発症
自分の生まれる少し前。まだお母さんのお腹に入る頃。
大きな地震と火山の噴火、台風の脅威と日本にとてつもない大変な時期が訪れた。
海外からの支援や国民同士の助け合いが前より増えて、今まで住んでいた土地から他へ移住する人が増えた。
自分の家族もその中の一つ。まだお腹の中に自分はいた。
父と母はこれを機にと都会の方に引っ越した。
そして越してすぐに出産した。
そして修自と名付けられた。
産まれてから大変だった。
父親譲りの喘息とアトピーに悩めされた。
夜寝れば布団は血だらけ、季節の変わり目と冬の訪れで体調を壊し、ドスのきいた咳を子供ながらにしていた。
小学生の頃も病院通い。低学年の頃は親と一緒に行っていたが、高学年からは一人で電車。待合所に何時間も待たされる。先生と話すのは10分くらい。予約も取らなくなりいつの間にか行かなくなっていた。
そんなこんなで、たまに肌が悪くなるときは皮膚科に通っていた。
そして、大学にも入り体は大人になっていた。
久しぶりに肌荒れが見え始めた。
痒みが伴わなくて、いつの間にか肌が赤くなる。多分乾いてるか、ストレスだろう。家の近くにある以前お世話になった皮膚科に行ってみた。
案の定予約を取らないので三時間待ち、ケータイゲームをしながら時間を潰した。そして久しぶりに先生の顔を見た。
「久しぶりだね修自くん」
「久しぶりです。なんか全然顔見せなくてすみません」
「いいんだよ、前はよくなってたからね。でもなんか辛そうだね」
先生は手を伸ばした。顔の頬の赤みを確かめるため触ってきた。
嫌がることなく、診てもらう。
「うーん、なんだろうね。乾燥でもなさそうだね。痒みは?」
「顔にはないんですよね。身体は少しだけ」
腕を見せるとアトピーの症状が確認できた。
「そうだね、前より少し弱い薬を出しとくから」
一応他の部分も先生は隈なく診てくれた。
薬局にいって薬をもらい帰った。
家に帰ったら両親が二人揃ってご飯を食べていた。
「ただいま」
「修自、肌大丈夫か?」
父がコロッケを頬張りながら聞いてきた。
「まあ、なんとか、先生から薬ももらってきたし」
「しゅーちゃん、なんか食べちゃいけないものとかあったら言ってね!」
母も優しい言葉をかけてくれた。
「来週さ、血液検査するって先生言ってたからわかったら教えるよ」
「わかった!じゃあご飯をチンしちゃいなさい!食べましょー」
そういって何も変わらず1日を終えた。
次の日の朝。
昨晩は塗り薬をしっかり塗り、飲み薬も飲んだ。
顔の色を伺おうと洗面台に向かった。
鏡に映った自分は昨日より赤くなっていた。身体も蕁麻疹みたいに赤い斑点が出てきている。
母親が朝ごはんの支度をしてくれている台所にいく。
「母さん、ちょっとやばいかも」
「どうしたの!」
朝ご飯の支度を止めて、近くに来て腕や首元を伺う。
「ちょっとひどいわね。また病院行って来なさい」
大学を休み、午後からの検診に行くことにした。
初夏のころなのに、長袖長ズボンで皮膚科に行く。あんまり見られたくないという気持ちから暑さを我慢する。
皮膚科に着いて、診察券をだし2時間待つ。
「あれ、またどうしたの?」
という言葉もなく、先生は驚いた様子だった。すぐに上を脱いでと言われ、脱ぐと身体中に赤い斑点が現れていた。
「これ、なんだろうね。ちょっと大きな病院がいいかも。紹介状かくから行って来なさい」
そういって大学病院へ紹介状を書いてくれた。日取りは予定もあって一週間後となった。
やはり大学を休むわけにも行かず、長袖長ズボンで通学する。
電車の中も普段より目線を感じる。まずこの暑さでのこの格好は誰が見ても異様な光景。そして首上から見て取れる赤い顔。目線は感じるも誰も目は合わない。なんだかもどかしい気分になる。
そして早く電車から降りたいという気持ちは強くなり、涼しく居心地はいいけど、こんなに注目されたくない。
大学の最寄駅に着くと素早く飛び出した。でもよくよく考えると大学も安心できるところではなかった。
