『第四話 煽り耐性0』
青年がギルドへ近づいていくと、人集りからの野次が聞こえてくる。野次馬は円形状に二人の男を囲っていた。
一人の男は革鎧を着込んだ、身長二メートルの大男。皺の刻まれた顔に、無精髭が目を引く顔をしている。背中には使い込まれた大斧を背負っていて、荒事に慣れているように見える。
もう一人は、胸と腰に鉄鎧をした、スラリとした男だ。ブロンドの髪を横に流し、きざったらしい印象を受ける。腰にはレイピアを差し、どことなく高貴な身分の男のようだ。
対照的な二人が向い合い、火花を散らしている。それを眺めて、青年は近くの男に質問した。
「これは一体なんの催しだ?」
聞かれた猿顔の男は、肩をすくめて答える。
「あぁ、何でも受注したい依頼が被っちまったみたいでな。なら、一番強い奴が受けりゃあいいって話になったみたいだ。そんで、ついさっき一人敗北したとこだ」
猿のような男は、ついさっき青年に向かって飛んできた男を指差す。地面で転がっていた男は、気絶しているようで未だに地面に伏している。
「こんなのは日常茶飯事なのか?」
「いんや、こんなことは稀さ。相当条件の良い仕事でもない限り、こんな面倒事起こそうとしねぇよ」
「ふぅん」
青年は男の言った言葉に興味を持って、更に質問する。
「じゃあ、その仕事の条件ってなんだったんだ?」
「……たしか、護衛依頼だな。期間は一月で、給料は日払い。それなりの額が出るって話だ。しかも、貴族サマ直々の依頼だからな、信用できる」
「へぇ……護衛ねぇ。その貴族の評判はどうなんだ? 護衛を頼むくらいだから、結構悪かったりするのか?」
「別に、これといった話は聞いたことがないな。なんというか、至って普通の貴族サマって感じだな」
「なるほどね……」
青年がうんうんと考えていると、もう一人、別の男が話しかけてくる。両手にザルとお金を持った男だ。男はいやらしい笑みを浮かべている。
「お兄さん、アンタはどっちに賭けるんだい?」
「どっちに賭ける……? あぁ、賭けね」
「あぁ、そうだよ。豪腕のベグアか、剣舞のカルラか、どっちに賭けるって聞いてんだ。今んとこベグアの方が人気だが、カルラも実力では劣ってねぇ。さぁ、どっちにする?」
「んじゃ、謎の闖入者が勝つに全賭けで」
青年は正面の下衆い笑みを浮かべる男を押しのけて、野次馬の輪の中心へと歩いて行った。睨み合いをしていた二人、成り行きを見守っていた野次馬の視線が一挙に青年へと到来する。そんな中でも、青年は不敵な笑みを浮かべる。そして、警戒心むき出しの二人に、久し振りに会った友人に話しかけるかのように言った。
「やぁやぁ、お二人さん。なんでも割のいい仕事があるって聞いたんだけど、俺もやりたいんだわ。譲ってくれないか?」
返答は斧の柄と、剣先。寸止めされた得物からの風圧で前髪が揺れる。
「ボウズ、出しゃばってくんじゃねぇ。テメェも飛んで行きたくなけりゃ、大人しく観戦してやがれ」
「この男の言うとおりさ。私は弱い者いじめは嫌いでね。それに、この仕事は君には荷が重い。自分に見合った仕事を選ぶといいよ」
「そうだな、あんたらが譲ってくれたのなら、俺も大人しくしといてやるさ」
目の前から消えた剣先が身体を突き、大斧が頭上から振り下ろされる。が、剣先は空を切り、大斧は石畳を打つ。青年は見透かしていたかのように後ろへと飛び退いて、二人の攻撃をやり過ごす。
「ボウズに現実を教えてやるってのも、大人の務めか」
「趣味ではないが、しょうがないか」
大男――ベグアは肩に斧を担ぎ、優男――カルラは細剣の先を向ける。
「二人がかりで来てもいいんだぜ」
くいくい、と煽るかのように手招きをして、構えを取る青年。青年――もとい勇者は剣を抜こうとはせずに、素手のままだ。それが尚の事二人を舐めているように見え、ベグアは青筋を立て、カルラは眉間にしわを寄せる。だが、それでも迂闊に飛び込むような真似はせず、ジッと様子をうかがう。
「なに、こんなガキにビビってんの?」
が、そんな我慢も青年の一言で切れ、二人同時に地面を蹴った。