■ 後 編
ランチの後は駅前を目的もなくただブラブラしたり、デパートをひやかしたり
のんびりした休日を満喫していたふたり。
そんな要所要所で必ず誰かに会った。
『あ!アイバ先生。』 と何度声を掛けられただろう。
最初はその度につなぐ手を慌てて離したりしたが、仕舞にはどうでも良くなって
堂々と手をつなぎ街を歩いていた。
『まだお腹は空かないけど・・・ 夕飯どうしましょうかね?』
リョウが右隣のマドカへ目を向けると、少し考え込みパっと明るい表情を
向ける。
『外食ばっかじゃナンだからさ・・・
商店街でお惣菜かって、家でゆっくり食べようよ!』
リョウの単身アパートはガスコンロは付いているものの、一口タイプで台所も
驚くほど狭くて料理が出来るようなそれでは無かった。
もう少しまともなキッチンだったなら、手料理を振る舞いたいし振舞われたいし
というふたりの思いは残念ながらアレでは到底無理で。
その代り、お惣菜を入手する近所の商店街は、小さいけれど賑やかで活気が
あった。 ふたりで夕暮れの商店街をお買い物バッグを提げて、手をつないで
買い物する。
メンチカツやら煮物やら焼き魚やら、なんでも揃うその商店街。
まるで新婚さんのように寄り添って愉しそうに買い物をしていると、
『あら、先生! 例の噂のカノジョ・・・ キレイじゃないの~!』
生徒の親にまでスクープは伝わっているようで、困った顔でふたり、
照れ笑いの連続だった。
リョウ達の帰宅の気配に、インコのマドカがギャーギャー騒ぐ。
羽音をバタバタと立てて、鳥カゴ中を落ち着きなく暴れ回る。
『ただいま、マドカー・・・』
リョウが声を掛けると、煩いインコのマドカはピタっと止まり従順になる。
しかしマドカが続いて、『マドカ~ 元気っ?!』 と声をかけると、
『ウッセーバカ』 『ウッセーバカ』 『マドカ』 『ウッセーバカ』
チッ。 マドカが舌打ちをした。 人間のマドカが、インコのマドカへ舌打ち。
『ウチのマドカが、なんかスイマセン・・・。』
リョウがインコのマドカをかばうと、『なんか、おもしろくないわ。』
人間のマドカがあからさまにふくれっ面をした。
『つかさ・・・
あたしはいまだに ”さん付け ”なのに、
なんでアッチだけ呼び捨てな訳っ?!
それにさー・・・
なんか、なんつーか・・・ ムカつく!馬鹿マドカめっ・・・。』
子供みたいなヤキモチを妬くマドカに、リョウは『まぁまぁ』 といなし
クククと笑った。
リョウの狭い部屋の小さな座卓テーブルに買ってきた惣菜を並べ、
和やかにふたりきりで晩ごはんを食べる。
ふと、リョウがマドカの話を思い出し、なんとなく口に出した。
『さっきちょっと言ってましたけど・・・
マドカさんのお母さんって、どんな人なんですか~?』
すると、マドカはぷっと笑った。
(超怖いって言ったから気にしてんのかな? リョウ・・・。)
『えーぇとね・・・
すごい太っててー、見た目アメリカのお母さんみたい。
幼稚園の先生をずっとやってるんだわ。
フツウ、子供にはやさしくすんじゃん?怒るときは怒ったとしてもさ・・・
でもね、
うちのお母さん、基本すごい怖いし子供相手にもズケズケ物言うの。』
『あー・・・ やっぱりマドカさんは・・・』 言い掛けてマドカに睨まれた。
ペコリと謝罪の形を表す。
『でもさ、
裏表とかないし、子供も大人もカンケーなく基本同じ感じだから
なんか知らないけど子供に好かれるんだよねー
オトナになってから、会いたいって言って
連絡くれる元園児とかもいるんだよ!
