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1.サラードルとクウィンディラ 5

注...ほんの心持ち、残酷表現があります。

  




 赤毛の娘は、サリーの唇に舌を這わせた。彼は暫しそれを楽しみ、そしてやがて彼女の甘い唇を貪った。娘の首筋に舌を這わせ始めた時、無粋にも部屋の戸を叩く者があった。寝台の上で、可愛い赤毛の娘の胸を、今、正にはだけようとしていた青年は舌打ちした。

 「誰だ!?」

 「あたしだよ!サリー!」

青年は、娘から上体を起こして、戸口へ目を向けた。

 「ヴァジャか....、らしくないな、邪魔しに来るなんて」

 「したくて邪魔してんじゃないさ。ひょとして、お前さんにお客さんなんじゃないかと思ってね」

 「客?」

サリーは眉間に深々と皺を刻んだ。赤毛の娘も渋々と上体を起こすと寝台から下りた。

 「誰だ?」

不機嫌な声音を、サリーは隠しもしなかった。どうせ従者の誰かに違いない。

 「うら若いお嬢さんだよ」

 「.....?」

何だそれは..?とサリーは訝しむ。

 「琥珀色の髪と目をした若者を捜してるって言うからさ、もしやあんたの事かもしれないと思ってね。心当たりはあるかい?」

 「無いね!」

即座に答えた。気心の知れた従者は、この店を知ってはいるが、侍女達は無論知らない筈であるし、ましてや侍女が自分を迎えに、この類いの店に出向いて来るわけが無い。彼のそんな考えをよそに、赤毛の遊女が、たたっと戸口へ駆けて戸を開けた。ヴァジャが、おやっという顔で赤毛の遊女を見、遊女はヴァジャの後ろにマントのフードを深々と被った姿を見出した。興味を覚えた彼女は、歩み寄ると不躾にその客人のフードに手をかけた、女将の止める間もなく....。

 「わぁ.....、きれーぃ.....」

溜息混じりの感嘆の声がサリーの耳にも届いた。遊女に手を引かれて現れたその神々しい姿。フードの下には、さらにヴェールを被っていた。それ故、輝く髪は見えなかったものの、その美しい顔立ちまでは隠せなかった。驚きに目を見張る青年に、ヴァジャは声をかける。

 「やっぱりお前さんのお客人だね?」

その言葉が合図ででもあったかの様に、青年の表情が怒りの色に染まった。

 「このお嬢さん、一人で絡まれてたんだよ、そこんとこの路地で...」

 「一人で?」

とても信じ難かった。赤毛の遊女が、ひゃーっと声を上げた。

 「全く、素人娘が一人で、しかもこんな時間に花街を歩くなんざ、粋狂にも程があるよ。よーっく教えてやんなよ、そのお嬢さんに」

ヴァジャの口調は、まるで母親のようである。

 「悪いが、2人にしてくれないか?」

サリーは美しい客人を見据えたまま言った。いつもはどちらかというと軽薄そうで陽気な青年の、打って変わった表情とその声の質に一抹案じながらも、金払いの良い顧客の望みである、女将は赤毛の遊女の腕を引いて部屋を出た。穏便に頼むよ.....その一言を言い残して。