二限から講義で、講義室では隅っこの方に座る。なるたけ後ろ。それとクーラーのよく当たる席に。
なんとか心休まった。電車よりかはマシかもしれない。周りも寝てるか、真面目に聞いてるやつ数人て感じだ。長い長い講義がおわり、お昼時間。いつも絡んでるやつがここに探しに来る前にー。
「よ!修自!」
見つかってしまった。
「おお、」
「大丈夫か、お前?」
「身体はなんともないんだけどね、肌が赤くなっちゃって」
「本当に大丈夫かよ」
「もともとアトピー持ちでさ、この時期なるとたまーに出ちゃうんだ。こんなのにひどくなったのは初めてだけどね」
「そうか、じゃあ飯行こうぜ」
「おう」
そいつと他の友達つれて四人で学食に行く。
ラーメンとかチャーハン、唐揚げ定食といった男飯もたくさんあるが、こんな状態だから脂っこいものは体に良くない。
掛け蕎麦大盛りで我慢。夏だからこっちの方がさっぱりして美味いかもしれない。
「俺唐揚げ定食!」
「じゃあラーメン!味噌で!」
「チャーハンと餃子で」
「掛け蕎麦大盛りで」
他の三人が少し驚いた様子。
「どうした?和風に攻めるな」
「ちょっと胃もたれでね、夏はさっぱりそばっしょ!」
肌の赤みは治ることもなければ、みんなも触れることなくいつも通りな会話を楽しめた。
でもやはり視線がたまに赤いところに行く。
日々状態は悪くなっていった。薬を塗っても赤みは引かない。痒くもなく乾燥もしていない。いつもと違う。その代わりと言ってはなんだが皮膚が硬くなり、身体も少し大きくなった気がする。ここのところ脂っこいものや太りそうなものはほとんど摂取していない。それなのに腕や足が太くなった。服も少しきつい。
大学の友達も心配そうにしてくれている。
そんなこんなで大学病院へ行く日になった。
格好も帽子を深くかぶり、長袖長ズボン。ちょっとした不審者になっていた。病院での待ち時間が苦痛だった。
やっと診察室に呼ばれ、立ち上がり、歩いて向かう。幾分か身体が重くなった気がする。
「失礼します」
「はーい、はじめ...」
やはりこの容態に驚いたようだった。
「これはどうしたの?」
「一週間前から始まって今はこんなことになってしまって。最初は肌が赤かっただけなんですけど、最近は身体がゴツゴツして重くなってきたんですよね」
「取り敢えず肌の様子を見させてもらうから脱いで見て」
少し窮屈な服を脱いで先生に身体を見せる。
「赤いだけだね。アトピー持ちとは聞いていたけど何か違うね。血液検査してみようか。アレルギー反応があるかもしれないから」
急に採血を行うのとになった。
二の腕をゴム紐で縛って腕の内側を叩く。でも赤いせいで血管のあるところもわからない。そして腕を触った看護婦が何かに気づいた。
「ちょっと皮膚が硬いですね。もし血管の場所がわかっても危ないかもしれません」
そう言って採血は中止。
その日はそうして終わって帰った。一旦外科を受診しなさいとのことだったのでまた暫くしていくことに。
帰りは電車に乗るのが億劫になって、タクシーで帰った。高くついてしまったけど電車で帰るよりマシだった。
そしてこの身体になって外にはでなくなった。部屋からも出たくなかった。親にさえこの姿は見せたくなかった。
「しゅーちゃん、ここにご飯置いておくね」
母さんが部屋の前にご飯を置いてくれる。
「ありがとう」
と元気のない声で返してしまう。ただでさえ心配してるのに元気のない声を聞かせるとさらに心配させてしまう。そんなことわかっているが、自分自身元気が出ない。
毎日パソコンと向かう日々。好きな番組の動画とかみるけど、容姿端麗な人たちを見ていると悲しくなってくる。
なんでこんなことになってしまったのか。何か悪いことをしたわけでもないのにと自問自答の日々。
そんなある時、質問投稿サイトに自分の病状を載せてみた。そこは医療問答専用サイトだった。
数分後。返答が書き込まれていた。
「それ、もしかしたら赤鬼症かもしれない。その症状はここの病院だと治せるかもしれないから見てみて下さい!」
と言って貼られたURLをクリック。
