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2.ファーリューラ 5

 




  オーヴィス・エドワル・デ・ラ・エディンヴァル______名門エディンヴァル家の当主の弟、そして今の処、国家が認めるエディンヴァルの家督の一番目の承継者であった。

 東の地より呼び戻されて後、オーヴィスは、その剣の腕を買われて現王の守役を務めた。それ故、青年は国王の赴く処、何処へなりとも同行した。王の側仕え....、そんな名誉な職があろうか.....? エディンヴァル当主である彼の兄は喜び、彼の一族は喜び、そして彼自身、その名誉を喜んだ。そして......、そして青年は、王が毎週おとなう、美しくも愛らしい王女に心を奪われずにはいられなかったのである。そう、白銀のファーリューラに.....。そう......、少女の恋する瞳に出逢ってから、どうして彼が彼女に恋せずにいられたであろうか......?




  “ファーリューラが恋をしているわ”

        “ファーリューラが恋をしている”


 早朝の朝靄の中である。おしゃべりな風の娘達は、今朝もやはり目敏くファーリューラの姿を見付けて、からかいの言葉をかけて来た。


 “あの人のせいで眠れなかったのね?”

        “うふふっ、あの蒼い瞳の若者のせいだって......”


 「もう.....、皆、あっちへ行って! うるさいわ」


 “うふふふふっ.......”

        “ふふふっ.....”

 “ファーリューラ!”

        “ねえ、ファーリューラってば....”


 「何なの? からかうのは、もう止めて頂戴!


 “彼が来るわ!”

     “あの若者が来るわ!”


 「えっ!?」

 その時だった。木立の影から長身の黒髪の、そして蒼い瞳の年若い青年が現れたのは.....。

 姫......。青年の唇が動いたが、その声はファーリューラの耳にまでは届かなかった。一瞬の後に青年は微笑み、そして右手を胸に礼儀正しく頭を下げた。少女の胸は高鳴った。


 「随分お早いのね、オーヴィス卿」

 ファーリューラの澄ました口調を、彼女の耳元で風の娘達が囃し立てる。

 「姫君も、お早いのですね。もう冬将軍もそこまで訪れているというのに」

 青年の声は優しい。本当に武人もののふなのであろうか.....。ファーリューラは幾度か考えた。

 「でも、今朝は暖かいわ。それに日の神様がお出でになりそうな空模様だわ....」

 「そうですね」

 青年は、穏やかな笑顔のまま空を仰ぎ、ファーリューラに同意した。

 この青年が父王と共にこの館を訪れるのは、これで一体幾度目だろう....? ファーリューラは、ふと考える。もう両手の指の数ではとても足りぬ程である事だけは確かである。それなのに.....,こうしてこの青年と二人きりで言葉を交わすのは、これまで一体幾度あったであろう.....? 片手の指でも余ってしまう程の回数しか無かった。

