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2.ファーリューラ 2





 大急ぎで湯を使い、身なりを整えたファーリューラは、そわそわと玄関口をうろついていた。乳母が、念入りにくしけずった、まっすぐな白銀の髪が、帚星ほうきぼしの尾の如く、輝きながら少女の背で揺れている。

 「まだかしら....」

親指を噛みながら、落ち着き無く表を覗く少女の姿に、シャドスは目を細めて微笑した。

 「まあ、落ち着きなさいって姫、もう間も無くでしょうから、ほら」

そう言って彼は人差し指を立てながら、耳を澄ます様な仕草をしてみせた。自然ファーリューラも、小首を傾げる様にして耳を澄ます。馬のいななきが遠くに聞こえた。ファーリューラの初々しい顔がぱっとほころび、硝子の如き涼やかな声が、乳母の名を呼んだ。

 はいはい、ひい様ただ今....、そんな声と共に、乳母も慌てて奥から出て来ると、今一度少女の衣装を正し、見事な髪の編み込んだ部分に着けた飾りを確かめた。


 王は、一人しか従者を伴ってはいなかった。彼は娘をおとなう時、決して多くの従者を伴う事は無かったのだが、それにしても、今日は一人だけとは.......。余程腕のたつ武人もののふなのであろうか.......、シャドスは疑問に思うが、しかし、その付き従う従者の顔を定かに確認した時、彼は素直に納得した。


 「お父様!」

若々しい動作で馬を下りた金髪の父王の首に、少女はすかさず飛びついた。まだまだ父親の恋しい年頃なのであろう。傍観している者までをも嬉しくさせる様な、心からの笑顔で姫君は父王の首に縋り付いている。

 「今日も元気だな、愛し子よ」

王は艶のある声を上げて笑った。

 「わたくしはいつだって元気ですわ、お父様」

壮年の父の腕に、自らの細い腕を絡ませながら、ファーリューラは自慢げに答える。

「確かに、ひい様はお元気過ぎる程にお元気で在らせられますわ、陛下。今日だって______」

乳母の言葉は、少女のわざとらしい咳払いに遮られた。

 「ん?何だ?今日は何をしたのだ?ファーリューラ」

笑いながら王が尋ねる。

 「あら、大した事はしませんでしたわ、お父様、本当よ」

ファーリューラは、澄ました顔で取り繕おうとする。その様子が、何とも愛らしい。王は、笑いをたたえた瞳を、今にも吹き出しそうな顔の守役へと向けた。

 「まあ、確かに、大した事ではございませんよ、陛下。姫はただ、庭の端のあの大木の、天辺近くまで上がっていらしたというだけの事です。でもって、地上へ降りられる際、お召し物を派手に破かれたというだけの事です。ええ、それだけの事です」

 「んもうっ、シャドスっ!」

少女は、愛らしい唇を尖らせて、守役を責めた。王は楽しそうに笑い出す。

 「何と,何と!そのお転婆ぶりは一体誰に似たのであろうなぁ....。お前の母は、木に登る様な真似はした事がなかったしなぁ.....」

王が珍しくファーリューラの母の事を口にした。その琥珀の瞳は、ふと遠くへと馳せる。

 「私に似たというよりは.....」

サラードル様でございましょうねぇ....と、笑いを含んだ声で乳母が言う。

 「やはり、あの暴れん坊に似たか...」

 「叔父上様に?わたくしが?」

ファーリューラは、きょとんと目を丸くした。


 父の双子の弟、サラードル王子。ファーリューラは、その叔父とは一度しか面識が無かった。8年前とせまえ、前王であった祖父が身罷り、父が新王として立つ為の戴冠の儀の折の事。幼かったファーリューラは、心底驚いてしまった。父が2人いると思ってしまったのだ。それ程に、叔父は父に似ていた。背丈も、体型も、髪の色も、瞳の色も、声さえも......。

 叔父は、ファーリューラを見て、目を細めた。彼はかがんで、幼かったファーリューラと目線の高さを同じくすると、彼女の銀色の髪をそっと撫でた。

 「見事な髪だな、ファーリューラよ」

誰もが称える少女の髪を、その叔父も称えた。ファーリューラは、父と同じ顔をしたその叔父を、一遍に好きになった。



 「シャドスよ、今日はお前の弟を連れて来たぞ」

久々に会う弟の姿にとっくに気付いていたシャドスは、王の言葉に頭を下げて感謝の意を示した。

 シャドスの弟?あの、東の部族民達の、野蛮人達の地へ赴いていたという?ファーリューラが心の内で問いながら細首を巡らすと、少し離れた処に実直そうな青年が控えめに立っていた。突如、愛らしい少女の琥珀色の視線を浴びた青年は、礼儀正しく頭を下げた。あまり多くの人々に接する機会の無い少女は、新しく現れたこの父王の従者を興味深げに観察し始める。とても落ち着いた様子だが、シャドスよりも随分年若としわかに見える。兄と同じ黒髪を、兄よりも短く刈っていた。瞳は兄の黒い双眸とは違って蒼かった。そう、ちょうど日の神がその姿を現した、夏の空の色だ......。後に少女に、そんな感想を述べさせる蒼であった。


 「確かに似ているわね。でもシャドス、貴方の弟御は、随分お若く見えるわ」

ファーリューラは、つんと澄まして感想を述べた。

 「仰せの通りです、姫。弟は、私よりも10も年若としわかですからね」

あらっ、という事は.....などど、ぶつぶつ呟きながらファーリューラはざっと計算してみる。

 「じゃあ、19ね?わたくしより3つ年嵩なだけなのね?」

 「はい,姫」

弟の代わりに、シャドスが笑顔で頷く。

 「名はオーヴィスと申します,姫」

オーヴィス....。少女は、その名を口の中で転がした。まるで彼の瞳の如き蒼い宝石を連想させる様な名であった。青年は跪き、胸に手を充て、こうべを垂れる。

 「お目通り適い光栄です、銀の姫君」

それは、貴婦人に対する最高の礼であった。

ファーリューラは父の腕を離れ、その青年の前に立つと、顎をつんと聳やかしながら片手を差し出した。 

 「接吻を許すわ」

オーヴィスが顔を上げ、ファーリューラの瞳を見上げた。彼は微かな微笑みを口元に上せ、少女の華奢な手を恭しく取ると、そっと口付けを落とした。





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