1.サラードルとクウィンディラ 4
王都の花街、遊郭や賭博場が軒を争う。細い通りのあちらこちらには、明らかに春を販ぐを生業とする女達が、挑発的な紅の唇で男達に声をかけていた。春を販ぐ生業は、この世の最古の生業と言われるが、無論この時代にも、たくましく春を販ぐ遊女達は大勢いる。
その一角の、それ程大きくも無い遊郭の扉をくぐった青年を、女達が嬌声を上げて迎えた。
「サリーっ!今日は来ないかと思ってたのにっ!」
赤い巻き毛の遊女が満面の笑みで、サリーと呼ばれた青年の首に両手を絡み付けた。
「どうしてだ?」
「だって貴方、お貴族様でしょ?今日はお城の王子様方のお祝いの日だから、貴方もきっとそっちに行ってると思ってたのよ」
ああ、それか...と言って、サリーは苦笑した。
「行かなかったの?王子様達のお誕生会」
左腕に絡み付いていた別の遊女が尋ねる。
「行くには行ったが、あんまりつまんなくてなあ.....」
「そんなにつまんなかったの?」
一番年若な遊女が、無邪気な瞳で尋ねる。
「でもお城の祝賀会じゃなぁ〜い。ねえ、どんなに豪華だった?」
「豪華?う〜ん、すぐに出て来ちまったからなあ.......」
「王子樣方は素敵だった?サリー?」
その問いに、サリーは吹き出しそうになった。
「俺の顔を見ろよ」
もぉ〜っ、と笑いながら、口を尖らせ遊女達がサリーを叩く。
「ああ〜、一度でいいから双子の王子様達を見てみたいなあ」
一人の遊女が己の胸に手をあてて、溜息混じりにうっとりと言えば、他の遊女達も口々に同意する。サリーはやれやれと思う。目の前にいるじゃないかと......。
「ねえ、王子様の髪は何色だった?」
例の年少の遊女が興味津々な瞳で問う。
「あら琥珀色よ、知らないのお前ったら」
「じゃあ瞳は?」
「それも琥珀色よ」
「へぇ〜、じゃぁサリーと一緒?」
何とも邪気の無い指摘に、サリーは内心どきりとする。
「琥珀色ったって、色々あるぜ、嬢ちゃん。黄もあれば、茶がかってんのもあれば、緑がかってんのもあるだろ」
「でもサリー、普通に琥珀色ったら、あんたの髪みたいな金髪の事だろう?」
年嵩の遊女が腕を組みながら言った。
「ああ、そうなのか?そういえば王子達も金髪だった様な気がしないでもないな...。遠目だったから良く分からん」
サリーは適当にごまかすと、マントを脱ぎ遊女の一人に手渡す。あの豪奢な式服は無論着替えて来ていた。何せ王家の印が派手に縫い取りされている。あんな物を着て来た日には、いっぺんに彼の身分はばれてしまう。
「ねえサリー、巫女姫様のお姿を見た?」
瞬間彼の瞳を被った影に気付いた遊女はいなかったであろう。
「いや、良く見えなかったよ。人が多かったからな」
「あら、可哀想〜!大陸一の美姫を見逃したなんてぇ」
遊女達は口々にサリーをからかい慰めた。
「なあ女将はどうした?あのうるさい姿が見えないが.....」
「ああ、ちょっとそこまで用足しだってさ。すぐ戻ると思うよ。酒でも飲むかい?」
そうだな...。サリーが答えると、遊女達は再び嬌声を上げ、彼を奥の部屋へと引っ張って行った。
「やれやれ、しみったれてるねぇ〜、ったくっ!!」
門を出るとヴァジャは悪態を吐き始めた。
「この時間に来いってから、わざわざ来てやったってのに、つけの半分しか払いやしないだからっ!こちとら娘達を食わせなきゃなんないってのにさっ!!」
ぶつぶつ言いながら、用心棒の介添で馬の背に乗る。
「でもさあ、ウドや、半分でも取り立てられたんだ。何も無してのよりかは、いいさねぇ?」
ヴァジャは、養子であり用心棒でもあるウドに尋ねる。がたいの良い青年はくるりと面を返すと、その大きな姿からは想像のつかぬかの様な、屈託の無い笑みを見せ頷いた。
「そうさねぇ、そうさねぇ、これだけでも神に感謝せねばねぇ」
細かい事を気にしない質のヴァジャは、さっさと機嫌を直した。そして真っ先に支払いをしてやらなければいけない娘は誰だったかと思いめぐらす。あの娘と、あの娘と......、良し残りの金で、たまには娘達に美味いもんを食わしてやろう。栄養を取らせなきゃ、美しいもんも美しくなくなっちまうからね....。そんな事をあれこれ考えているうちに、花街へと戻って来た。
「女将っ、女将っ!」
無口なウドが、珍しく切迫した声でヴァジャを呼んだ。何かと、ヴァジャが前方を見れば、娘が数人の男達に囲まれている。どうやら娘はその筋の女では無い様である。深々とマントのフードを被ってはいるが、うら若い娘である事は、その体形からは隠しようも無い。娘は余程に度胸が据わっているのか、それとも怯えきってしまっていたのか、男達に細腕をつかまれ路地に連れ込まれそうになっていたというのに、声一つ上げないでいたのである。
「ウドっ!お行きっっ!!」
大柄童顔の、ヴァジャの用心棒は、ブンっっと音がする程に激しく頷くと、一目散にその娘の救出に走った。ヴァジャは自力で馬の背から降りると_____何せ彼女は、介添なしでは恐ろしくて馬を歩ませる事が出来なかったのである______手綱を引いて、修羅の場へと近付いて行った。3対1の決着は、もうほぼついていた。
「兄さん方、恥を知りなっ!!この花街で、こんな素人娘に手を出すなんざねぇ!男の風上にも置けないよ」
女ながらドスの利いた啖呵を切ったヴァジャは、地に伏していた娘を立たせてやると、その背に庇った。
「ウドや、それ位にしておやり」
ヴァジャの打って変わった優しい声に、ウドはにかりと笑い、締め上げていた男からぱっと両腕を離した。男はどさりと地面に投げ出された。どうやらウドに、足の一本でも折られたのであろう、立ち上がれない様子である。そして他の2人も、地面で呻いている。
「兄さん達、この花街で素人娘に手を出すとどうなるかって、これで分かったろう?次からは気をお付けよ。このヴァジャ姐さんはお前さん方の顔をよーっく覚えておくよ。今度こんな真似をしてご覧?ん?」
その口調は甘ったるく、優しかったにも拘らず、ヴァジャの笑顔は決して優しくは無かった。
「このヴァジャを敵に回すって事は、この花街全部を敵に回すって事さ。よーっく覚えておおきよ、兄さん方」
ヴァジャの眼は笑ってはいなかった。地にのたうつ男達は、ヴァジャの名を聞いた時点で、己の顔をこの小太りな中年女から隠そうとした。それだけこのヴァジャの名は、この花街では知られた名であったのだ。
ヴァジャは娘の手を引いて、足早にその場を離れた。ウドは馬を引きながら、大人しく従って来る。ある程度離れた処でヴァジャは娘に向き直った。ヴァジャは非常に小柄であったので、娘を見上げる形となった。
「お前さん、一体何処の娘だい?」
娘と向かい合ってみて、娘のその素振りにヴァジャは悟る。この娘は盲だと......。




