孤児院
「ついた〜!」
悠は浮かせていた荷物を降ろすと、そう言いながら倒れ込んだ。
それも仕方ないだろう。
魔力は一割以上ある時と無い時とで、体の調子が大分違うのだ。
こっちに来てすぐの頃ならともかく、2週間もすれば魔力が有るのに慣れてしまって、今みたいな時の倦怠感は凄まじいものだろう。
……まぁ、一割切るまでは楽をしていた訳だが。
それはともかく、ここまでくるのはなかなかにキツかった。
何せ、城はやたらと高いところに建っているのだ。
当然、登る方法は階段である。しかもやたらと急な。
悠だけでなく、私と葵も荷物を置いてから床に座り込んだ。
「お疲れ様でした」
「何で、カインは、そんなに、平気そうな、顔してんだよ」
おかしい。こいつ、悠に両手と背負子の荷物を渡したとはいえ、それ以上の荷物を荷台に乗せながらあの坂を登ってきたはずだ。(荷台用と思われるスロープがあった)
「執事ですので。——と言いたいところですが、慣れですね。
普段は僕一人で買い出しをしておりますので」
あぁ……執事=万能チートの方程式って、フィクションじゃないんだな……
そんなくだらないことを考えていると、事務棟の方から女性が歩いて来た。
先に行くほど陽炎の様に色の薄くなる不思議な髪と、額に光る髪同じ色の翡翠の様な宝石が特徴の女性だ。
「執事長。警備隊隊長ドナート様がお呼びです」
「ドナートさんが?……ああ、あの件ですかね。
分かりました。すぐに向かうので彼らを総合置き場まで案内してください。
すみませんが、後のことはこちらのミミルさんにお任せします。
皆様は彼女について荷物を運んで置いてください」
そう言い残し、カインは急ぐ様にして警備隊本部のある棟へ向かっていった。
カインが見えなくなってから私達は移動するために荷物を持ち直した。
カインの分の荷物はどうするのかと思ったが、ミミルさんが運ぶ様だった。
「それではご案内させていただきます」
そう私達に声をかけて移動し始めた彼女に続いて、私達も移動を始めた。
「お疲れ様でした。あとは各倉庫の管理人がそれぞれ回収にきますので大丈夫です」
「分かりました」
ミミルさんに連れてこられた総合置き場は、円形の広場の様な場所だった。
壁には入ってきたところの他に、9箇所の出入り口が等間隔に並んでいた。
多分この全てが別々のものを置いておくための倉庫なんだろう。
「皆様、この後のご予定は?」
「今から訓練場——は間に合わないよな。
かといって飯までまだ時間あるし……」
「それでしたら、少々おつきあいいただけないでしょうか?」
「ん?別にいいけど」
「僕も〜」
「私も平気」
「ありがとうございます。では、こちらへ」
何だ?
『つかまえた!こんどはノルがオニなー!』『まてー!』『にげろにげろー!』
ワーワー!
途中で調理場に寄ってバスケットを回収した後、たどり着いた場所からは元気な子供達の声が聞こえてきた。
場所としては城の裏庭のはずだが、なぜかこう『ザ・幼稚園』な建物が建っている。
「えっと……ここは?」
「あー!ミーねぇだー!」
「えー?どこどこー?」
「ミーねぇー!」
こちらに気づいた子供達は、遊ぶのを辞めてすぐにミミルさんのそばに駆け寄って来た。
どうやらミミルさんはかなりの人気者らしい。
何とも微笑ましい光景だが、それ以上に目を惹くものがあった。
角や動物の耳、尻尾が生えている子。
羽根があったり、肌に鱗のようなものがある子。
ミミルさんの様に、不思議な髪と額に宝石のある子。
そして、私の知っている普通の人間の子。
様々な種族の子供達が、みんなして楽しそうに笑っていたのだ。
色んな種族がいることも、共存している事も、教わってはいた。
知識としてはあったのだが、今日、町に出て目にしたのは人間族が殆どだったから、こうして多種族が仲良くしている光景に目を惹かれたのだ。
「みんなー。オヤツ持ってきたから手を洗ってらっしゃーい」
『はーい!』
「ここは孤児院兼保育所の様な場所です。
ここで働いている人達の子供を預かったり、親の無い子を育てたりしています」
「孤児……」
「というよりも、親のいない種族といった方が正しいですね。
今は親を亡くした子はいませんから」
「それって——」
「ミーねぇーオヤツー」
「手はしっかりと洗いましたね?」
「うん!」
「それじゃあ移動しましょうか。
皆様もどうぞ。今日は子供達に種族の生まれに関する童話を話して聞かせるつもりですので」
ミミルさんに促され、(あと子供達に引っ張られながら)建物の中に移動する。
綺麗にはされているが、所々に色が違う場所が見受けられ、年季の入った建物であることが伺えた。
「ミーねぇオヤツなにー?」
子供の一人が待ちきれないといった風にオヤツを催促する。
それを受けたミミルさんは、調理場から持って来たバスケットを子供達の前に置いて蓋を開けた。
「ゼリーです。一人一個ずつ取っていってください」
『はーい!』
「俺これー!」「私はこれー!」「あー!私もそれがいいー!」
「はいはい、喧嘩しちゃダメですよ」
ゼリーを取り合う子供達をミミルさんが嗜めながら、ゼリーを全員に行き渡らせる。
「みんなに行き渡ったりましたね。
それじゃあ、食べてもいいですよ」
『わーい!』
許可のおりた子供達はみんな一斉にゼリーを食べ始めた。
「そういえばミミルさん。
種族に関する童話ってどういうのですか?」
「えっ!ミーねぇきょうはおはなししてくれるの⁈
やったー!」「ほんとー!」「わーい!」「なんのおはなしー?」
ふと気になって聞いただけの質問に、子供達が素早く食いつく。
喧騒は波紋の様に一気に広がった。
ミミルさんはというと、『あちゃー』という感じの表情を浮かべていた。
「オヤツの後にしようと思っていたのですが……しょうがありませんね。
騒いじゃダメですからね」
ミミルさんはそう前置きをすると、ゆっくりと言い聞かせる様に語り出した。