高校入学
記憶の旅は私が物心ついた頃から始まった。
それでもはっきりとした意識が無いからか思い出す記憶は飛び飛びで、凄まじい速さで時間が流れていった。
はっきりしだしたのは小学校に入学する1、2年前頃。
ただ断片的な映像や写真のようなものを見るだけだった走馬灯の見え方も、自我がはっきりと確立され始めたこの頃から変化が現れた。
映像や写真のように見えていたそれに、体の感覚や当時の思考が伴い始めたのだ。
感覚は普段生活している時と何ら変わらないのにこちらの意図は関係無いとばかりに(実際関係無いのだが)動き続ける身体は慣れるまで違和感が凄かったし、当時の思考は自分の意思とは関係無しに、現在の思考と同じように浮かび上がってくるから、よく過去と現在の2つの思考が同時に行われる事があって、飽きるまでは並列思考っぽいことが出来てるような気分になって意外と楽しかった。
当時から運動も勉強も平凡だった私は、優れたやつらの背景として目立たず埋もれるように生きていた。
強いて言うなら、その優れた奴らのほとんどと仲が良く、その関係で近所じゃそれなりに名前が知られていたぐらいだろう。
特に何も起こらないまま時は流れ、小学4年生になった。
この年は10年間世界中で戦争が一切起きていないという驚きの事実が国連から発表され、世界中で平和を祝う祭典が催された。
小学5年生になった。
ある日テレビを見ていたら、歴史的な大発明が報道された。
『フルダイブ技術』
特殊な機械を用いることで意識を電脳世界の送り込むという技術だ。つまり、ゲームの世界に入れるようになったのだ。
といっても新しく、研究価値も高い技術だ。一庶民である私達にも手が出せるのはまだ先だと、誰もが思っただろう。
しかし、争いがなくなり、建前上は平和となった世界で、娯楽要素というものは何よりも需要があった。
戦争の場を、血生臭い戦場から娯楽市場に移して兵器の開発とかに人手を回しにくくしたかったんだろう。
そんな世界だから、この技術は国連を中心にして、どんどん研究が進んでいった。
その結果、一般に出回るまで時間はかからず中学を卒業する頃には人々の生活の一部となっていた。
その頃には、誰が言い出したのか、電脳世界は「仮想世界」なんて呼ばれるようになっていた。
また、仮想世界で身につけた技術が現実世界でも最低限の筋力があれば再現可能という研究結果も発表され各地方でカリキュラムに仮想世界での訓練、活動が含まれる試験用高校が新設された。
私が進学したのもそこだった。
ちなみにこの学校、授業料に関しては完全に無料だ。
将来を左右する大事な時期を利用する実験だからそれに対する報酬、といった感じだろう。
しかし研究施設である以上、学に関する専門家がいる訳で、勉強するにも素晴らしい環境となっている。
だからだろうか。
定員は全ての学校で共通して1学年150人で、入試は完全に抽選の運勝負にもかかわらず倍率は1番低い所で1000倍、一番倍率が高い所にいたっては10000倍を超えた。
なのに、親友2名も合格してたのはまさしく奇跡と言えるだろう。
3人揃って喜んでいたら担任が、
「3人共人生の運を全て使い切ったな」
とか言って、笑いながら水を差してきて、たまたま通りかかった校長先生に連れていかれた。
給料がどうとか聞こえた。
ざまぁ。
入学式前日、寝れなかった。
そりゃそうだ。授業でゲームのある学校。ワクワクしない訳がない。
うとうとしてきた時には時計の短針が真っ直ぐ右を向いていた。
翌朝、家族がしっかりしていたお陰で寝坊はしなかった。
学校へ行ってもクラスの半分がいなかった。
皆寝坊らしい。
担任の引きつった笑顔が印象的だった。
入学式はごく一部の超真面目君以外の全生徒が寝ていた。
その後のホームルームは寝坊した奴らの言い訳と共に始まった。
中には開き直ってるバカもいた。
ていうか知ってる顔だった。なんであいつと連んでたんだろう。
ええい、こっちを見て手を振るな。
同類だと思われたらどうするつもりだ。
一通り説教が終わり、遠い目をした先生がやっと話を始めた。
「えー、一通り説教も終わったことだしまず特殊カリキュラム<仮想科>について説明をします。
仮想科とは、言ってしまえば、仮想世界において行う体育の授業です。
この授業の最大の特徴は、なんといっても疲れないことです。
皆さんも知っているかと思いますが仮想世界では精神的に疲れはしても、肉体的な疲れは感じません。
なので、体力に関係無く、同じレベルの授業が行えるのです。
その代わりこの学校の体育の授業は身につけた技術を現実世界でも使うための体力づくりと身につけた技術のテストが基本となります。
次は、通常科目について説明します——」
「——以上でガイダンスを終了します。
この後、寝坊した人は反省文用の紙を渡すので、ついて来てください。
それ以外の人は、ピリピリしている先生達に気をつけて帰ってください。
それでは、さようなら」
それだけ言って先生はさっさと教室を出て行った。
気をつけるのが先生達ってどんな学校だよ……
大地は出てったな……
よし、今の内に。
「おーい。帰るぞ、悠」
「えっ、大地待たないの〜?」
「ダレデスカダイチッテ?ワタシソンナバカハシリマセンヨ」
「はいはい、知らない振りしないの〜。
同類と思われたくないのは分かったから」
「分るんなら聞くなよ。
それにあいつなら置いてったところで直ぐに追いつくだろ」
「それもそっか〜。
じゃ、帰ろ〜」
そうしていろいろと不安要素の追加される1日目が終わった。
「ねぇ、朧〜」「なぁ、悠」
「先に言っていいぞ」
「もしもの時は身代わりよろしくね〜」
「全く同じ事考えてたわ」
訂正。
学校を出るまで安心できそうにない。