召喚
ほぼ説明回です。
「んだよ、これ……」
ポツリ、呟かれたその言葉は、その場の全員の気持ちを代弁していた。
「ボク達、洞穴の中に居たんだよね?
こんな真っ白で明るい所じゃなかったよね?」
「そのはず……
それとまたボクになってるよ、薫」
「あっ、ありがと」
2人のブレないやりとりのおかげで、少しだけ雰囲気が和らぐ。
「でも、どこなんだろう、ここ。
さっきの石の柱どころか私達が乗ってた舞台まで無くなってるし」
言われて気づいた。さっきは石の舞台の上に全員立っていたはずなのに、いつの間にか私達の足下は周りの景色と同じように、真っ白になっていた。
「なんかあれみたいだね〜」
「あれ?何か知ってるのか、悠?」
「濃蔵に薦められたweb小説。
みんなまだ読んでないの?」
「あー、あれか……
異世界転移とかいうやつ……」
なるほど。
いきなり景色が変わって、そこは真っ白な空間でした。
確かにそっくりだ。
「マジで?読んどきゃよかった」
「よくあのしつこい紹介で読まないっていう結論が出たな」
佐藤がテスト明けの「勉強もっとしとけばよかった」ぐらいの軽さで後悔を口にする。
軽すぎるだろ……
「そんなことあり得ない、って言いたいけど既に起きてるのよね……
しょうがない、その異世界転移って事が起きてるとして、どうするか考えましょう」
委員長も受け入れたようだ。
そして、その上で考えようと提案する。
こういう、常識に囚われすぎないで状況を受け入れる事の出来る人が仕切ってくれると、本当に頼りになる。
「そうだな。それじゃあ——」
「あのー、そろそろ良いですか?」
話し合いをしようとした瞬間、誰かに声を掛けられた。
私達以外誰も居なかったはずの空間でいきなり聴こえた知らない声に、全員の視線が一斉に同じ方向を向く。
「皆さん落ち着いたようなのでそろそろ説明を、と思ったのですが、よろしいですか?
あっ、私はアイラと言います」
声の主——アイラは私達から2mほど離れた所で、少し遠慮気味に立っていた。
「あんた何者だ?いつからそこにいた?」
大地が一気に険しい顔になって問う。
いや、険しい顔になったのは大地だけじゃない。
こんな近くに接近されたのに気づけなかった。
その事実が、頭の中で警鐘を鳴らしている。
「わあぁぁ、そんな怖い顔しないでください!
別に怪しい者じゃないですから!」
「じゃあどういう者だよ」
怪しい人は大体そう言——
「よくぞ聞いてくれました!私は神様です!」
ああ、なるほど。
彼女は頭の残念な人だ。
確かに怪しい人じゃない。
「あぁ!今、私の事を『頭の残念な人』とか考えましたよね⁈
本当ですっ!信じて下さい!」
「ボクの考えてる事が分かるの⁈」
山本も同じことを考えていたようだ。
見渡してみると、全員驚いた顔をしている。
「一応神様ですから。
それと、いつからここに居たのか、という質問ですけど、答えは最初からです。
皆さん気づいてくれなくて、ちょっと寂しかったです」
こんな特徴的な人に気付かないなんてことがあるんだろうか?
それに彼女は神様を名乗るだけあって、かなり綺麗な見た目をしている。
髪は真っ白(背景白)で、絹のように柔らかそうだし、肌はシミ一つ無く、陶器のように白く(背景白)美しい。
タレ目の所為であまり大きく開かれていない瞼から覗く瞳は、綺麗な薄い水色(唯一色が違うけどほぼ白の上面責狭くてあまり分からない)だ。
服も神様を自称するだけあって清潔感のある白で統一(背景白)してある。
……なるほど、景色と完全に同化していらっしゃる。
こりゃ気付かんわ。
「良いです。私は心の広い女神様なんです。
これからお願いをする相手に対してこれぐらいで怒ったりしません。
怒ったりしませんからお願いを聞いて下さい」
「随分と図々しい女神様だな……
もし断ったらどうなるんだ?」
「その場合はここでの記憶を綺麗さっぱり忘れてからお帰りいただいて、別の世界の人に頼むだけです」
つまり断った所で何の問題も無いと。
「まぁ、良いじゃん。
お願いを聴くぐらい」
「そうね。
聴くぐらいなら」
「だな」
「私も、聴くぐらいなら」
「私も聴くぐらいなら良いよ」
「なんか『きく』の字、違くないですか?
