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元勇者の異世界職業体験記~二周目の世界を知り尽くしたい~  作者: さなぎ
第一章 職業体験①:幼女貴族の護衛 
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『第三話 なんでもやってますよ、そうギルドならね』

 ふと、何をしてるんだっけと、呑気な疑問が浮かんだ。手には使い古された木刀。目の前には、自分よりも頭二つ分抜き出た男。男の腕が振るわれ、握られた木刀が近づいてくる。それをただ眺めて、打たれる。


 あぁ、そうか、戦っているんだ。打たれた衝撃で、自分がどうなったのかを思い出した。勇者として召喚され一週間、まだ立派な称号に見合わない少年は、ただ扱かれていた。


 少年は地面に倒れ伏し、朦朧とする意識のまま、打った本人を眺める。顔には心配そうな色が浮かんでいる。そして、目には微かな失望が。


 そんな目で見るなよ、たかだか十四のガキだぞ……、そんな皮肉の声も出てこないほど、少年は疲弊していた。そして、倒れたままの少年に、周囲から容赦なく攻めるような視線が刺さる。


 見るなよ、お前らのことなんて知るかよ、少年は心のなかで毒づきながら、震える四肢を動かす。その態度を見て、周りからは感嘆の視線が注がれる。


 まるで動物園の芸をするゾウのようだ、少年は幼い精神でそんな感想を抱いた。芸を期待している客は、何もやろうとしない動物には失望して、いざ芸をやったら歓喜を上げる。自分も同じだ、勇者だから敵に立ち向かい、立ち向かわなければ失念される。


 期待が、重たい。普通に学校に行って、普通に放課後は部活動をして、普通に休日には友達と遊ぶ。そんな彼に向けられる、勇者としての期待は全身を絡めとって、少年を押し潰そうとしていた。


 もう嫌だ、家に帰りたい。何度そう思ったか、すでに数えられない。ただただ普通に生きていたかった。願いながら立ち上がり木刀を構える。今は、こうして剣を振るうことが少年の普通になろうとしていた。


 まずは、コイツを負かす……。生来、負けん気の強い少年は、ずっと負け続けている男を倒す、ただそれだけを目標に、何度も倒れ、何度も挑み、何度も負けた。


 そして、余裕そうな正面の男の顔を、苦渋の形相に変えることができるようになるまで、少年はもう一週間かかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 青年は呑気に城下町を歩いていた。夜が明け、朝がやって来たここは、王国で一番の賑わいを見せるという。異世界に召喚されてから、今に至るまでこうして観光のようなものをしたことがなかった彼にとっては、目に映る全てが新鮮に思えた。


 客引きをする露天商の女ドワーフ、それに負けじとオーガの男も声を張り上げる。彼らに興味を惹かれるかのように、犬の獣人が近づいていき、エルフの男とすれ違う。人間の男が、御者台に乗って馬車を巧みに操り通りを抜けていく。


 そんな彼らを上手に避けながら、露店に気になったものがあれば青年は覗いていく。リンゴを始めとした果実、金や銀を貴重としたアクセサリー、年季の入った剣、何やら怪しげな緑色の液体などなど、多種多様な店主が色々なモノを売っている。


 王城の前に広がる街、その中にある一本の通りは連日露店で溢れかえっている。出店のための許可もいらず、場所代を取られることもない。三世代前の王が、多方面の珍妙な品を集めたいと考えてからずっと続けられている取り組みだ。


 その狙いは的中して、連日多種族が集まりこうして露店が広げられている。たまにとんでもない掘り出し物が合ったりするらしく、それを狙ってやって来ている商人の目つきは鋭い。


「うまっ……何の肉だよ、これ」


 そんな中を、青年は少ない路銀を使って買った串肉を頬張っていた。厚切りされ、炭火でじっくりと焼かれた肉、それに秘伝のタレを付けて食べる一品だ。タレの味は焼き鳥などで使われているものに似ているが、肉は厚く、噛めば噛むほど肉汁が溢れ出してくる。


「次はどれにすっかなぁ。どれもこれも美味しそうなんだよなぁ……」


 視線を左右に振れば、右には果物を魔法で凍らせて削った氷菓子、左にはイノシシのような魔物を丸焼きにしたもの。いつの間にか青年は、通りの中でも食が集まる所に来てしまっていた。鼻孔が何度もくすぐられ、視線も身体も左右に釣られそうになる。


「いやいや、目的を忘れるな、俺。俺は仕事を探しに来たんだろ、うん」


 自分で自分に目的を言い聞かし、視覚と嗅覚の誘惑から何とか逃れる。


 青年はここに来るまでの道中で何度か通行人に、仕事を斡旋してくれるようなところはないかと訪ねて回った。皆一度は親切なことに、それならとこの通りにあるというギルドを紹介してくれた。


 ギルドは何かと聞くと、とりあえず何でも屋のような扱いらしい。街の清掃、ベビーシッターから、魔物、龍の討伐まで果てしなく広く仕事を取り扱っている所らしい。


 そこでなら、なにか面白そうな仕事が見つかりそうだと、青年は片手に氷菓子を持って今の通りを歩いていた。


「あれか? ……祭りでもやってんのかな?」


 青年の視線の先には、三階建ての赤レンガで造られた建物。『ギルド』とデカデカと掲げられた看板の元に、何十人もの人影が集まっていた。


「とりあえず、行ってみっか」


 そう言って、一歩踏み出した彼に向かって、何かが飛んできた。それは真っ直ぐに飛ばされ、青年が避けると、地面を何度も転げまわる。


 それが飛んできた先を見ると、人集りが割れ、一人の男と視線がかち合った。


「面白そうなことやってそうだな」


 青年は口角を上げて、ギルドへとズンズンと歩いて行く。

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