ガルム兵団長
「今日は皆さんにお知らせがあります」
召喚されてから5日たった日の朝食の席で、唐突にソフィが声を上げた。
「どうしたんだ、いきなり」
「この間皆さんに武器の要望をお聞きしましたよね。
それに合わせた訓練用の武器の用意が出来ました。
訓練場の前を通った時にガルム兵団長が笑顔で素振りをしてるのを見かけましたよ」
「えっと、ガルム兵団長って?」
聞き覚えのない名前に思わず首を傾げる。
そんな質問に答えたのは丁度料理を運んで来たカインだった。
「僕の父です。
特徴はこの城で唯一の赤髪の巨漢というところですね。
軽い戦闘狂で特訓大好きな変人ですよ」
「訓練用武器、特訓好き、戦闘狂、笑顔、素振りか……あれっ、それってヤバイやつじゃ——」
「さぁ皆さん、冷める前にご飯、食べてしまいましょう」
疑問に答えるどころか、話をかぶせて聞かなかったことにするというソフィの対応と佐藤の呟いてしまった不穏な単語達が全力で不安を煽ってきた。
「オオォッ——!」
「ッ——」
薙ぎ払う様に振るわれた凶刃をしゃがむことで回避する。
その際に相手の軌道に合わせて木剣を構えて、上に逸らす。
「ぬぅっ!」
一瞬生まれた隙をついて脇腹に蹴りを叩き込む。
当然、そんな苦し紛れの様な蹴りで怯む相手ではないが、予想は出来ていたから問題無い。
腕で地面を思いっきり押しながら、案の定びくともしないガルム兵団長を柱に見立てて脚を振り抜く。
その反動を利用して横に飛び、地面についた後も勢いを殺さずに転がってなるべく距離を取り、木剣を構えながら立ち上がった。
「あっぶねー」
「ええい、ちょこまかと躱しよって。
なぜ攻めてこない」
「生憎とそういう流派なんで。
そういうガルムさんはちょこまかと逃げ回る事しか出来ない相手に攻撃を当てる事も出来ないんですか?」
「……いいだろう。
そこまで言うならば、我が奥義しのぎ切ってみせよ!」
ちょっと挑発し過ぎたと気付いた時には既に遅く、ガルム兵団長が腰だめに構えた木剣を中心としてヤバそうな風が吹き荒れていた。
「教えてやろう、この世界で貴様の戦い方がいかに愚かな事かを。
風属性広範囲制圧技【大戦風】!」
振るわれた剣に合わせて吹き荒れる風が、凶悪なまでの暴力と化して襲いかかってきた。
魔力のせいか視認できるそれは、波の様に拡がって逃げ場がない事がよく分かる。
「ちょっ、これやばぁぁああああ——」
目の前がフッと暗くなった。
——バシャッ
「——パハァッ、ゴホッゲホッゲホッ!」
「大丈夫か?」
声のした方に顔を向けると、指先に第二波と思われる水球を浮かべたガルムさんがいた。
「えっと……」
「少しの間気を失ってたんだ。
予想外の衝撃で脳に負担が掛かったんだろう。
一応回復魔法を掛けておいたが、どこか痛むところはないか?」
「はい、大丈夫です。
どこも痛みません」
「そうか。ならば平気だな。
それから……悪かったな。
大人気ない事をしたとは思っている」
「あっ、いえ、元はと言えば俺が煽ったのが原因ですから。」
「そう言って貰えると助かる。
しかしだな、これで分かっただろう?」
「はい。積極的に攻めていく方法も覚えろってことですよね」
「そうだ。この世界には魔法がある。
敵の使う武器は形のある道具だけではないんだ。
さっきみたいに躱しようの無い攻撃なんて珍しいものでは無いからな」
「だから使う隙を与えてはいけない。
そういう事ですね」
今身につけている技術では、純粋に生き延びる事すら叶わない。
積極性という新しい武器の取得が急務なのは明白だった。
「でも攻め方なんて知らないですよ。
せいぜいが相手の動きを止める為の反撃方くらいです」
「なに、そこまで現状を理解出来ているなら問題は無い。
まだ3週間以上あるし、幸い、戦いの動きは身についている。
心配するな、俺が鍛え上げてやる」
そう言い切ったガルムさんは、凄くカッコよく見えた。