあ姫様とはどうなんだ?」
「毎度言うが家格が違いすぎるだろう」
呆れたように言われるが、呆れたいのはこっちである。
こいつの血筋は皆英雄と言っても差し支えない。初代は平民から戦争を通じて英雄となり、祖父は治水を長年やり続けた。それは家の蔵を素寒貧にさせたが、今やその成果は十分に帰ってきてると言っていい、そして父は改革の土台を気づきあげ、成功へと導いた男である。
しかし、この男はどう否定しようとも、歴史が浅く家格が低いことを訂正することはない。
「……奴隷、まぁ言葉を聞くに女ということはわかるが。どんなやつなんだ?」
「紹介しよう」
「え、いまからか?」
「すぐ近くの部屋にいるよ」
そういって、すっと椅子から立ち上がる。まぁ拒否する理由もないため、倣って立ち上がり、後を追うと、とある一室の扉をノックした。
「はい」
と、女声が扉越しに響いた。
「すまない、マルクスだ」
「あ、マルクス様。みなさん手を止めなさい!」
ぴしゃりとした声が響く、続いて足音がこちらへと近づき、金属音を立ててから扉が開いた。
中は、談話室のようだった。中央には洒落た机と椅子が置いてあり、それを囲むように座る三人の少女がいた。どれもが見目麗しい女性であり、ドレスを着こんでいる。
どれが奴隷であろうかとウェルドは首を傾げる。出迎えた女性をちらりと見る。家庭教師であろう彼女は、理知的な雰囲気と顔立ちをしている、妙齢の女性であった。
「マルクス様。今日は――」
「友に彼女たちを紹介したいんだ」
「あぁ、幼馴染をやっているウェルドだ。よろしく頼む」
小さく頭を下げて自己紹介をする。マルクスはウェルドへと女性を紹介する。
「彼女はリリア・リュアリス・リリアーヌだ。リュアリス家の三女で、彼女たちの家庭教師をしてもらっている」
恐らくは家庭教師は建前で、結婚の足掛かりになればとよこされたのであろう。
「リリアです。よろしくお願いします」
「ああ、それで――奴隷は誰だい?」
三人をちらりと見る。怯えたような視線が集まってきて、――もしかしてと嫌な予感がした。
「彼女たち全員だが?」
やっぱり、と心の中でため息をつく。変わったヤツだと思ってたが、奴隷を普通の少女どころか、貴族の娘のように扱うとは。
マルクスは三人の娘へと近づいていき、順番に紹介をしていった。
「人の女の子はセナ。よくがんばっている」
「ありがとう、ございます。ご主人様」
トロンとした表情を見せる。完全に恋する男へ見せる、女の表情である。
「そしてこちらはエルフのエルディナ。君は魔法が最高だ」
「あぁ……ありがとうございます」
こいつもか。天然たらし野郎めが。
「そしてダークエルフのルヴィリア。うん、君は真面目だし、要領もいい」
「……はい」
ツンとした表情だが、頬が赤く染まっているのが見える。
「教育してるのか?」
「当然だろう。人を買うということは未来を買うということだ」
なんだか頭が痛くなってきた。ウェルドは額に手を当てて、小さくため息をつく。
もう帰ろう。帰って愛馬のベネットに乗って原っぱを駆け巡れば、気分が晴れるだろう。
「今日は帰るよ」
「そうかい?でも、今から帰ると夜中になってしまうし、泊まっていかないか?久しぶりに酒を挟みながら。……肩の荷を下ろしたいんだ」
――む。そういわれてしまうと、拒否できない。疲労は顔から見て取れるし、仕方あるまい。幼馴染であり親友の頼みだ。
「わかった。一室貸してくれ」
「もちろん。じゃあメイドを呼ぼう」
小走りでマルクスは部屋の外へと向かった。
「あぁ、おいちょっと待ってくれ」
そんなに急がなくてもいいのに。とはいえ、マルクスは少しうれしかった。ここのところウウェルドも忙しくて、友人の付き合いは久しぶりだった。今日は楽しい日になりそうだ。
だが、ウェルドは知らなかった。マルクスを追う彼の背中を、じっと見つめる三人の姿があることを。