特に依頼を受けてくれるニュアンスが足りない所とか」
「内容によるな」
内容をよく聴きもせずにお願いを聞くのは馬鹿だけだ。
「なるほど、一理ありますね。
分かりました。
では説明させていただきます」
アイラはしょげた顔から一転、真面目な顔になる。
「私があなた方にお願いしたいこと。
それは私達の世界『グラスレルタ』に出現した魔王の討伐です」
「それはつまり俺達に殺しをしろと?」
「少し違いますが、簡単に言うとそうなります。
ただ、これは世界の維持の為に必要な事なんです」
「どういう事だ?」
「魔王を含めた全ての魔物はマナと呼ばれるものが世界を循環する過程で受肉したものです。
魔物が生まれる理由は世界のマナの量を調節する為なので、いずれ魔物はマナに還元される時、死を迎えます。
ですが、魔王には寿命が無い為、自然にマナに還元されないので、誰かが討伐しないとマナのバランスが崩れてしまうんです。
加えて言わせてもらいますと、魔物が生まれる際、強い感情に曝されたものは、はっきりとした自我を持つ魔人となることがあります。
魔人は曝された感情によって、善にも悪にもなりますが、悪の個体は魔物を引き連れて人を襲ったりします。
このような行いを重ね、強大な力を得たものが魔王なので、治安維持の為にも討伐は必須です」
「なるなど、とりあえずは納得した。
みんなは?」
信司が確認する。
「「「「「「大丈夫」」」」」」
「さっぱり分からん」
「……まぁ、大地以外が分かってんなら大丈夫だろ」
「今の間はどういう意味だ⁉︎」
諦めたって意味だろ。
「いくつか質問してもいい?」
「いいですよ。えーと……」
「桐島 葵」
「アオイさん、なんですか?」
「最初の質問。
さっきの話で出てきたマナって何?」
「簡単に説明すると、魔法を使ったりする際の源となる力です。
正確には世界のシステムなど様々な所に関わっていますがそこらへんは学者にでもならないと関わらないような事なので省略します。
魔法などについては依頼を受けてもらえたら説明します」
「ありがとう。
次の質問。
生活水準はどれ位?」
「あなた方の世界で言う中世ヨーロッパの生活に現代日本の生活用品などをぶち込んだような感じです。
『生活しにくい』なんて理由で断られたくないので、そこらへんを徹底的に発展させた結果です」
セリフの途中でアイラの顔に影が差した。
ああ、実際に断られた事があるのか。
「3つ目の質問。
この依頼を受けるメリットは?」
「魔王討伐に成功した場合、莫大な富と名声は約束出来ます。
あと、もしかしたら心躍る冒険になるかもしれない、と言ったところですね。
正直、命の重い世界から、吹けば飛ぶくらい命の軽い世界に行って貰うのに十分な報酬とは言えないです。
冒険に大きな憧れがあるなら話しは変わりますが」
「そう。
4つ目の質問。
これはあんまり意味ないかもだけど、奴隷のような扱いを受けたりしない?」
「心配要りません。
断言します。
グラスレルタの国は、基本的に王権神授制です。
そしてあなた方が召喚される国の今代の王は私が選んだ子です。
もう、いい子だし、優しいし、頑張り屋さんだし、優秀だし、可愛いし、可愛いし、可愛いし、すぅっっっごい可愛いんですよ!
そう!まさに国民のアイドル!
あっ、写真見ます?」
真面目な雰囲気を吹き飛ばすほどの、凄い剣幕で力説された。
もう好きとかそう言うの通り越して親バカだな、これは。
「いい。
どうせ直接会うか忘れるかするから」
「それは楽しみは後にとっておく、と言うことですね。
分かりました」
「はぁ、もうそれでいい。
そんなことより、最後の質問。
私達を召喚する理由は?」
桐島が呆れながら尋ねると、アイラは少し言いにくそうに口を開いた。
「あっ、すみません。
えーっとですね、あなた方を召喚する理由はですね、その……単純に勇者になれる人が不足したからです」
全員の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。
「そういえば勇者について説明してませんでしたね。
グラスレルタにおける勇者とは、目的の為に自らの命をかけて戦う覚悟を決めた、勇敢な者を指します。
ただ、勇者になれない職業があります。
それは騎士です。
騎士は規律などの都合上、勇者にはなれないんです。」
「それと勇者不足とアンタが言いにくそうにしてる事、どう関係してるんだ?」
「先程も言いましたが、今代の王は『優しい・優秀・可愛い』と三拍子揃っているので、民からの人気がとても高いんです。
加えて騎士というのは王に会える確率が最も高い職業なので、戦える力を持った人はほとんどが騎士になってしまったんです。
王の人気が高すぎる弊害ですね」
つまりアイラの人選の所為で大半の人が騎士になってしまい、その結果勇者が不足した、ということか。言いにくそうにしていた理由がわかって、少しほっとした。
後ろめたい考えがあった訳では無いらしい。
ただ、1つ疑問が残る。
「勇者が必要な理由は?
騎士じゃ駄目なのか?」
「世界のシステムの都合上、騎士は魔王に対して相性が悪すぎるからです。
後、騎士は規律などがあるので動きづらい、というのもありますね」
「なるほど」
納得がいった。
騎士は色々と大変らしい。
「ありがとう。
私からの質問はこれで終わり。
みんなは何かある?」
誰も手を挙げない。
聞きたかった事は桐島がほとんど聞いてくれた 。
しかし、1つだけ大事な事を聞いていない。
「もし、依頼を受けたとして、魔王を倒した後、帰って来れるのか?」
「おそらく不可能です。無数に存在する世界から、あなた方の世界を見つけ出すのは困難を極めます。ですので、断られても構いません。こちらには家族や友人との縁を断ち切ってまで、魔王の討伐を強制する権利はありませんから。」
何となくだが、予想はしていた。
全ての選択には、選ばなかった方を諦める、という代償が伴う。
例外はありえない。
元に世界では決して味わえない経験か、元の世界の繋がりか。
私達の間に、重い空気が漂い始めた。
「質問も無いようなので、30分後にお聞きします。それまでに決めてください。
依頼を受けてくださるか、くださらないか」
与えられた30分、私達は二、三言言葉を交わして、後はみんな、1人で考えた。
「30分が経ちました。
それではお聞きします。
依頼を受けてくださる方は、手を挙げてください」
挙がった手は8本。
挙げる勢いに違いはあれど、全員、真っ直ぐに手を伸ばしていた。
「……よろしいんですか?元の世界に帰る事は出来ませんよ?」
アイラが目を丸くして聞く。
「しっかりと考えた。
考えた上で、覚悟を決めた」
大地の言葉にみんなが頷く。
「……分かりました。
ありがとうございます。
では、これよりあなた方をグラスレルタに転送します」
アイラが何かを唱えると、私達は再び光に包まれた。
私の世界は、この決断で大きく変わった。