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1.サラードルとクウィンディラ 6

注.....心持、残酷描写あります。




 その荒々しく激しく長い口付けに、クウィンディラの諸手は抗い、その喉からは苦し気な声が洩れた。.....血の味....、禁を犯した口付けにはふさわしい.....、サラードルの心の片隅に、ふとそんな考えが過る。唇を離すと、クウィンディラは白い頬をやや紅潮させて、荒い息をついた。サラードルの手が、クウィンディラのマントの留め金を無造作に外すと、マントとヴェールが共に寝台の上に広がり、彼女の象徴的な純白の聖衣が露になった。

 「俺の心がお前に救いを求めた....か。だからご丁寧にも、ここまでのこのことやって来た....か」

サラードルは笑う。蔑み、意地の悪い声で.....。

 「ならば救ってもらおうじゃないか、ここは、そういう場所だっ!」

サラードルの両手がクウィンディラの聖衣を無惨にも引き裂く。絹を裂く音が、まるで狂気を帯びた女の甲高い悲鳴の様に、不吉に部屋に響いた。

 「喚くなら喚くがいい、助けが欲しければ叫べ、泣き叫んでみろ、そうしたら許してやってもいい」

その最後通牒にも、クウィンディラはただ無言のまま、哀し気な瞳でサラードルを見上げるばかりであった。クウィンディラを組み敷く彼の瞳に、ふと憎しみとは別の感情が入り混じる。サラードルの手は、巫女姫の露となった胸の膨らみを掴み、舌は彼女の細い首筋を這い、そしてその足を割り、彼は、血族の禁を犯した。




 ヴァジャは、何も尋ねなかった。尋ねるまでもなく、何があったかは明白であったからである。彼女は銀髪の娘の白い身体を拭い清めてやり、切れた口元にそっと薬を塗ってやり、破れた衣服を繕い、震える娘に着せてやった。そして、寝台の敷布に紅い染みを認めると、この娘を心から哀れんだ。

 ヴァジャは、娘の見事な銀髪とめしいた瞳に、彼女の素性を悟った。サリーは一笑に付したのだが、去り際に一言囁いた。口は禍の元だよ、ヴァジャ.....と。

 何と恐れ多い事を.....。何という恐ろしい罪を.....。神に仕える巫女を汚す者は、神にのろわれる。青年の犯した恐るべき罪に、ヴァジャはおののいた。




 その頃、東の地から未知の民族がやって来た。ロセアニア王国に従属する部族民達の領域を、侵し始めたとの知らせが届き、遠征軍が組織される事となった。この時代、王国は頻繁に野蛮人達の地へと兵を送っている。部族民の数が多かった分、戦も多かったのである。

 サラードルは、ロセアニアを去る格好の口実を見出した。東の地へ。長い遠征になるだろう。そのような地へ、王子自ら足を運ばれずとも....と、難色を示す臣達もいた。だが、サラードルは聞き入れなかった。そして実際、勝れた将であったこの王子の希望を阻む者は無かったのである。

 

 「正気の沙汰とは思えぬ。野蛮人の地へ、いつ戻れるとも分からぬ遠征に、進んで出掛けたいなんてな.....」

兄王子が淋し気に言った。

 「そうか?俺は嬉しくて仕方が無い、兄者、王国から出られると思うとな....。東で思う存分剣を振るえるかと思うと、血が騒いで夜も眠れないくらいだ」

サラードルは暗い笑みを浮かべた。 

 「無事に戻れよ、サラ」

 「俺は、別に戻れなくたっていいんだ。いや....、戻らない方がいいんだ」

 「馬鹿を言え。私が淋しい」

アガダルは、心底淋しいと思った。

 「兄者.....」

サラードルは、笑むのを止め俯いた。

 「俺は....、ここにいたら....又何をしでかすか分からない...」

 「サラ?」

かろうじて聞き取れる程の弱々しい声は、恐ろしい程の苦悩を秘めていた。これがあの猛々しい弟なのかと、アガダルは少なからず動揺した。又何をしでかすか分からない.....。彼は弟の言葉を心の内で反芻した。又....?アガダルの脳裏に、美しい姉姫の姿が過っていった。不吉な予感がした。