そこにはとある田舎の診療所兼リハビリセンターのサイトだった。
サイト内をくまなく見てみても田舎の診療所って感じで自身の病状を治せるような気がしない。
問い合わせ欄をみて、試しに病状を書き込んだメールを送ってみた。
返信はすぐだった。
「メールありがとうございます。それは赤鬼症かもしれないです。どうしてここのことを知ったのかな?」
「さっき質問投稿サイトに投稿したらここを教えられて」
「あー。なるほど。なら来てみるといいよ。私なら赤鬼症を治せるかもしれないから」
「あの、赤鬼症ってどういうことですか?」
「それをメールで説明するのは結構手間がかかるからこちらに来れたら説明するよ」
ということでメールを終えた。
少し怪しい感じもした。でもサイトも至って普通だし、メールも「赤鬼症」という言葉以外は普通な感じ。でも意外とこういうのが危なかったりする。
久しぶりに部屋を出て母さんとあった。母さんは少し驚いていたが、喜びの方が大きかったらしい。
「どうしたの?」
「ちょっと相談があって」
そういってさっきのサイトについて相談してみた。
「もし、本当ならちゃんと治したいんだ。電話して一緒に確かめてほしい」
「わかった。一回そのサイト見せて」
パソコンを持って行き、そのサイトを見せる。母さんも自分と同じような印象を抱いた。
早速、電話をしてみた。最初は自分が電話をかけて、その後母さんに代わってもらう手筈。
「はい、勝沼診療所所長の勝沼です」
「あ、初めまして!久保田修自と申します。先ほどメールのやり取りをして電話をしました」
「あー、ありがとうね。市外局番からだと東京の住まいなのかな?」
「そうですね!あと僕の、この病状は赤鬼症って言うんですか?」
「メールでの話を聞いていると赤鬼症が可能性高いかな」
「失礼を承知で申し上げますが、そんな名前の症状聞いたことないんですが」
先生はいきなり笑い出した。
「ごめんごめん。そうだよね。そんな馬鹿げた名前あるわけないよね。でもどうだい。君の症状は今まで見てもらった医者じゃ分からなかっただろう?」
「はい...」
「それに君自身、いや修自君自身そんな症状見たことないだろう?」
「はい」
「その症状についても修自君自身が知っていなくてはいけないこともあるから。時間があれば来て見なさい。あと今親御さんはいるかな?」
「はい。母が」
「じゃあ代わっていただけるかな?」
母さんに目で合図を送り子機を渡す。
「はい、もしもし、初めまして」
そういって電話の向こうの先生と話し始めた。自分より長く電話で話していた。段々母の目には涙が溜まってきていた。そんな大変なことなのかと自身の身体を改めて見て心配した。
そして子機を渡された。
「もしもし」
「ああ、修自君?今週こっちに一人で来て見なさい。お母さんにもその内容は伝えた。お父さんにも説得してくれると言ってくれたし。もう大学生なんだから一人で青春18切符使ってくるのも楽しいぞ」
「あ、でもどんなところなんですか先生の診療所は?」
「こっちは修自君みたいな人たちを治療する極秘施設だ。表向きは地元の人たちも普通に診断する診療所だけど、君らみたいな人を治すこともやっている。地元の人たちも国から説得されて今じゃ至って普通に暮らしている。修自君の今の姿をみてもなんとも思わない。逆に都会から若者が来たと大喜びするよ」
しばらく電話で話して一応行く約束をした。
あとは父さんの説得ぐらいである。
夜。仕事を終えて帰ってきた父さん。夕食の時間に家族三人でその話題を話し合った。
やはり最初は怪しいと言っていたがサイトを見せて、母さんが先生と話した内容を打ち明け父さんを悩ませた。診療所の場所は田舎風景が綺麗な雰囲気。一応大きな街もそんなに遠くない。怪しげな感じもない。
「わかった。明日青春18切符買ってきてやる」
といって生徒証を父さんに渡した。
明後日、出発することを決めた。
大学には母さんから事情を伝えてくれた。
1日はかからなかったが、一応2日分ほどの服の用意をした。
