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3.ターロの君とファーリューラ 5





 大切な........。


 ファーリューラは庭を彷徨い歩き、やがて小さな池のほとりまで来ると、ゆるりとかがみ込んで池の水面へと視線を泳がせた。時折風の娘達が、その水面みなもを悪戯に嬲り行き来する。

 ファーリューラは思い悩む。もう幾日も、こうして思い悩んでいるのだ。そんな自分を案じてくれるオーヴィスの心を感じる度に、ファーリューラは泣きたくなった。


 “ファーリューラ.....”

      “ファーリューラ.....”


 しっとりとした声に名を呼ばれた。

 「水の貴婦人方....」

 

 “神秘の能力ちからに恵まれし娘よ......” 

      “随分と思い悩んでいるようですね.......”


 「ええ....」

 ファーリューラが沈んだ声音で頷くと、地面の息吹が聞こえて来た。


 “ファーリューラよ.....”

      “あまり時間は無いのだ、ファーリューラよ.....”

 

 「大地の紳士方!」

 いつもは、どんなに呼んでも中々出て来てはくれな大地の精霊が、今日は自分達の方から出向いて来た事に、ファーリューラは少なからず驚いた。


 “異質な者が目覚めようとしておる....”

      “その眷属達は、すでに目覚め地中で暴れ、我らの眠りを妨げる.....”

                 

 “目覚めさせてはならぬ者........”

      “人間とも、我々精霊とも、相容れる事の出来ぬ者.......”


 「私に......、何が出来ると言うの?」

 ファーリューラは震える声で大地の精霊達に問いかけた。


 “お前程の能力ちからに恵まれた者は、他にはおらぬ.....”

        

 「怖いわ......」


 “哀れなファーリューラ......”

      “愛するファーリューラ.......”


 小池がさざ波だった。水の精霊達の声は、しっとりと優しく、そして微かに哀れみのが混じる。  


 “私達は、何時でも貴女の味方となりましょう.....”

      “貴女を助けると約束しましょう、ファーリューラ....”

 “クウィンディラの血を受け継ぎし娘よ........”

      “クウィンディラの能力ちからを受け継ぎし娘よ.......”

 

 「水の貴婦人方......」

 

 “我らも、お前を助けると約束しよう、ファーリューラよ.......”

       “クウィンディラの娘よ、約束しよう.............”

 “クウィンディラの娘よ.....、我らの愛し子よ.....”

       “約束しよう......、約束しよう.........” 


 「えっ!?」

 大地の精霊の言葉に、ファーリューラは思わず驚きの声を上げた。だが、咄嗟に言葉が出なかった。それを知ってか、精霊達はそのまま去って行く気配を漂わせた。

 「まっ、待ってっ! 大地の紳士方! 今のはどういう意味なの?」

 ファーリューラが両手を付いて大地へ向かって叫ぶも、精霊達は最早言葉を返してはくれなかった。小池へ視線を馳せてみても、同様に水の精霊達も去ってしまった。


 「クウィンディラ伯母上様の.......」

 ファーリューラが生まれて間も無く、病の為に身まかったさきの大巫女であったファーリューラの伯母姫。父王とサラードル王子の異腹の姉姫。その早世した巫女姫の.....? 大地の精霊は何と言った?


 「伯母上様の....、娘.....? どういう事.....?」

 ファーリューラは混乱した。再会した時の、叔父の酷く衝撃を受けた様な表情が脳裡を過った。叔父はファーリュラの顔を凝視し、確かに伯母の名を呟いた。

 「姪が伯母に似るのは、良くある事よ。似ているから、きっと “娘” って.....。大地の紳士方はそう呼んだのよ」

 地べたに座り込んだまま、ファーリューラは己に言い聞かせるかの様に独りごちた。


 「奥方様、まあ、奥方様っ!? 如何されたのです?」

 地べたに座り込んでいるファーリューラの姿を目に止めたレティが、両手でスカートをつまみ上げながら小走りに駆け寄って来た。

 「何でもないわ、乳母や、少し考え事をしていただけよ」

 「こんな処に座り込んででございますか?」

 立ち上がるファーリューラのドレスの汚れをはらってやりながら、乳母レティは心配そうな瞳を乳母子へと向ける。

 「私はてっきり御気分でもお悪いのかと思いましたよ、ファーリューラ様」

 「ごめんなさい、びっくりさせて。でも、本当に何でもないわ」

 ファーリューラは微笑む。

 「ならば良いのですが......」

 「ねえ、乳母や」

 「はい? 奥方様」

 「私は、クウィンディラ伯母上様に似ているのでしょう?」

 「ええ、似ておられますよ」

 「何処が似ているの? どれ位似ているの?」

 「そうでございますねぇ、御髪おぐしの色にお顔立ちは、よう似ておられますよ。巫女姫様も、それはそれはお美しい姫君であられましたから。でも、奥方様のようなお転婆姫では有らせられませんでしたけれどね」

 「んもぅ、乳母やったら」

 レティにからかわれ、ファーリューラは微かに頬を染めた。裸足で駆け回り、大木の高みまで登っては、レティをはらはらさせたお転婆姫も、エディンヴァル家に降嫁しオーヴィスの妻となってからは、大分しとやかになった。

 「ファーリューラ様が木登りから卒業して下さって、この乳母やの寿命がどれ程伸びた事か....」

 大仰に胸を撫で下ろす仕草をするレティに、ファーリューラは思わずくすっと笑い出す。

 「もう、嫌な乳母やね」

 笑いながらも口を尖らせるファーリューラに、レティもくすくすと笑い声を上げた。





 翌日の昼下がり、ファーリューラは王城へと出掛けた。週に一度は娘を訪なっていたアガダル王も、娘を降嫁させてからは、新婚夫婦への気遣いなのか、その訪ないもめっきり減った。その代わりに、王都に暮らす様になってからは、ファーリューラの方から父王を尋ねる機会が多くなった。嫁ぐ前はあれ程に王城から離されて育てられたというのに、嫁いでからは、王も愛娘を頻繁に城へ呼び寄せる様になった。神殿が執拗に欲しがった娘も、既に嫁がせ人のものとなった。その安堵が王の心にはあったのだ。


 ファーリューラはその日、父王に目通りを願う前に城内のある部屋の扉を開いた。壁には処狭しと絵画が並んでいた。代々の国王の肖像から、王族の面々の肖像画。ファーリューラはそれら一つ一つを眺めつつ、ゆっくりと歩を進めた。そして然程大きくも無い、ある幼い少女の肖像画の前で足を止めた。

 歳の頃は四〜五歳といった処か.....、銀色の直毛に、蒼い瞳。微かな笑みを小さな口元に上せていた。早世した、ファーリューラの伯母の唯一の肖像画であった。

 


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