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元勇者の異世界職業体験記~二周目の世界を知り尽くしたい~  作者: さなぎ
第一章 職業体験①:幼女貴族の護衛 
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『三十六話 偽りの王』

 魔物の群れにローレン達が手間取っていた頃、デニアンは洞穴の中でふんぞり返っていた。周りには森に住む魔物の中でもずば抜けて危険度が高いのを、護衛として侍させている。


 護衛たちの実力は分からないが、あの物量に勝てるはずがないだろう、と予想を立てて、後は吉報を待つだけであった。


 ただ、何もせずに待つというのも暇で、古びた書斎机を漁っては、何か魔石研究にまつわるものはないかを探す。


 何枚かの羊皮紙を机の上に広げては解読し、図面を頭に叩きこんでは、次の羊皮紙を読み解くというのを繰り返していた。


 それにしても上手く出し抜いたものだ、とデニアンは内心ほくそ笑む。他の候補者に疑いをかけられたときはどうしたものかと思ったが、これならこのまま眠ってても片がつきそうだ。


 老朽化している椅子に深く腰を据える。キィとか細く鳴くが、急に壊れることはないだろう。


 そのまま目を閉じて眠ってしまおうか、という時だった。


「……グルルルルルッ」


 周りで伏せていた魔物が唸り声とともに起き上がる。誰か、大群を突破してきたようだ。執務室から洞窟まで繋がる通路から、軽やかな足音が聞こえてくる。


「……やれ」


 短く告げると、臨戦態勢をとっていた魔物たちが一斉に入り口に殺到する。爪が、牙が、侵入者の魂を奪うために振るわれる。


「だーかーらー、魔物はダメなんだって」


 当たれば一溜まりもない攻撃を避け、飄々とした声がデニアンの耳朶を打つ。彼の前に現れた人影は二つ。腕に少女を抱えた青年と、大人しくその腕に収まっている少女。


「……アリーシャ」


「久しぶりなのよ、オジサマ」


 イオリに抱きかかえられる形で現れた少女に、デニアンは驚愕を込めて名を呼ぶ。確実に死んでいた彼女がなぜここに、そう言いたげな表情を読み取ってか、アリーは人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、


「ネタばらしは後でしてあげるのよ。オジサマが捕まった後に、じっくりと、なのよ」


 人を馬鹿にした態度が、妙に腹立たしい。自分の立場を弁えていないように思えて、少女とその護衛を睨めつける。


「おー、こわいこわい。魔王よりか怖くねぇけど」


 そして何より、青年の得体の知れなさが恐ろしかった。アリーの護衛、それくらいの情報しか知らないデニアンには、魔物の猛攻をいとも簡単に避けきった青年の底しれなさが恐ろしい。


「殺せ!」


 デニアンが再び短く命令し、それに反応するように右手から赤い光が漏れ輝き、魔物たちの殺意が一斉にイオリに向けられる。


「……ふーん、なるほどね」


 魔物の殺気に竦むこともなく、何かを察したように青年は真っ直ぐデニアンを見る。その視線に射すくめられて、知らず知らずのうちに一歩後ずさる。


 敵に回してはいけないものを、敵に回してしまった。本能の内にそう気づいてしまった。命令を受けた魔物たちが警戒の唸り声を挙げながら、目の前の敵の隙を窺う。


 だが、イオリはそんなもの、露ほども気にかけていない。ただ一人、デニアンを値踏みするように見る。


「……な、なんだ!? なんなんだ、その目は!」


 その目に耐えかねて、うろたえた様子でデニアンは叫ぶ。その声にイオリはつまらなさそうに、呆れたような笑みを漏らす。そして、問いかける。


「……いま、どういう気分だ? なんでも出来そう、とか思ってる? 魔物を好き勝手操れて、俺ツエー、みたいに思っちゃってる?」


「は、ぁ……?」


「いやいや、質問にはちゃんと答えなって。学校でも……うん? この世界に学校ってあるのか? まぁ、いいや、で、どーなん?」


 質問の意図にわからないまま、デニアンは吠えかかるかのように答える。


「そりゃ……そりゃ、なんでもできると思ったさ! 自分より強い魔物を、自分が思った通りに使えるんだからな! 正直、魔王にでもなった気分だよ!」


 その声に答えるように、魔物はイオリとの距離をジリジリと詰めていく。その間も、青年は焦った様子など見せずに、デニアンの答えに苦笑する。


「な、何がおかしいんだ!?」


 焦った様子のデニアンの声に、青年は困ったように、


「いやまぁ、魔王って大きく出たなって」


 かつての強敵の姿を思い浮かべながら、目の前の貧弱な男を見る。その姿の重ならなさに、一層笑えてくる。


 一度の邂逅と、一度の会話と、一度の勝負。そして、消えない傷跡を刻んでいったかつての好敵手。その魔王を、似ても似つかないこの男が騙っていいはずがない。


「とりあえず、本物の魔王に謝ってきな」


 イオリは腰の剣を抜き、突きつけながら言い放ったのと、魔物たちが飛びかかったのはほぼ同時だった。

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