そして、出発当日。
人目を避けるため始発電車に乗る。いつもよりずっと早く起きて、支度をする。母親に車で駅まで送ってもらう。なんだか自分の知らない街にきたみたいだ。
駅に着いた。母も一緒に改札まで来てくれた。大きな体に大きなリュックを背負い、改札で立ち止まる。
「気をつけて行ってくるのよ」
「わかった」
そして僕はちょっとした人生初の冒険をしてみた。
朝はほんのりと明るく、冷たい。駅にいるのも自分と数人。なんだか仲間意識。自分と同じ匂いがする。それぞれの目的地にこの時間から行くんだと。大変な一日だろう。
電車がきた。正面はライトが付いて明るかった。
目の前を流れる車両には人の影がたまに伺えた。
自分の乗る車両は空っぽだった。
寂しいようでもあるが、満足気な笑みもこぼれた。流れていく街並みがまた違う風景に見える。人が乗ってくるまで、子供のように窓を向いて景色を見ていた。
乗り換え表はスマホに入っている。都心の電車は殆ど人が乗ることなく、他人の視線を心配する必要が少なかった。
大きな建物と灰色の街。難しいパズルのように敷き詰められた街はだんだんとゆとりが出来て緑が入ってくる。午前中には東京を離れて緑の木々が多くなっていた。ちょうど腹も減ってきたので母さんからもらった弁当を開く。中にはおにぎり二つとハート型の目玉焼き。誰もいなくてよかったと安心した。長閑な町風景を見ながら一人の朝ごはん。
おにぎりの中身は梅と昆布。何が入っているのかドキドキしながら食べられるおにぎりは日本の食文化としてとっても素敵だと思う。でもどのおにぎりも人の手作りだと想いが入っているのは共通かもしれない。
そんな母さんの想いを感じながら車窓を眺めていた。木々や背の高い植物が多くなり、川や池、起伏のある山などが多くなってきた。それと木造の家とかも。たまに廃屋になった煤けた家もあったり。
いつの間にか自分の姿なんて忘れてのんびりしていた。久しぶりにこんな気持ちに戻れた。
人が少なかったので車両の窓を少し開けてみた。涼しい風と緑の匂いが隙間なく入ってきた。冷房を入れる必要もないくらい涼しい。風を感じながらこの時間を楽しんだ。
時間的に一番照りつけが強い時間帯に目的地の駅に着いた。コンクリートで出来た簡単なホームと陸橋。改札はなく無人駅。改札らしき木のフェンスは古くなった木の屋根が守っている。
スマホのマップ機能で診療所までの生きた方を調べる。あと15分で駅にバスが来て勝沼診療所前の駅に連れて行ってくれる。
自販機でサイダーを買ってみしみし言うベンチに座る。甘いサイダーのしゅわしゅわが喉を通る。鼻に抜けるこの匂いが結構好き。しかもこう言った強い日差しで暑い日に飲むと格別にサイダーは上手くなる。
ゴミ箱を探してウロウロしているとバスがきた。空き缶を持ったままバスに乗る。
「あの、勝沼診療所前まではいくらでしょうか?」
「あー、170円だよ。君、遠くから来たのかい?」
「はい、東京から」
「おお、そうかい。その姿を見ると勝沼先生のお世話になること間違いなしだね。いい人だからちゃんと診てもらうといいよ」
「ありがとうございます」
「疲れてるだろう。着いたら放送で起こしてやるから寝てろ」
そういってバスのおっちゃんは少し笑った。
駅からくるお客は他にいなく、降りる客もいなかった。駅の周りには静かなお店が広がり人がいるのかはわからなかった。駅前のちょっとした商店街を抜け、民家群も抜けると農家の家が多く、大きな瓦屋根ばかり。二三軒に一軒は犬がいる。番犬ってやつだ。初めて見たかも。
座った席の左窓にひまわり畑が広がった。元気の出る黄色いひまわりがみんなこっちを向いている。出迎えてくれているのかそれとも品定めしているのか。
疲れていると思ったけど、中々寝ることもできず、虚ろになりながら外を見ていた。そしてなんだか気持ちよくなってきた。もうしっかり寝れるような感じだった。
そんなところで到着。おっちゃんの気さくな声で起こされた。
急いでバスを降りて礼を言った。
「頑張って治すんだぞ」