その夜。ウェルドはほろ酔いで与えられた一室へと向かった。
室内は灯りにより橙色に照らされている。
「ったく、あいつもよぉ~嫁さん貰えばいいのに」
ウェルドはベッドへと体を投げ出し、シーツを体へと巻き付けるように引いた。
「――こんばんは」
「うおぉぉ!?」
耳元でささやかれた声にばね仕掛けのように飛び上がる。ベッドから立ち上がり、周囲を見回すと、先ほどの奴隷――三人がベッドを取り囲むように立っていた。
ど、どこにいやがったこいつら。全身の汗がぶわっと噴き出すのを感じていると、その中の人間の少女が口を開いた。
「ウェルド様」
「あ、あぁなんだ」
額の汗をぬぐい、平静を装ってウェルドは答えた。
「ご主人様の気持ちを安らげて頂いてありがとうございます」
「……そんなことか、気にしないでほしい、そういうのは友人として当然のことだ」
「ご主人様は良い友達を得ましたね」
「そんなん普通だ、普通!」
照れ隠しに言葉を強めて言う。なんだ普通のことじゃないか。さすがに部屋になにも言わずにいるというのは、失礼だが、気づかなかったということもある。
「それと」
声色が、突然変わった。聞くものをみるみると凍らせるような絶対零度の響き。雰囲気の突然の変化に、思わず顔をひきつらせた
「――縁談なんて、持ってこないでくださいね」
「お願いしますね」
「持ってこられたら――どうしてしまうか、わかりませんから」
灯りが弱いからだろうか。三人の瞳に光が無いように見えた。
小首を傾げて、彼女たちはウェルドを見ている。毛穴すべてが開いているのかと錯覚するほどに汗の量が多い。底がどこまで深いのかわからない、そして底になにがあるのかわからない、そんな恐怖。
「……あ、あぁ」
「よろしく、お願い、しますね」
少女の顔がぐぐっと近づいてくる。瞳が月明りのない夜の海のようだった。
「わ、わかった」
にやぁと少女は笑うと、ウェルドの横を通り過ぎ、外へと出ていった。それを追うように二名の亜人も外へと出ていく。
室内に、扉が閉まる音だけが響いた。
どこかで虫が鳴いている。
「ち、ちびるかと思った」
戦場より女のほうが怖い――ウェルドはその場で体育座りをしながら、身震いした。
王宮にて、机を勢いよく叩き、立ち上がる少女がいる。
第三王女、ルナリア・エルヴィス・ソルシエール。マルクスに恋する憐れな乙女である。
メイドであり、気のおける知人でもあるエルマはびくりと肩を揺らした。紅茶のティーポットとカップの置かれたトレイを危うく落としそうになり、ぎりぎりで留まったのにほっと安堵する。
「どうかしたのですか……?」
おずおずとした問いに、ぐりんとルナリアは首を勢いよく回し、エルマを見た。
「どうもこうもないわ。これでわかったわ、マルクス様はかなり変わってるお方!」
「まぁ、それはわかりきってますが……」
女性と関わるべきとアドバイスをされて女奴隷を買う。そのうえ良い暮らしをさせている。
意味わからないにもほどがあった。
「まぁそこが良いところなんですが」
両頬に手を当てて、頬を赤く染めてうっとりとした視線を窓へと投げかける。
エルマは聞こえないように小さなため息をつく。ルナリアは銀色の美しい髪の、それはそれは美しい少女かつ才女であるが、こういう男の趣味だけはわからない。
「こうなれば強硬手段しかありませんわ!」
「はぁ、それではどうするのですか」
「直接会いに行きます。それで何日も泊まります」
「は、はぁそれから」
「事実はどうあれ、形式的には婚約者的なものになります。そこから畳みかけていきます」
「本当にやるつもりですか?」
「とうっぜんっですわ!」
腕を組んで胸を張る。
「さぁ善は急げと東洋で言うではありませんか!明日の朝出発ね!」
「わ、わかりました」
――この物語は、奴隷三人のヤンデレと対抗する超人才女ルナリアと。
胃痛で死にかけるエルマとウェルドとの恋物語である。
終わりなんて一切考えてないんだ!