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3.ターロの君とファーリューラ 1

 アガダル王と神殿の大巫女の思惑が絡み合う中、臣下である青年と恋に落ちたファーリューラ。それを知った王は、愛娘の幸せの為、又、愛娘を神殿から守る為に、神殿側の怒りを買いながらも娘を青年に嫁がせました。それから早、半年の月日が穏やかに過ぎ行きました。そんなある日、王弟であるサラードル王子が息子を伴い王都に帰還する事となっていました。





 風は吹き荒ぶ。


 もう、そんな季節であったか.....。もう夏も終わりなのだな、ここでは......。そう、暗海にほど近い王都では風が良く吹く。そうであったな......。馬上の貴人は懐かしぶ。.......十年......、十年ぶりか........。まるで自嘲するかの様な笑みを口元に浮かべ、彼は遠くを見詰めた。王都はもう目の前であった。この山を下り、明日中には王都に入れる筈の予定であった。

 「父上!」

 少年とも少女ともつかぬ、それでいて生気の溢れる元気な声に呼びかけられ、彼はゆっくりと後ろを振り返った。幼いが、己に良く似た精悍さを伺わせる顔立ちを認め、父と呼ばれた貴人は口元をにやりと歪め、手振りのみで息子を呼び寄せた。少年は、小振りな馬に騎乗していたけれども、実に巧みに、まるで己の身体の一部の如く愛馬を操り、父の隣に並んだ。

 ジャスウィンドは十二歳。父譲りの琥珀色の瞳と、父よりも白っぽい金髪をしていた。少し縮れたその髪質は、故郷に残して来た母にそっくりだと良く言われる。

 ジャスウィンドの母は、ナパド族の王の一番下の妹であった。だが少年の父は、一族の人間では無い。ナパド族が加護を受けているロセアニア王国の人間であり、その国王の弟であった。それ故ジャスウィンドは、生まれ落ちた時から一族の中でも特別視される存在であったのだ。


 「見よ、あれが目指すが王都よ」

 父は物憂げに腕を上げ、遠くを指差す。

 「あの一際高いのが王城ですね?父上」

 「良い目をしているな、ジャスウィンド」

 そう言って父は口元を歪めて低く笑う。

 王都........、幼い頃より、ロセアニアの駐屯兵達の様々な話を聞いて育った少年の、憧れて止まない都であった。石の壁に守られた都.....、風の都......、雨の都......。ロセアニア兵達は皆、一様に王都の事をそのように言い表した。内陸にだって風は吹く.....、少年はよく不思議に思ったものだった。だが今、兵達が口にしていた意味を肌に感じた。.......風が違う..........。

 「これが沿岸の風だ」

 父は言った。しみじみとした口調であった。


 ピィーィィィッという啼き声と共に、曇り空を“王者”が飛来する。父子のちょうど上空を旋回したかと思うと、少年の差し出す篭手に被われた腕にその鋭い爪を掛け、数度の羽撃きの後に灰黒色の翼を閉じた。

 “友よ、何故あんな都へ行きたがる?”

 「気に入らないのか?」

 その羽で、一足先に王都をつぶさに目にして来たのであろう、王者ターロに少年は尋ねる。

 “人間と石が多すぎる”

 ターロは不機嫌に答えた。

 「我慢しろよ、付いて来るって言ったのはお前だぞ」

 “分かっている”

 そう答えると、ターロは少年の肩へと軽く飛び移った。

 「お前の友はご機嫌ななめか?」

 少年の父の言葉に、隼は一声啼いた。

 「別にそういうわけでもないそうです、父上」

 「そうか...」

 父は、やはり物憂げに口を歪めて低く笑った。

 この年の秋、王弟サラードルは、東の部族民の血を引く息子と、任期を終えた軍隊を伴って、王都へと帰還した。





 王都_______王城が良く望める高台の、貴族達が屋敷を構える地域のその一角に、新婚のファーリューラとオーヴィスは新居を与えられていた。こじんまりとした美しい屋敷は、アガダル王からの贈り物であった。ファーリューラが育った屋敷程の広さでは無かったものの、散歩には充分な広さの庭があった。そしてファーリューラとオーヴィスが甚く気に入った、小さな美しい池もあった。


 “ファーリューラ......

       ファーリューラ........”


 しっとりとした優しい声に呼ばれ、ファーリューラは池の中を覗き込んだ。池の表面がさざ波だっている。

 「こんにちは、水の貴婦人方」

 ファーリューラは、微笑み挨拶をする。


 “眠る者が目覚めそうだ、ファーリューラ....”


 「え?」

 意味が分からなかった。


 “大地の紳士方に尋ねてご覧なさい”

         “彼等の方が詳しい筈だから....”

 “気をお付けなさい、ファーリューラ”

         “気をお付けなさい、ファーリューラ”


 ファーリューラはふと不安になる。水の貴婦人達の言葉の意味は良く分からなかったにも拘らず.......。

 「眠っている者って、、大地の紳士方では無いの?」


 “違う、ファーリューラ.....”

            “目覚めさせてはいけない者だよ....”

