1.サラードルとクウィンディラ 3
19度目の生誕の日を祝って、神殿の大巫女である姫君は、白い手を翳して双子の王子達に祝福を与える。兄王子の恍惚とした表情が眼に見えるようだ。聖なる巫女姫の前に跪きながら、サラードルは苦々しくそんな事を考えていた。姉姫の手が祝福の為、彼の琥珀色の頭に触れた時、サラードルは叫びその手を思い切り振り払いたい衝動に駆られた。サラードルは頭を上げた。姉姫の、黒とも見紛う紺碧の瞳が見詰めていた。総てを見透かす様な瞳。そして何も映さない瞳。
彼は、今すぐにでもこの場から逃げ出したかった。とてつも無く苦しかったのである。
サラードルは、自分に機嫌伺いをしてくる面々を適当にあしらうと、窓辺に寄りかかった。広間の熱気の為、窓は開け放ってある。琥珀色の髪を嬲る風が心地良かった。そろそろ抜け出しても平気だろうか....などと考えながら広間の様子を見渡すと、父王の座る玉座の傍らに視線を縫い付けられた。
肩に背に、流れる豊かな見事な白銀の髪。白い面は、今微かに微笑みを浮かべている様子である。父の話に時折ゆるりと頷く。あまりに美しく、あまりに人間離れして見えた。姉姫の前には、果実や香草を料った皿が並べられていた。巫女や神官は肉食をしない、それ故であったが、姉姫はそれらさえもほとんど口には運んでいない様子であり、せいぜい薄めた果実酒で喉を潤す程度であった。
その姉姫の杯を、兄王子が立ち上がって満たしてやっている。クウィンディラがアガダルへと首をめぐらす。とても盲とは思えない素振りである。アガダルの姉姫を見るうっとりとした表情が見て取れた。
純白の巫女姫が、突然サラードルに目を向けので、彼は思わず息を飲んだ。巫女姫の瞳は、じっとサラードルを見詰めた。見える筈は無い。見える筈が無いんだ......。サラードルはそう思いつつも、姉姫の瞳から目をそらす事が出来なかった。
はっと気付くと、アガダルがこちらに歩み寄って来るところであった。サラードルは慌てて視線を窓の外へと逸らした。
「何をしてる?独りで」
アガダルがサラードルの肩をポンと叩いた。
「そろそろ、ずらかろうかと考えていたところだ」
「ずらかって何処へ行こうって言うんだい?せめて姉上が引き取られるまでここにいろよ、サラ」
サラードルの瞳に憎しみの色が走った。
「冗談は止めてくれ、兄者。もう充分、あの面のせいで胸くそ悪くなってるってのに」
兄王子は、悲し気な目を弟王子に投げた。そして常々尋ねたかった事を、初めて口に上せた。
「お前は姉上の何が気に入らないのだ?サラ」
「総てだ.....」
押し殺した様な低い声であった。
「あの人形の様なツラが気に食わない。何もかもを見透かしてるかの様な目が気に食わない。あの女を見ると、めちゃくちゃにしてやりたくなる。大嫌いだ」
弟王子の瞳に宿る激しい憎悪の念に、アガダルは戸惑い大きく息をついた。そして迷う間も無く、一つの疑問を口にした。
「ならばさっき、何故あんな目をして姉上を見ていたのだ?」
「!?」
サラードルは兄王子を鋭く睨みつけた。
「お前は時折、あんな目で姉上を見る。私は知っているぞ、サラ」
いたわるかのような口調であったにも拘らず、サラードルは酷く不機嫌な表情で、アガダルを睨んでいた。
「どんな.....どんな目だと言いたいんだ?」
兄王子は答えなかった。
サラードルは、恐ろしいまでの不機嫌さで、その場を去った。アガダルは弟王子を案じた。