「はい!」
バスに手を振った。
降りた目の前に少し綺麗で大きな勝沼診療所はあった。その周りを見渡すと周りは田んぼや畑にその農家さんの大きな家が広がっていた。勝沼診療所隣には下宿みたいなものも隣接してある。駐車場を横切って診療所に向かう。
入り口は建物の角っこ。ぼかし付きの自動ドアが開く。入ってすぐ綺麗な受付と受付から左手奥に伸びる待合室。右手には診察室が並んでいたりする。床はフローリングで壁も白を基調としている。入ってすぐに受付があり呼び鈴を鳴らす。
「はーい!ちょっと待っててね!」
受付の奥の方から若い女の人の声が聞こえてきた。受付内は色々な資料で雑多になっているのがうかがえる。
「こんにちはー。あ、君は、修自君かな?」
「はい!そうです。なんでわかったんですか?」
「先生が赤鬼症の子が来るって言ってたからさ!一発だよ!じゃあ保険証貸してもらっていい?あと問診票書いといてね!」
保険証を渡し、問診票を受け取る。受付の左手にある待合所で記入。
その間に看護婦さんは裏に下がっている。
書き終わると同時に看護婦が現れた。
「ありがとう!保険証お返しです。名前呼んだらあそこの診察室に入ってね!」
「わかりました」
ソファーが窓に沿って並び、またその奥に大きな広間になっていてソファーが6つ並んでいる。窓側のソファに座って待つ。1分もしないうちに呼ばれた。
「久保田さーん」
「はーい」
診察室は受付から右手、すぐ隣にある
「失礼します」
「おーよくきた。長旅お疲れ様会」
「ありがとうございます」
「じゃあ診ていこうか。今の姿に完全になったのはいつ頃かな?」
「4日くらい前ですかね。徐々にだったんでしっかりはわからないですが...」
「4日前か。赤くなってきたのは?」
「一週間と3日くらい前に。痒みもなく突然」
「ちょっと服脱いでみようか」
いつもの通り上半身を脱ぐ。それでも先生はなんの表情変わらず観察している。
「大分進んでるね。あともうすぐで赤鬼になる手前だったよ」
「え?」
「あと二三日で完全に赤鬼だった。戻ることがなかったよ。まだ足の方は完全に赤くなってないからね」
自らの足を見てみると確かにまだ肌色のところが残っている。
「今日はどこに泊まるのかい?」
「駅前の民宿に」
「中村さんのところかな?」
「たしか民宿中村って」
「中村さんはいい人だから。夫婦で民宿を切り盛りしてて、旦那さんは新聞配達や畑仕事、山菜採りなんかしてるよ。女将さんが主に宿を見ている。あそこの女将さんの飯がうまくてね。ぜひご馳走になるといい」
先生はカルテにペンを走らせている。ちょくちょくこちらを見ながら。
「じゃあ。そんな修自君のために、この症状についてや発症、歴史なんか教えていこう。保坂さーん、ホワイトボード持ってきて」
さっきの看護婦が顔をひょっこり出して敬礼のポーズと共にまたどこかに行っていった。
「それでは。赤鬼症のことについて勉強していこう」
という言葉とともにナイスタイミングでホワイトボードと三色のマジックを持ってきた保坂さん。ホワイトボードの隣でにこやかにしている。
「それでは。紹介していこう」
赤鬼症は簡単に言うと過度なストレスやアトピー、突然変異で発症する現代病である。治療なしに放置しておくと体は大きくなり、皮膚は固く、力も強くなる。皮膚は赤く染まり頭からツノが生える。人間社会ではとてもじゃないけど暮らしていける保証がない。
自我は消えることはなく、そのストレスで自殺する者も少なくない。
この赤鬼症を含め、こういった症状はいろんな種類がありこれら全てを「妖怪症候群」と呼ぶ新たな病である。
定義としては、最終的に人間社会には馴染めない症状。身体の不本意な変異である。まだまだ知られていない病もあるが今では把握している妖怪症候群は数多い。治療法も進められて専門医も密やかに増えている。
いかんせん、発症者もその数を増やしている。新現代病とでもいうのがいいかもしれない。
だが、国はこの妖怪症候群については閉口している。秘密会議の結果こうした判断が下った。