 

 「目覚めさせてはいけない者......」


 “そう、この世界にあってはならない者”

         “大地の紳士方に尋ねてご覧なさい、ファーリューラ”


 (大地の紳士方か.....、彼等は起こすのが一苦労だわ.....、いつも眠っているから.....)

 ファーリューラは肩を竦めた。竦めながらも、ファーリューラは大地の紳士方_____土の精霊達_____を探しながら歩いた。

 (目覚めさせてはいけない者.....?何だろう......)

 ファーリューラは、少し不安な気持ちになりながら、幾度か大地の紳士方を呼んでみた。だが返事は無い。きっと地中深くでごろごろしているのだろう。大地の紳士方は、他の精霊達と違って酷く人見知りをするのだ。ファーリューラの前にも、気が向かないと出て来てはくれない。ファーリューラはもう一度肩を竦めた。


 誰かがすぐ近くで、くすくすくすっと笑った。いつもお茶目で悪戯好きな風の娘達だ。


 “蒼い瞳のあの人が帰って来たわ、ファーリューラ”

      “今、馬から飛び降りたわ、ファーリューラ”


 ファーリュラの顔が、ぱっと笑顔に変わった。両手で長いスカートの裾をたくし上げると、大急ぎで屋敷に戻ろうと駆け出した。風の娘達が皆、いつもの様にやんやと囃し立てながら付いて来た。屋敷から庭園へと石段を下りて来る黒髪の人影が見える。ファーリューラはその人物に向かって一目散に駆け、そして勢い良く抱き着いた。すらりとした長身の黒髪の青年は、爽やかな声で笑いながら愛する妻を抱きとめ、そしてその艶やかな唇に口付けを落とした。

 「お戻りなされませ。今日は早かったのね、旦那様」

 「ああ、貴女が恋しくて城を飛び出して来てしまったんだ、私の姫君」

 「まあ....」

 ファーリューラは夫の首に両腕を回したまま、嬉しそうに笑った。オーヴィスはそんな妻の表情に、幸せそうに目を細めると、今一度その唇を塞いだ。


 「一つ、良い話があるんだ、ファーリューラ」

 ファーリューラと腕を組んでゆっくりと歩きながらオーヴィスは言った。

 「良い話?」

 ファーリューラは琥珀色の瞳を輝かせ、優しく微笑む夫の顔を見上げた。

 「サラードル殿下が明日中には王都にお戻りになられるそうだ」

 「叔父上様が?」

 オーヴィスは頷いた。

 「ご予定よりも5日程早くお着きになられるそうだ」

 「まあ」

 父王の双子の弟であるサラードル王子に会ったのは、もう十年程も前の事であった。父が二人いると思ってしまった程に父に似ていた叔父は、ファーリューラの青味を帯びた銀色のこの髪を褒めてくれた。相変わらずお父様と同じ顔をしていらっしゃるかしら......。ファーリューラはそんな事を考え、くすりと小さく笑った。





 ファーリューラは今朝も庭を歩き回っていた。大地の精霊達を探してうろうろと歩き回った。水の精霊達の意味の分からぬ言葉を聞いてから、何やら心に引っかかり、大地の精霊達に詳しくを尋ねたくて探すのだが、精霊達の中でも特に気紛れな彼等は現れてはくれない。

 「眠る者が目覚めそうだ.....」

 ファーリューラは、あの時の水の精霊達の言葉を反芻してみた。

 眠る者.......。眠る者.......?

 ファーリューラは酷く嫌な気持ちになった。酷く恐ろしい....。

 空が酷く暗くなった。恐ろしい程の早さで暗雲が垂れ籠めた。

 おかしい.......。ファーリューラは咄嗟に思う。尋常ではない...!

 大地が大きく揺れたかと思うと、足元に亀裂が走った。一瞬にして足場を失い、ファーリューラは助けを求めて夫の名を絶叫した。



 強く抱き締められ、名を呼ばれている事に気付くまでにどれだけの時がかかったのか、ファーリューラには分からなかった。

 「私はここにいるよ、ファーリューラ!ファーリューラ!」

 夫の声が漸く耳に届く。自分が酷く震えている事に気付く。夫の背に血が滲む程に爪を立ててしがみついていた事にも気付く。

 「悪い夢を見たんだね?」

 「夢.....」

 オーヴィスに抱えられたまま、ファーリューラは大きく震える息をつく。

 「夢だったのね....」

 「夢だよ、ファーリューラ」

 暗闇の中、オーヴィスはファーリューラを安心させるかのように、額にそっと口付けを落とした。そして彼女が再び眠りに就くまで、オーヴィスは他愛も無い笑い話を語ってやった。

 つい先日もこんな事があった.......。オーヴィスは自分の腕の中で、再び静かな寝息を立て始めた妻の絹糸の様な髪を弄びながら考える。妻が神秘の能力ちからに恵まれている事を、彼は知っていた。神殿の巫女などには、夢で物事の予兆を見る者がいると聞いた事があった。

 「そんな物でなければ良いが.....」

 オーヴィスはぽつりと呟いた。



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