 二人は何となく共に歩を進め、そしていつの間にか庭の端の、あの大木の元まで来てしまっていた。

 「ねえ、オーヴィス卿」

 「はい、姫」

 「貴方は、木登りが出来て?」

 ファーリューラが彼を振り返り、唐突に尋ねた。

 「はい、一応は」

 青年が神妙な面持ちで答えると、少女は実に嬉しそうな笑顔を見せた。

 「じゃあ、登りましょう!」

 そう言うや、姫君は大木へと駆け寄って飛びつき、するすると登って行った。途中、あっけに取られていたオーヴィスを呼び、後はそのままさっさと上へ行ってしまった。

 「大したものだな......」

 オーヴィスは独り言を呟くと、笑いつつ姫君を追って、あっという間に木の上の人となった。


 館は高台に建っていた。そして庭の端に立つその大木の上は、実に見晴らしが良い。

 「成程......、これは良い場所ですね。日が出れば王城までもが良く見えるのでしょうね、姫」 

 「ええ、そうなの。私は、ここからの眺めが好き」

 ファーリューラの琥珀色の瞳は、遠くにうっすらと浮かぶ、物々しい王城を見詰める。

 「お父様が恋しいときは、ここからお城を眺めるの...」

 そう口にしてから、ファーリューラははっとしたかの態で、一段下の枝に足場を固めていたオーヴィスを振り仰いだ。何かを恥じらうかの様な表情であった。

 「姫君?」

 どうされました?........オーヴィスの蒼い瞳が尋ねる。 

 「恥ずかしい.....。子供みたいな事言っちゃったわ.....」

 姫君は俯いた。

 「お父君を恋しく想われる事がですか?」

 ファーリューラは極り悪そうに、上目遣いにオーヴィスを見上げる。

 「笑わないのね.....」

 「まさか.....、お父上を恋しく想う事が、子供じみているとは私は思いませんが」

 青年の優しい表情に、ファーリューラは顔を上げる。

 「そう?」

 青年が頷くと、ファーリューラは何やら嬉しくなり微笑んだ。その時であった。雲間から太陽が姿を現した。夏も過ぎしこの時期には、珍しい事である。王城の向こう側から登った日の神は、城下の街並を照らして行く。贅沢な眺めだと、オーヴィスは思った。

 「この眺めを教えてくれたのは、シャドスなの」

 ファーリューラの腰掛ける枝よりも一段低い枝の上に立っていたオーヴィスは、それでも目線が彼女よりも高い位置にあった。そのオーヴィスを見上げてファーリューラは話す。

 「つまりは....、貴女に木登りの手解きを差し上げたのも我が兄という事ですか? 姫」

 「ええ、そうよ」

 オーヴィスは、くすっと笑い声を洩らした。

 「あ....、今のは秘密よ。誰にも言ってはダメよ、オーヴィス卿! シャドスとの約束なの」

 瞳を大きくして、慌てて言い添えるファーリューラが可愛らしくて、オーヴィスの顔一杯に笑みが広がる。

 「仰せのままに、姫君」

 少女の心に染み入る、優しい声音こわねであった。




 「久々の天気だな、シャドスよ」

 庭園の植え込みの間を歩きつつ、国王は空を見上げた。

 「まことに、陛下。ファーリューラ様も今頃は、大喜びで木の上の人となっておられるでしょう」

 王の共をするシャドスが、そんな事を言う。

 「やれやれ、何時までたっても於転婆者だな、あれは」

 王は苦笑する。

 「それにしても、朝の散歩は気持ちの良いものだな。成程、あれが好むのも分かる」

 そう言って王は立ち止まると、秋の朝の清々(すがすが)しく冷えた空気を胸一杯に吸い込んだ。

 「おや、姫君のおもどりです、陛下」

 向こうからやって来るファーリューラに逸早いちはやく気付いたシャドスは、彼女の後ろから歩んで来る青年に気付いて、もう一度、おや?..と、呟いた。王は二人の姿に、ただ興味深気な笑みを浮かべたのみであった。


 「お父様!今朝はお早いんですのね」

 父王の姿を見付けると、ファーリューラはまるで子犬の如く、嬉しそうに駆け寄った。

 「昨夜、ちと深酒をしたせいか、今朝は早くに目が覚めてしまってな、お前に倣って散歩をしておった」

 「まあ、お父様ったら」

 お酒の飲み過ぎは、お体に良く無いそうですわ...などと、小言を言う娘に、うむうむと笑顔で頷きつつ、その娘の細い肩を抱き寄せる。

 「オーヴィスよ、この転婆者の犠牲になっておったか? 木登りなど、付き合わされたのではないか?」

 王のからかいの言葉に、若いオーヴィスは何と答えたものか、絶句する。

 「何だ、図星か?」

 ファーリューラが、頬を赤らめると、王は楽し気な笑い声を上げた。

 「あ、その..、今朝もお父様はお寝坊なさると思って、それまでのつもりで守役殿をお借りしておりましたの。偶然お会いしたからですのよ、お父様」

 何やら、ファーリューラは言い訳じみる。良い良い、私もお前の守役を借りておったからな、....などと返しつつ、王は笑う。


 朗らかな気質のアガダル王は、昔から良く笑った。それ故昔は、《光の王子》とあだ名されていたという。それ故ファーリューラは、《光のファーリューラ》と名付けられたのだと信じていた。又、回りの者達もそう信じていた。そのファーリューラも、冬の始めには十七の歳を迎える。 


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