診療所や病院はまだまだ増やすことが許されない状況で専門医たちはどぎまぎしている。専門病院などを増やしたいけれどもまだ機密事項なのでなかなか思うようにできていないのが現状。
ということもあって妖怪症候群の専門医はこういった田舎でひっそりと開業している。
「これが今の現状だが、これでも増えた方ではあるんだけど。患者も増えているし、先ず患者自体がこういう専門医がいることを知らないし、知らすことができないのがもどかしいところではある。修自君みたいに少しでもSOS信号をだしてくれるとこちらも何とかして助けたくなる」
そしてまだ話は続く。
この妖怪症候群の始まりだが、約20年前になる。
関東平野での大地震や、台風、火山の噴火と日本が滅ぶとまで言われた年があった。
そこが恐らく起点だと言われていて、それ以降数年してから突然変異の症状や、異常現象などがおこる人間が出てきた。テレビなんかは全て規制がかかり、この異常症状について言及はせず、ネットや雑誌で囃し立てられたがなんらかの圧力で端と消えてしまった。
それから国はこの異常症状の研究に当たった。
原因はストレスと日本の気象や磁場が変わり人間になんらかの変異をもたらすということで落ち着いた。
研究員達はある被験者の協力のもと研究が進められた。というのもとある研究員がこの異常症状に悩まされていた。被験者自身研究員なので色々な実験や経過を自身の言葉で残してくれた。血液検査、運動能力、知能テスト、その他諸々。
少しずつ、何かしらの情報は得られるが核心となる治すことにまだ置き換えられない状況だった。
そんな時、その被験者は自殺をした。突然のことで研究員達は驚きを隠せず大切な仲間を失ったことに悲しんだ。遺書が残され、こんなことが書かれていた。「自身への研究や実験は苦ではなかった。ただこの姿と光の見えない憤りに耐えられなかった。是非俺の体を使ってくれ」
研究員はなんとも言えない感情を抱いた。協力的で優しかった被験者兼同僚への死に、泣きたくなる人間の気持ちとやっと自由にいじれる被験体が目の前にあるという研究意識の狭間に立たされた。すぐに冷凍保存をして、会議が開かれた。結果、先にちゃんと供養するために葬儀を行った。親族には適当な理由をいい、火葬の時は死体をうまい具合に取り替えた。
そして研究員達は解剖の前に被験者に対して手を合わせた。そして、感謝の意を込めた。この同僚のお陰で今、妖怪症候群に苦しむ人たちは助かっているかもしれない。
だが、それから数ヶ月後。新たな種の異常症状が見つかった。姿が変わる症状だけとばかり思っていたが違った。新たにというか発見しにくい症状だった。
能力型妖怪症候群。
雪女症や幽体離脱症、貧乏症など。見た目には分からず、無意識に第三者に影響を与えてしまうもの。
何かしらのストレスを与えると発症することが多い。
この妖怪症候群には二種あり、変態型と能力型。治療法も能力型は完全なるものはなく、精神的安定に促す療法になっている。
「という歴史がある。でも何故日本特有の妖怪のような症状になっているのかはわかっていない。修自君のは変態型だから治療を続ければ治る。でも、時間はそれなりにかかるから地道にやっていくしかない」
「え、時間てどのくらいかかるんですか?」
「早ければ1年。遅いとそれ以上。長引くことは大いに考えられる」
治療ができると思って、すぐ治るものだと期待していたのに裏切られたような感覚。もっと早く治して戻りたかった。
「と言うことで、修自君。ここに住みながら治療を行っていこう」
「え!ここに?」
「そう、入院だ。と言ってもベッドの上に一日中いるわけでもない。勉強をしたければ先生も呼んでいるし、仕事もしたければ用意はある。入院という形で今この診療所の隣のリハビリセンターで妖怪症候群の患者たちが共同生活をしている。悪い奴はいないし、みんなどこかしら傷付いている。最初は大変かもしれないけど、馴染むといい。だから今日は中村さんのところもいいけど隣のリハビリセンターに泊まってみてもいいかもな。お金はいらないから。中村さんには電話しとくよ」