 「何しに来た?ここはお美しい姉上の来る様な処じゃ無いと思うがな」

サラードルは、はだけた胸元を整えもせずに、椅子の背を掴んで逆座りに座り、背もたれに両腕をかけ、目の前の巫女姫に皮肉な言葉を投げかけた。

 「独りで来たってのは本当か?」

言ってから、馬鹿な問いだと気付き、サラードルはフッと皮肉な笑みで口元を歪めた。

 「まさかな.....。途中で従者とはぐれでもしたか?だとしたら、今頃大騒ぎだろうな。神殿の大巫女が花街で姿を暗ましたってな」

 「いいえ、ここへは独りで参りました」

抑揚の無い声であった。

 「嘘をつけ...。めしいのお前がどうやってここまで来たって言うんだ?それとも盲だって方がいつわりか?」

 「わたくしは目で物を見ない代わりに、心で物を見ます」

透明感のある、だが決して高くは無い声音、抑揚の無いそれは、巫女の訓練された声であった。その声はサラードルをどうしようもなく苛立てる。

 「じゃあお前は今、その心で俺を見てるってわけか?」

クウィンディラはゆるりと頷いた。

 「よくもあの城を抜け出せたものだ。今日は特に衛兵が多かったってのに」

 「わたくしにとっては、何でもありません。わたくしが城を抜け出した事に気付く者はおりますまい.....」

それが《神秘の能力ちから》ってわけか、便利なこった...。サラードルはふと視線を横に逸らし息をついた。この女の姿が目障りだったから祝賀会を抜け出して来たというのに.....何故なにゆえ.....。

 「何故...?何故、わたくしがここへ来たか...ですか?」

サラードルの心の内を読み取ったかの如き問い。彼は再びクウィンディラを見上げる。

 「そうだ....、何故だ?何故、お前がここにいる?」

押し殺した様に声が掠れた。

 「貴方の叫び声が聞こえたからです」

 「.....何だと?」

サラードルの目が細まった。剣呑な光が散らつく。

 「血を吐くかの様な貴方の心の叫びが、救いを求める声が、わたくしの名を呼んだからです、サラードル殿」

そう言葉をつづるクウィンディラの顔は、鍛えられた巫女の無の表情であった。

 「ふざけるな....」

サラードルは、拳が白くなる程に己の手を強く握りしめていた。その事に彼自身、気付いてはいなかったやもしれない。

 「ふざけるな....」

聞き取れぬ程の小さな呟き。立ち上がり足音も高らかに姉姫に近付くと、マントの上からその細腕を荒々しく掴む。それでもクウィンディラは表情を変えない。サラードルは吐き気を催す程にいかっていた。怒りを、憎悪を、蔑みを、人間がこれ程の感情をその顔に上せる事が出来るのかという程に、多くの負の感情をその琥珀の瞳に宿していた。

 「お前を殺してやりたいよ、クウィンディラ」

サラードルの手が巫女姫の白い細首にかかる。

 「お前のその顔、その目、その声、その髪、お前が存在するってだけで、俺は反吐を吐きたくなる。血を分けてるかと思うと、お前を殺したくなる。お前が大巫女などで無かったら、とっくにその喉頸のどくびを掻き切ってやってるものを....」

サラードルは手に力を込めた。それにも拘らず、クウィンディラはもがきも足掻きもしなかった。為されるがまま、ただ苦し気な表情を垣間見せるのみであった。それが余計にサラードルの怒りを煽る事となった。


 サラードルは、巫女姫の細い身体を、そう、その首を掴んだまま乱暴に寝台へと叩き付けた。咳き込み立ち上がろうとするクウィンディラの足元を救い上げ、サラードルはこの巫女姫を寝台の上へと放り上げた。頭から被っていたヴェールが肩に落ち、青みを帯びた銀髪がサラードルの目を射た。自らも寝台に躍り上がると、サラードルはクウィンディラのおとがいを掴んで上向かせた。

 「助けを呼んでみたらどうだ?泣き叫んでみたら?一度で良い、お前の取り乱したところを見てみたいものだ」

クウィンディラの顔に、悲しみとも哀れみともつかぬものが浮かんだ。

 「貴方の苦しみが、わたくしの心を打ち付ける.....」

総てを吸い込んでしまいそうな紺碧の瞳が、哀し気にサラードルを見詰める。

 「だまれ」

 「貴方の苦しみが、痛い程にわたくしに伝わる.....」

 「だまれっ!」

サラードルの手が、クウィンディラの頬を張っていた。

 「知った様な事を言うなっ!」

憎々し気な言葉と共に、サラードルはクウィンディラの髪を力任せに掴むと、打たれて血の滲んだ彼女の唇を荒々しく塞いだ。 






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