安らかに眠れ
私たちが街を立ってから30分ほど経った時、のどかな草原に骨の崩れ落ちる音が響いた。
音の発生源は私たちが倒したガイコツの魔物だ。
骨とはいえ、人型だから授業で習った事をしっかりと活かせるぶん戦いやすかった。
「いや〜、皆さんお強いですなぁ。
まさか昼とはいえ、スケルトンを倒すとは。
おかげで弱い魔物が逃げてくので予定より早く目的地の町に着きそうですよ」
再び移動を開始して、しばらく立ってから、40代後半位の恰幅の良い男性——依頼人のペドラさんが、そう話しかけて来た。
「ありがとうございます。
昼にこの魔物が出るのは珍しいんですか?」
「ええ。基本的にアンデット系の魔物は日の出てる時間は弱体化するので滅多に姿を見せないんです。
それでも、タフだったり攻撃が通りにくいからある程度強くないと倒すのは難しいと言われています」
「へー、そうなんだ〜。オジさん物知りだね〜」
「おい、悠。せめて、丁寧語ぐらい使え」
「ハッハッハ、大丈夫ですよ。
ユウ君、だったかい?
私は行商人だからね。
街と街の間はなにかと危険だから、知識はしっかり持って置かないと命に関わるんだ」
「なるほど〜。大変なんだね、行商人って」
「だから——」
「まぁ、そんな厳しくすんなよ、大地。悠は『何も分からない』ガキじゃないんだから」
ある程度は分かるガキのはずだ。
「朧ー、その発言、僕の事を子供扱いしてるって受け取っていいのかな?」
「大地がお兄ちゃんモードになってる時点で気づけ。今のお前は、誰がどう見てもガキだ」
「ブーブー」
悠は頰を膨らませ文句を言っているが、マジックバックからお菓子を出して頬張ってる姿はガキとしか思えない。
「仲がよろしいんですね。もしかして兄弟ですか?」
「いえ、小学ーー小さい時からの付き合いってだけです」
「なるほど、すいません、間違えてしまって」
「大丈夫ですよ。よく間違わのわっ!」
いきなり大地が肩に手を回してきた。
「照れんな朧。俺たちの関係はそんなチャチな物じゃないだろ。
ペドラさん、自分達は親友ですよ」
そう言いながら大地は腕に力を入れる。
ヤバイ、首がどんどん締まっていく。
「は、離せっ、首っ、首締まってるっ」
「そうですか。
ですがダイチさん、行き過ぎた親愛表現はやめた方がよろしいかと。
色々と危険なので」
ペドラさんの言葉で大地は私がどうなってるか気付いたようでようやく解放してくれた。
遠くでひそひそしている4体のメスの魔物は見なかった事にしたい。
「すまねぇ、朧。大丈夫か?
……いや、まさかこんな事になるなんて思わなくて、ゲームだし、だから落ち着け、まて、そのメリケンサックは何だ、どこから出した、止め……ギャーッ」
悪は滅びた。
特に何も無く馬車の荷台で悠が舟をこぎ始めたころ、大地が復活した。
「あれ、何で俺寝てたんだっけ。
朧、教えてくんね?
なあ、無視しないで。おーい、おーぼーろー」
余りのしつこさにイラッときたのでメリケンサックをちらつかせてみる。
先程の出来事をようやく思い出したのか、大地は大人しくなり、悠の世話に向かった。
「目を覚ましましたか。
見張りはダイチさんに任せてオボロさんも休んだらどうですか?
もっとも、後30分ほどで町に着いてしまいますがね」
こちらの様子に気がついたペドラさんが声をかけてきた。
「大丈夫ですよ。
それに、大地に見張りなんて任せられませんから」
「確かにそうですね。
では後30分、よろしくお願いします」
ペドラさんも大地の扱い方が分かってきたようだ。
この人一応NPCだよな?
そんな感じでペドラさんと話していたら進路上に人影が見えてきた。
「ペドラさん、200mほど先に誰かいます。
人数は3人、全員岩陰に隠れてるので盗賊かと」
「分かりました。
30mほどの位置で馬車を止めます。
いいですか?」
「大丈夫です。
大地、悠を起こして戦闘準備」
「了解。
おい、起きろ、悠。敵だ」
「ん〜、後5分……」
「……お菓子食っちゃうぞー」
「それはダメッ」
単純な奴だ。
「おっと」
馬車が止まる。
まさか気づかれてるとは思ってなかったのか、盗賊達はグダグダな感じで飛び出してきた。
「おわっ、押すな!
っとと、よ、よく気づいたな。
だけど俺たちは強いぞ、命が惜しかったら武器を捨てて金目の物を全て寄越しな!」
そう言いながら、盗賊の親分らしき奴がナイフをちらつかせて凄んでくる。
そのTHE盗賊って感じの顔の所為で確かに怖くはあるんだが……何というかその……
「この人、言動が完全に下っ端のやられ役だよね〜」
言ってしまった。
可哀想だから折角言葉を濁していたのに、言ってしまった。
「何だと!
もう許さねえぞ、このグソガキ!」
当然といえば当然だが、悠の一言でブチ切れた盗賊達は何も考えずに突っ込んでくる。
「右の奴から、俺、大地、悠。やるぞ」
さりげなく大地に一番タフそうなのを割り当てる。
「了解。
せっかくだし競争しようぜ。
ビリの奴が一番の奴にジュース1本」
かかった。
賭けはもちろん、
「「乗った」」
賭けが成立するのと同時に盗賊がナイフを振りかぶる。
胴ががら空きだ。
加えて相手は男。
ならばアレンジを加えて——
授業の内容を思い出しながら、肘を突き出し、大きく腰を落とす。
そして角度を調整して真っ直ぐに飛び出した。
グチャ
瞬間、肘に丸いモノが2つ潰れるような、嫌な感覚が伝わってくる。
これはヤバイ。
男なら嫌でも分かってしまう痛みに顔を顰める。
距離をとったら、盗賊は股間を押さえ倒れ込んだ。
「せ、正当防衛……だぞ?」
「か……じょうぼう……えい……だ……」
「デスヨネー」
余りの痛みに気を失った盗賊に手を合わせた。
安らかに眠れ。