『第七話 実力十分、信頼不十分』
胸の反りと、目付きがだんだんと尖っていく。その様子は、野良の子猫が威嚇しているかのようにイオリには見える。
「論外なのよ! こんな得体の知れないチャランポランが、ワタシの依頼をこなせるわけないのよ!」
「ま、まぁ、落ち着いてください!」
なんとかして宥めようとする少女の声に、アリーはキレた目を少女に向ける。ヒッ、という短い悲鳴を上げらながら、
「こ、この方は、か、カルラさんとベグアさんからこの仕事を勝ち取ったので、じ、実力はあるかと」
どもりながら言い切って、少女は同年代くらいのアリーの様子を窺う。当のアリーは途中から話を聞いているのかも怪しいイオリを見て、怪訝な表情をする。
「こんな奴なのよ? 信じられると思うかなのよ?」
「い、一応、なんかこう、強かったですし……」
要領を得ない解答にアリーは嘆息し、少女はあれやこれやと眼を回している。その光景を見ながら、イオリは何もすることねー、と暢気に成り行きを見守る。
その態度を横目で見て、アリーはまたもため息を吐く。
「……もし使えない奴だったら、アナタを恨むのよ」
「え、えぇえええええええええ」
少女の絶叫を聞きながら、アリーはストンとソファに腰を下ろす。冷めた飲み物に口を付け、鋭い眼光をイオリに向ける。
「で、依頼に関してはどれくらい知ってるのよ?」
話を振られたイオリは、数秒、ここに来るまでのことを思い出す。猿顔の男が出てきて、得意気に話していた事を思い出す。
「護衛依頼ってことしか知らねぇなぁ……」
「どうしてそれだけしか知らないのに、この依頼を受けようと思ったのよ……」
「羽振りがいいって聞いて」
「現金なやつなのね」
「現金がいるからな」
じとー、という視線を送ってくる相手に、イオリは笑顔を返してやる。
「……胡散臭いやつなのよ」
「散々な評価どうも」
評価も信頼も最低である。唯一認められているのは、見せたことのない実力くらいである。アリーはまた溜息を吐きそうになる。
「そ、それでは、い、依頼の説明をしますね」
空気を変えようとしてか、少女が懐から一枚の紙を取り出して読み上げる。
「い、依頼内容は、都からカスピニャン伯爵領への移動、その後の任命式終了までの護衛となってます」
「へぇー、任命式ってのは?」
「カスピニャン家の、正式な後継者を選ぶのよ」
「正式な?」
「お祖父様が最近亡くなってね。お祖父様の息子、娘、孫、そのうちの誰が家を継ぐのかでゴタゴタしてるのよ」
事前に聞いた限り、そういう面倒事はないと聞いていたが、実情はそうではないらしい。
「そんな話、全然耳にしてなかったんだが」
アリーは、フフッ、歳不相応な笑みを零して、
「じゃあ、アナタは親族の性癖だとかを公言するかなのよ?」
「しねぇな」
「そういうことなのよ。わざわざ恥部を晒すような真似、しないのよ。それは跡継ぎ問題でも一緒なのよ」
小馬鹿にするように言い、アリーはカップをクイッと傾ける。そのまま飲み干して、
「お祖父様は、跡継ぎを指名されなかったのよ。お祖父様は広大な土地と財力、権力を残してしまったのよ。そしてえ、それを引き継ぎたいと思うのは、当たり前のことなのよ」
淡々と喋り喉が渇いたのか、カップを傾ける。そして、もうすでに空になっていることに気づき、
「おかわりをいただけるかなのよ。イオリの分も頼んだのよ」
少女はアリーからソーサーごと受け取って、扉から静かに出て行く。パタリと扉が閉まり、少しの沈黙が降りる。