あたしだったら、あんな怖い先生ぜったいヤだけどねぇ・・・。』
リョウは増々マドカの母親が気になっていた。
きっとマドカの20年後の姿がそこにあるのだろう。
早く会ってみたいものだとちょっと俯いて、緩む口許を手で隠した。
食事の後はのんびりソファーに並んで腰掛け、テレビを見ていたふたり。
満腹で満足ではしゃぎ疲れ、マドカはリョウの肩にもたれてウトウト
まどろんでいた。
『マドカさん? 疲れ取れないからちゃんとベッドで寝てください。』
マドカをベッドへ促すと、リョウはソファーに自分用の毛布を準備した。
『少しの間こっち見ないでよ!』 そう言うと、陰に隠れてマドカはもぞもぞと
持参したパジャマに着替え、いそいそとリョウのベッドに潜り込む。
リョウはソファーに腰掛けたまま、リモコンでテレビのチャンネルをせわしなく
替えていた。 なんだか落ち着かなくて、マドカの方を見られない。
マドカもベッドに入った途端に何故か目が覚めてしまった。
かすかにリョウのにおいがする毛布に、急激に照れくさくなってしまって
落ち着かない。
どこかきまり悪そうに寝返りを繰り返し仰向けになったりうつ伏せになったり。
そして、小さくぽつり呟いた。
『ねぇ、リョウ・・・ ソファーで寝るのカラダ痛くなんない・・・?』
『ぇ、あ・・・ いや、大丈夫ですよ・・・。』 歯切れ悪く返したリョウに、
『ベッドとっちゃって悪いね・・・。』 マドカが少し離れた距離から言った。
『そんなの大丈夫だから気にしな・・・』
言い掛けたリョウへ、
『詰めれば、ふたりでもダイジョーブなんじゃない・・・?』
枕に赤い顔をうずめてそう呟くマドカの照れくさそうな声は、
くぐもって不鮮明で聞き間違いかと思うほどで。
リョウが目を見開き、定規を当てたような美しい90度の姿勢のまま
ソファーで固まった。
『・・・・・・・・・・・・・・そ、そうですね。』
シングルベッドにリョウとマドカ、ふたり。
赤い顔をしてマドカがリョウにぎゅうっと抱き付いている。
まるでたまごを温める親鳥のように、リョウはマドカをやわらかく
包み込んでいた。
マドカの華奢な体は熱でもあるのかと思うほど熱くて、でもそんな自分も
負けじと熱いと気付く。
細くて小さい体を抱きすくめながら、ふとリョウは思った。
(マドカさんも、
お母さんみたいに20年後はふっくらするのかな・・・?)
その時、リョウの脳裏にある記憶が甦った。
『僕・・・ 今、急に思い出したんですけど・・・。』
『ん?』 リョウの胸にうずめていた顔を上げるマドカ。 ほんのり頬が赤い。
『僕の初恋・・・ 幼稚園の先生だったなぁ・・・。』
マドカが可笑しそうに頬を緩める。
『えー・・・ そうなんだ?
ねぇねぇ、どんな先生だったの・・・? キレイ?やさしい??』
目を細めて、更に記憶を呼び起こすリョウ。
『いや・・・ なんかその先生も怖い先生だったなぁ・・・
名前とか忘れちゃったけど、ハッキリなんでも言う先生で・・・
僕、こどもの頃の口癖が ”なんで? ”だったんですけど、
こどもがなんで?なんで?って訊いたら、
普通、大人はそれに答えようとするじゃないですか・・・
それが、その先生・・・ 僕が相当うるさかったみたいで、
”リョウ君、シャラップ!! ”
って、手を突き出してそれ以上しゃべらせないんですよ。』
ケラケラ思い出して笑いながらリョウが続ける。
『こどもだからなんにも考えずに、その先生に、僕・・・
”オトナになったらボクのお嫁さんになりませんか? ”
って言ったんです。
そしたら、その先生・・・
”先生はもうお嫁さんだからムリ ” って、アッサリ断って
”でも先生の娘もおんなじような感じだから、娘にしときなさい ”って。
ほんと、面白い先生だったなぁ~・・・』
ひとり思い出に盛り上がり、ふとマドカの無言の気配に小首を傾げ
目を向けるリョウ。
すると、マドカがなんとも言い難い表情を向けている。
『ん・・・? どうかしましたか・・・?』
『ねぇ、リョウ・・・
・・・アンタ、どこの幼稚園だったの・・・?』
『ぇ? 知ってますかね~?
わかば幼稚園っていうトコです。 3丁目、の。』
マドカがますます怪訝な顔をして口をつぐむ。
そして、『その先生ってさ・・・ 名前覚えてないの・・・?』
眉根をひそめ少し考え込んで、リョウは言った。
『ミキ先生? ・・・だったかなぁ・・・
・・・苗字は忘れちゃいましたけど・・・。』
その瞬間、マドカが目を見開いた。
そして勢いよくガバっとベッドから起き上がると、叫んだ。
『それ、うちのお母さんじゃんっ!!!!!!!!!』
ズケズケとハッキリ物を言い、口癖は ”シャラップ! ”、わかば幼稚園勤務で
名前はワタセ ミキ・・・
そして、幼いリョウのプロポーズに返事したその言葉。
”先生の娘もおんなじような感じだから、娘にしときなさい ”
あの母ミキが言いそうな事だった。
ふたり、一気に目が覚めた。
それと同時に、色っぽい空気も一瞬で吹き飛んだ。
そして顔を見合わせて、ゲラゲラ笑った。
いつまでもいつまでも、ふたりで肩を震わせ笑っていた。
『早く挨拶に行かなきゃダメですね・・・。』
リョウがやさしく呟いた。
そんなリョウの胸に抱き付いて、マドカは照れくさそうにコクリと頷いた。
【おわり】