1.サラードルとクウィンディラ 2
今宵は、この双子の王子達の19度目の生誕祝典である。ロセアニア各地から貴族や豪族達が、はたまた周辺の部族達からも惣領達が、この王城へと詰めかけるだろう。そして神殿からは、長である巫女姫が王子達に祝福を与える為に訪れる筈である。
臣民達の前で王子達は、父王と母妃に形だけの挨拶の口上を述べる。サラードルは、こういった公式な場が大嫌いであった。こういった事をにこやかにそつ無くこなす兄王子に、サラードルはいつも半ば呆れ半ば感心した。
まるで水に映したかの様にそっくりな2人。顔立ちだけでは無くすらりと伸びた背丈も、決して太くは無い締った体つきも、姿形だけは何もかもがそっくりな兄弟であった。だがそれにも拘らず、この兄弟の醸し出すそれぞれの雰囲気の、何と異なっていた事か。その琥珀色の瞳が語るところの、何と異なっていた事か。如才ないアガダルは、朗らかで良く笑った。そしてサラードルは、兄王子の様に明るく笑う事は無かった。せいぜい皮肉を帯びた笑みを浮かべるのがやっとのところ。いつも褪めた眼で物を見ていた。
臣達は、弟王子の扱いを知らず疎んじた。それは父王と母妃でさえも同様であった。素行不良の、一体何を考えているのか分からない王子。勝れた武人であったにも拘らず____否、勝れた武人であったからこそ、この弟王子は余計に疎んじられ、恐れられたのかもしれなかった。褪めている様でいて、恐ろしい程に荒々しく残虐な一面をも、この王子が持っている事を臣達は知っているのである。
人々は裏で王子達をこのように呼ぶ。《光の王子と影の王子》と。
広間が、ほう.....っといった、感嘆の溜息混じりの声で響動めいた。人々が次々に跪き頭を下げてゆく。詩人達が、その口に乗せ唄い称えた程の、見事な銀の髪を腰よりも長く垂らし、純白の聖衣にその細い身を包んだ神々しい巫女姫クウィンディラは、数人の巫女を従え、ゆっくりと玉座へ歩を進めていた。
純白のクウィンディラ、銀の髪のクウィンディラ、神秘の乙女、聖なる乙女、大陸一の美姫。巫女姫を称える、華々しくも美しい形容句がどれ程あったであろうか。正に、日の神に忘れ去られし暗いロセアニアに射す一筋の光。
王女が神殿へと上がったのは、まだ5歳にも満たない頃であった。この王女が神殿へと預けられたのは、別にこの姫が妾腹だったからというわけでは無い。確かに王家の外腹の子女達が神殿に預けられる事は、決して少なくは無い。巫女や神官になり生涯を神殿に暮らす者達もあれば、年頃に成長した頃に還俗し、結婚を許される者もいた。__それはほとんどの場合、政略の道具とされたのだったが...。しかしクウィンディラの場合は違った。王女が生まれたとき、祝福を与えた前の大巫女は、小さなまだ目も開かぬ赤子から、並々ならぬ素質を見て取った。神秘の能力である。前の大巫女は王に進言した。この王女を神殿に差し出すべきであると、己の後継者として教育さるるべきであると、それを拒む事は、罪以外の何物でもないと。
王は拒めなかった。このロセアニアを守る神殿、殊に長である大巫女の発言力は強い。たとえ王でさえも大巫女の前に跪く。
前の大巫女は、クウィンディラが8つの生誕日を迎えた時、神殿に貰い受けるという約束を取り付けた。そうして王女は、王都郊外の瀟洒な屋敷で、王の妾妃であった母と共に幼少を過ごした。そう、約束の年齢まで、王女はそこで何不自由無く暮らす筈であった。だが彼女の持つ神秘の能力がその邪魔をした。
手を触れずに物を動かし、見えぬ筈の物を見た。そう、見えぬ筈なのに、王女には見る事が出来たのだ。一体どうやって.....?王女は生まれながらの盲であったというのに.....。理解し難い現象に、王女の母は恐れ戦いた。この母は、己が腹を痛めし娘を恐れ、疎んじたのである。
王は妾妃の訴えに耳を傾け、クウィンディラが5歳になるやという頃、神殿へと送った。




