『三十七話 傷跡』
全身が痛かった。痛くない所を探すほうが困難で、気力だけでなんとか立てていた。
周りには身動ぎしながら倒れている仲間たちと、離れた所で四肢を投げ出している満身創痍の魔王。
激闘の後には瓦礫の山が築かれ、もはやどこで戦っていたのか分からない有様だ。
そんな破壊の跡で、二人は短いやり取りをする。
「……見事だ、勇者よ」
「そりゃどうも」
敵からの賞賛を素直に受け取って、杖代わりにしていた聖剣を構える。気付いてみれば、あっと言う間だった。
魔王の猛攻を防いでは反撃し、一人一人と仲間が倒れていく中で、自分と魔王だけが戦い続けた。戦い続けて、いつの間にか終わっていた。
長いこと戦っていた気もするし、そうじゃない気もする。極限の集中状態が続いたせいか、時間感覚が曖昧だ。
だが、そんなことは終わった後にはどうだって良かった。あとは魔王にとどめを刺して、帰るだけだ。それで全てが終わる。
「……なぁ、勇者よ」
「なんだ?」
限界を超えた身体を引きずるように、魔王のもとに近づいていく。
「戦うのは、楽しいか?」
「…………」
一瞬止まりかけた足を、気付かれない内に動かす。一歩一歩と魔王の命を奪おうと進む。
「楽しくないのだろう……図星か?」
「……関係ないだろ、そんなこと」
おざなりに答えて、ようやく魔王の前に着いた。魔王の目には悲観の色はなく、ただ勇者に対する愉悦のようなものだけがあった。
「お主、名は何という」
「答える義理がない」
「我を倒したもの名だ。胸に刻んでから死なせてくれ」
別に教えた所で支障はないだろうと高を括った勇者は、聖剣を掲げながら答えた。
「イオリ、ヤナギ・イオリだ」
「そうか、そうか、感謝しよう、イオリよ」
魔王は散り際だというのに、勝ち誇ったかのように笑う。その笑いがイオリには不気味に映り、
「じゃあ、死ね、魔王」
「じゃあ、死ね、勇者」
魔王の身体から光が漏れ、胸に聖剣が突き刺さる。魔を祓う聖剣に胸を貫かれ、魔王は傷口から止めどなく血を流す。
胸に突き立てた聖剣を抜き、勇者は魔王の亡骸をあとにする。立ち去ろうとする勇者の後ろを、追いかけるように魔王の血液が流れる。
流れた血液は、よろめく勇者の背後に追いつき、
「――っ!」
『魔を倒す勇者』を殺すための傷を刻みこんだ。それは魔王から、勇者への『呪い』だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
イオリはアリーを自分の背後に回らせ、三体の魔物達からの攻撃を受け流す。受けるのではなく、他の方向に力を逃してやり、体勢を崩してみせる。
「魔物は専門外なんだが、別料金払ってくれたりする?」
「……考えておくのよ」
軽口を交わし合う雇い主とその従者に、デニアンは苛立ちを募らせた声で叫ぶ。
「早く、早くその男を殺せ!」
体勢を立て直した魔物たちが、イオリに飛びかかり、いとも簡単に受け流される。魔物たちが遊ばれているかのように見えて、なおのことデニアンの苛立ちが高まっていく。
「なぁ、諦めろって。コイツらじゃ俺には勝てないって」
「うるさいうるさいうるさい……」
余裕なイオリの声を遮断して、デニアンは必死に思考を巡らせる。この場をどう切り抜けるのか、どうやって目の前の障害を排除しようか。考えて、考えて、ようやく思いたる。
「集まれ、魔物ども! コイツを殺れ!」
その声に答えるように、森から、執務室に繋がる通路から、魔物が出てきてはイオリに襲いかかる。
「……マジかよ」
イオリから余裕が消え、ここで初めて真剣味を帯びた顔になる。アリーの作戦のためには、もう少し時間を稼がねばならないが、流石にしんどい。
「なぁ、君。ボクから君の弱点を教えてあげようか?」
「そりゃ! なにか! 聞きたい、な!」
魔物の猛攻を凌ぎながらも、イオリはデニアンの声に律儀に反応する。その様子に、ようやくデニアンは愉快そうに笑い、
「君、魔物に攻撃できないんだろう」
その声に、イオリは苛立ち混じりに、
「大正解だよ、クソ野郎!」