「え、じゃあ、どうしよ...」
「まあ、考えておいて。お薬貰えるまでにさ。薬局隣だから。じゃ外で待っててねー」
そういってカーテンが保坂さんによって開かれて外に出る。いきなりの先生からの提案でどうしていいのかよくわからない。どっちにしろもう時間的にも一泊はしなくてはいけない。
「久保田さーん」
「はーい」
「すぐ隣薬局だから!あともしリハビリセンターに泊まるなら言ってね!」
「何人くらいいるんですか?」
「20人くらいは暮らしいてるよ!」
「思ったより多くてびっくりです」
「まあ悩んで悩んで!」
保坂さんに手を振られて外に出て、薬局へ。薬局も綺麗で新しい。奥に二人のおばさんが仲良く話していた。
「あら!珍しい!見ない顔だけどどこから?」
「東京です」
「まーた、遠いところからきたね!お疲れ様!今日はリハビリセンター泊まってくのかい?」
元気すぎる物言いに少したじろぐ。
「あ、ちょっと考えてて」
そう言いながら保険証と処方箋を渡す。
「一回見に行ってみるといいんじゃない?優しくて楽しい子たちが沢山だから!」
「そ、そうなんですか?」
「そうよー!一度見てみるといいよ。赤鬼症の人もいるから心強くなれると思うよ」
そういっておばさんはニコニコしながら奥に下がって薬を選び、説明書などを印刷して領収書を作っている。
席に着き、一息。下を見て、自分の赤くて大きな手が視界に入る。
手のひらをみて開いたり閉じたり。自分の体じゃないように不思議そうにじっと見ていた。
「久保田さーん」
「はーい」
「じゃあこれね!」
沢山の塗り薬や飲み薬が白くて格子上の箱に入れられてきた。
どれも聞いたことのない薬ばかり。
「じゃあ、この赤いチューブのが手の先用で鬼のような爪が鋭くてゴツゴツしてる手を解消してくれる。そしてピンクのチューブのが体全体に塗る。これは赤みが引いて皮膚を柔らかくしてくれる」
と各薬の説明をしてくれた。一応説明書も同封してくれた。
そして最後に付け加えて。
「あと、この薬は普通の人が手に取るとかぶれたり、副作用が出たりするからもし普通の人に背中とか塗ってもらう場合はゴム手袋を使って塗ってね。それと塗った後30分くらいは普通の人に接触しないように気をつけてね」
そう言いながらも普通の薬見たく紙の袋に分けられてまとめてビニル袋に入れてくれた。
「お大事に!あとリハビリセンター顔だしてみなさい」
「はい!」
そう後押しされてまた診療所に戻った。
「あのー」
受付には保坂さんがいた。
「お、修自君じゃない!どうした?」
「リハビリセンターを少し見てみたくて」
「その気になったか!よし!いこいこ!」
保坂さんは勝沼先生に大きな声で用を告げそのまま受付を出て隣にあるリハビリセンターに向かった。受付からみて右手に伸びる長い廊下の奥に観音開きの扉がある。そこの奥がリハビリセンターに繋がる扉。
保坂さんに案内されて扉が開く。
少しのワクワクと不安なドキドキが心を揺るがす。
扉を開けるとその向こうには大きなラウンジというようなところにいろんな人たちがいろんなことをしていた。最近はやりの都会のカフェのようだった。
「みなさーん!新入りの久保田修自くんです!よろしくね!」
「はじめまして!久保田修自です!よろしくお願いします」
というか自分今日からお世話になる感じ出しちゃってる。
そしてみんなこっちを向いて凝視する。なんだかワクワクがなくなり怖くなってきた。
「あ、あのー」
近くで本を読んでいた身体の大きな男の人がこっちに来る。自分もそこそこ大きくなってしまったがそれよりも大きくて段々小さくなりそうだった。そして無言で肩に手を置かれた。視線が怖くてしたをむく。
「よっしゃ!今日からお前も妖怪リハビリセンターの仲間だ!よろしくな!」
「え?」
そういうとラウンジのみんなが立ち上がり、大きな声で「よろしくなー!!!」と出迎えてくれた。なんか頭が混乱して倒れてしまった。
「おい!修自!しゅーじー!」