『第五話 たかが仕事、されど仕事』
先に剣先が届いたのはカルラだ。剣舞、そう呼ばれている彼の剣捌きは早く、そして美しい。突きを主体とした攻撃のパターンは、正確に青年の弱点を狙う。と言っても、殺すわけにもいかないので、頭や心臓といった急所を狙うようなことはしない。
一方の青年は、隙のない連撃に、下がり、左右へ躱し、ただただ押されているだけだ。その光景を遠目で見ているのは野次馬と、一歩出遅れたベグアだ。一方的な戦闘に、野次馬はカルラへと声援を送り、青年に野次を飛ばす。見せ物としてはいささか退屈に見える戦いに、ベグアは違和感を覚えた。
その違和感は単純なもので、どうして青年は倒れていないのか、というものだ。ベグアの予想では十手以内に青年が詰むと思っていた。が、数十手がたった今でも、青年は無傷でピンピンしている。
最初見た時は、ただの駆け出しの冒険者が調子に乗っているという印象を受けた。東方にいるという人種の特徴をした黒髪の青年は装備もみすぼらしく、風格というものが一切感じられなかった。それでいてヘラヘラとしている態度は、ベグアとカルラの癪に触った。だから、こうなっているのだが、
(手加減してるのか、カルラは……?)
剣と遊ぶかのように舞うカルラの実力は、同業者のベグアの耳にも届いている。それこそ、魔族が攻めてきた時に一度その剣技を見たことがあった。そんな彼が、口先だけが達者な青年に手こずるわけがない。そう断言して、二人の戦いぶりを見守る。
未だ、カルラが優勢のまま戦いは進んでいる。剣速は衰えることもなく、その速度は振るわれる度に増し、鋭くなっていく。だが、
(捉え……られない……)
のらりくらりと、腰の剣を遊ばせている青年を剣先が掠りもしない。ニヤニヤとした笑みを貼り付けたまま、まるで楽しんでいる青年の顔から余裕が消えることはなく、それがカルラを焦らせる。
底無し沼のようだ、そうカルラは青年の、どこを見ているか分からない目を見て思う。実力の底が全く見えない。こんなことは、魔族の将軍と一戦相まみえた時以来のことだ。
ひたすら攻め、ひたすら躱され。ただ有効打を欠いたまま続くかと思えた剣戟は、ふとした拍子に終わった。
カルラも並みの剣士ではないが、もちろん疲れが出る。そして、一切攻撃の加えてこない相手への、一瞬の気の緩み。ずっとこのまま自分のペースで続くはずだ、という油断。
少し、ほんの少しペースを落とした瞬間、目の前に青年の顔があった。ニッコリと笑う青年に、ぎこちのない笑顔を返す。
伸びきった腕を戻すよりも早く、青年のアッパーが顎を砕く。骨と骨のぶつかる音を響かせながら、カルラは足を浮かして背中から地面に落ちる。
「……うーん、疲れた」
呑気にノビなどしている青年の背後から、ベグアは一直線に斧を振り下ろす。手加減など念頭に置いていない、正真正銘の本気の振り下ろし。それを嘲笑うかのように、青年は横へと退けて躱してみせる。
「不意打ちはセコいんじゃねぇの?」
「知るか。テメェみたいな得体のしれない奴には、これくらいやっても構わないだろ」
「いや、構うっての。というか、そこまでマジになるなよ。たかだか、仕事の取り合いだろうに」
「なら、テメェが退きやがれ。元々はといえば、テメェが乱入して話がこじれたんだろうが」
「俺も、その仕事に興味が出たんだからしょうがない」
「自分勝手だな、それにガキクセェ考え方だ」
「よく言われるよ」
ケラケラと笑う青年を睨み、ベグアは両手を上げた。
「降参だ。勝てる気がしねぇ」
「あれ、あっさり」
「俺の中では、さっきので終わってるはずだったんだよ」
ベグアは大斧をまた背負い、頭を何度か掻き毟る。
「まぁ、なんだ。人は見かけに依らねぇってことだな」
「そういうことだな」
「おまえが言うな。……仕事については、あそこで突っ立てる職員に聞きゃあ分かるはずだ」
ベグアはギルドの建物、その入口でコチラの様子をうかがっている女性を指差す。話題に上がった少女はオロオロしながらも、青年にペコリと頭を下げた。
別の仕事でも探すか……、そう言いながら先に建物の中に入っていったベグア。それを合図に、野次馬たちも散り散りになっていき、ギルド前にはカルラと青年の二人だけとなった。
「そ、それでは依頼主がお待ちになっているので……あの、着いてきてください!」
シドロモドロになりながら言う少女を、苦笑いしながら青年は見て赤レンガの建物の中にへと足を踏み入れた。