 「兄者、俺は、ここにはいられない....」

顔を上げた弟の琥珀の瞳に、自虐的な色を認めたアガダルは、恐ろしくて何も尋ねる事が出来なかった。




 大神殿は、王都から駿馬で半日程、北西へと向かった暗海沿いに位置していた。民が気軽に祈りを捧げに来る小神殿は、ロセアニアの各地にあったが、大神殿は唯一つのみ、暗海を望むけわしい崖の上にそびえている。神殿の長を務めるのは、大体において巫女であった。長い歴史の中、能力ちからある神官が長を務めた時代も数々あったが、圧倒的に巫女が長を務めた時代の方が多かった。男性よりも女性の方が、神秘の能力ちからを集めやすいのだと人々は言う。

 神殿は、魔物からこのロセアニアを守っている。殊、地中に眠る恐るべき魔物を封じた、その封印を守っている。封印はほんの少しでも綻びが出来ると、代々の大巫女達又は大神官達が、丁寧に、眠る魔物を揺り起こさない様に、その綻びを繕って来たのである。神殿無くして王国の存続はありえない。


 大神殿を密かにおとなった王子サラードルは、間もなくして、姉姫である大巫女の私室に通された。日の神の訪れの極端に少ないこの地とあって、神殿内部も暗く冷え冷えとしている。吹きすざぶ風の音と、荒々しい暗海の波の音だけが、決して途絶える事の無い、不変のものに思えて来る。

 クウィンディラは、白の聖衣姿で彼を出迎えた。尤も、今身につけているのは、先日の儀式用の絹物とは違い、質素な布地で縫われたものではあったが....。それでもこの女は、変わらずに神々しい......。サラードルは思った。あの日、自分に穢されたというのに、何故未だに、これ程までに神々しく見えるのだろう....。クウィンディラを見詰めるサラードルの瞳には、もはや憎しみは無かった。会うのは、あの日以来であった。

 

 「貴方の心は、今でも血を流しているのですね....サラードル殿」

静かな声であった。巫女として訓練された筈の彼女の声に、悲しみのが混じっていた。

 「巫女は....、魔物からこの地を守っているというが......、俺にはお前が魔物そのものだった、クウィンディラ......」

サラードルの声にも又、悲しみの音が混じっていた。

 「いつの頃からだろう....、お前に焦がれた。気が狂うかと思う程、お前に恋い焦がれた。よりによって神殿の大巫女であるお前に......、血を分けたお前に......。俺は己の血を憎んだ。父を憎んだ。お前を産んだ女を憎んだ。そして、お前自身を憎んだ。何故なにゆえお前でなけりゃならないのか....、激しくお前に焦がれつつも、殺したい程にお前を憎悪した......、苦しかったよ.....」

清水の流れる如く、淡々と言葉を紡ぐサラードルの瞳が、雫を落とした。クウィンディラはゆっくりとサラードルの方へと歩み寄ると、両手を伸ばし、手探りで彼の頬に触れ、彼の涙をそっと拭った。そして彼女は、彼の頭を優しく抱き寄せた。

 「お前を穢してから、俺は憎しみから解放された。気が狂うかと思う程にお前に焦がれたあの感情からも解放された。今はただ、悲しいだけだ....」

クウィンディラは、サラードルの琥珀色の髪を撫でていた。ゆっくりと、ゆっくりと。サラードルは、両手をクウィンディラの背に回すと、彼女をそっと抱きしめた。

 「お前を......愛している.....クウィンディラ...」

サラードルの囁きに、クウィンディラは答えなかった。ただ盲いた瞳から、涙を一筋零したのみであった。

 





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