一人の悪人の最後
殺人の体験。
カインから告げられたその内容に私は激しく動揺していた。
その動揺が収まる前にカイン達は行動開始する。
この行動の早さの理由は多分、私達に心の準備をさせないためだろう。
おそらく、カインは目的のために、少しでも強いショックを与えた方がいいと判断したのだ。
彼等は今居る道を更に奥まで、突き当たりにある建物の扉の前まで進むと、一旦立ち止まる。
カインが左手を少し挙げると、仲間のうち、杖を持った人と少し大振りな手斧を持った人の二人が扉をあけても中からは壁の影になり見えない位置に移動した。
杖の人は凄く小さな声で詠唱を済ませ、魔法をいつでも発動出来る状態にし、その扉を挟んだ反対側では、もう一人が手斧を振り上げて待機する。
そこまで確認すると、カインを含む残りの四人は移動を再開したようで、先程の建物の両隣にある建物の上に飛び乗った。
そのまま、カインとは反対側の屋根に居る二人は建物の向こう側にある通路に降り、裏口らしき場所でさっきの二人と同じように魔法と斧を構えた。
残ったカインともう一人は、それぞれの通路側の屋根の縁で待機している。
それぞれが定位置に着いたのが確認出来たのだろう。
カインは再び左手を少し挙げると、続けざまに最初の建物の屋根に飛び移り、屋根の縁にぶら下がると、そのままの勢いで窓を蹴破って室内に飛び込んだ。
すぐさま周囲を見回すように視界が動き、腰に提げた剣の柄に手がかかる。
正面に同じような体勢の人がいるが、視界は一瞬止まっただけですぐに動き始めたから、同時に飛び込んだ仲間だろう。
「目視異常なし」
「魔眼反応なし」
「了解、下へ」
「了解」
簡潔にやり取りを済ませ、二人は階段を下る。
しかし、踊場まで降りたところで、急に動きが止まり、同時に少し前の壁から「スコンッ」という音がした。
音のした所に焦点が合う。
そこには小さな黒いナイフが突き刺さっていた。
「ヒュゥ」
1階から、短い口笛が聞こえた。
「ソイツを避けられるとは思わなかった。
ド派手なノックをかましてくれたから衛兵じゃねぇだろうとは思ったが、まさかアンタが来るとはなぁ、執事の坊ちゃん」
「僕も、あなたは散る時は潔ぎよく散るタイプだと思っていましたよ。ジフス」
カインの言葉を受けて、ジフスと呼ばれた男は笑った。
「逃げれるってんなら逃げるに決まってんだろ?」
「そうですか。
それにしても、脱獄したてのくせに良いもの着てますね。
さすが、リーゼは良いセンスをしています」
「ちっ、アイツヘマしやがったか」
「あなたは即殺許可が出ていますが……どうです?大人しく戻れば、彼女の罪は軽くするように掛け合いますよ?」
交渉をしながらカイン達は1階まで階段を下りきる。
もちろん、ジフスが了承する訳も無く、
「するわきゃ……ねぇだろっ」
言うと同時に、彼は両手を振り上げた。
それを合図に、カイン達は剣を振り抜きながら駆け出した。
剣が何かをはじく感覚が手に伝わってくるが、カインはそれを気にした風もなくジフスに接近すると、首を目掛けて躊躇うことなく剣を振った。
実戦とは思えないほど無駄の無いスムーズな一連の動作に、ジフスは少し驚いたような顔をした。
とはいえ、彼も第二級犯罪者の判断を下されるだけあって、無駄が無いが故に分かりやすい攻撃を避けることは難しく無いようだった。
それすらも見越していたのだろう。
回避行動によって偏った重心を利用せんと、カインの仲間はジフスの服を掴みつつ、足払いを仕掛けてた。
しかし、ジフスは倒れる勢いを利用してバク転。
足の降ろしざまに、カインの仲間を蹴り飛ばした。
「ずいぶんとお綺麗な剣を振るじゃねぇか」
「お褒めの言葉をありがとうございます。
お礼と言っては何ですが、一つ手品をお見せしましょう」
「そいつぁありがてえな」
次の瞬間、カインの腹部を突き抜けるようにして、階段に突き刺さったものと同じ黒塗りのナイフが飛び出した。
ナイフは速度を緩めることなく、進路上にいる持ち主であるはずのジフスに向かって飛んでいく。
「チッ!」
驚きつつも冷静に、ジフスが大きく手を横に振ると、ナイフは引っ張られるように軌道を変えて飛んで行った。
「どうやって避けやがった!
――いや、まさか!」
何かに気がついたように、ジフスはいつのまにか取り出していたナイフを逆手に持ち変え、後方に向かって振り上げた。
しかし、その刃が当たることはなく、代わりにジフスの胸からは血に塗れたカインの剣が突き出ていた。
「グフッ……やっぱ、幻術だったか」
「面白い手品でしょう?
ただの幻術魔法でも、発動の瞬間さえバレなければ簡単に騙せるんですよ。
対峙している時に使うとこんなにも効果的なんです。
魔力の流れを誤魔化すための魔道具が必要なのが難点ですが。
【エアー】」
説明しながら、剣を捻り傷口を開き、魔法を唱える。
肉を扱う、ぐちゃり、とした感覚が剣を通して伝わってくると同時に、傷口に向かって風が吹く。
医療関係者の親戚から、血管に空気を送り込むとヤバイと聴いたことがあったが、これはそれを利用したのだろう。
「そんなもん、カハッ……まだ実用可能な……サイズじゃなかったはず、だろ……」
「あれは効果範囲を広げるためです。
直接触れるほどの距離なら、小皿程の大きさがあれば十分ですよ。
まぁ、敵に取り付ける分にはそれでも大きいですし、試験的な利用がせいぜいですけどね」
「あの時か……」
そう、カインの仲間はジフスを倒すことが目的だったのではない。
ジフスの服に魔法の発動を誤魔化す為の魔道具を取り付けていたのだ。
そしてカインは、ジフスが距離をとっている間に幻術魔法を使用し、彼の背後に移動していた。
「さて、後はほっといても死ぬと思いますが、せめてもの情けです。
あなたほどのレベルだと意識があって辛いだけでしょうし……あまり抵抗はしないでくださいね」
「……くそ……しゃー、ねぇか……」
「言い残すことは?」
聞きながら金属製の串を取り出し、寝かせるようにして首の後ろにあてがう。
「そう、だな……リーゼに……無駄な事をさせた……すまねぇ、と……それだけ、だな……」
「はい。
では、さようなら」
串が首へと埋まっていく。
綺麗に関節を通しているのか、骨には当たらず、肉を貫いていく感覚だけが串を通して伝わってくる。
数秒で力が抜けて重くなったジフスの体を支えながら串を抜くと、そこから血が溢れるように流れていった。
「さて、これでお終いです。
今回はだいぶ綺麗に終わりましたけど、普通はもっと血とか肉片が散らばります。
ジフスみたく潔く「殺せ」と言えるのも少数派ですから、大抵の敵には死ぬ間際に怯えた目を向けられますし、命乞いをしてくる相手もいるでしょう。
それでもなお、武器を向けることが出来るのか、よく考えて答えを出してください」
そう言ってカインは胸元からペンダントを取り出し、指で軽くつついた。
そして次に瞬きをした後目に映ったのは、元の場所、塔の最上階の何もない部屋だった。