『三十一話 ノックは一回』
「近づいて改めて見ると……やっぱり趣味が悪いわね」
ハンナが護衛に守られながら、月明かりに照らされている屋敷を見上げる。屋敷を覆っている蔦は、血管のように脈動して蠢いている。
森の中で何度も襲いかかってきた魔物たちは、屋敷に近づくにつれて数も減り、屋敷の前に着いた今では鳴りを潜めている。
「使用人たちも無事な様です」
屋敷の外で呆然としていた使用人たちをセバスが全員いるかを確認し、今は彼らに帯同する事になった。森の中においていくよりも、付いてこさせた方が安全だと判断したためだ。
「やっと、辿り着いたな……」
ベルトインが感慨深げに呟き、額に浮かんでいる汗を拭う。魔物を退けながらの行軍は、何もしていない護衛対象達にも疲労を与えていた。それは護衛者たちも同じで、束の間の休息を噛み締めていた。
そんな彼らの中でも、一人飄々としているイオリは、その光景を何処かで見たような既視感を覚えていた。
護衛たちが武器の手入れを行い、護衛対象者たちは座り込んで息を整え、これからのことに備えていた。まるで、決戦前かのようだ。
イオリが思い出していたのは、これまでの、勇者時代の戦いについてだった。戦いを経るごとに仲間が増えては減り、いつの間にか四人になって。
壮絶な戦いの前には一度休憩を取り、それから挑んでいた。覚悟を決めるために、身体を整えるために。そして、休憩を終えると、イオリは――
「さぁ、行くぞ!」
ベルトインが勇ましく言い放ち、それに呼応する形で皆が立ち上がって、変貌した蔦の屋敷を見上げた。そして、その奥にいるであろうデニアンのことを思い浮かべていた。
先陣を切るのは護衛たち、それに続くように他の者がついていく形だ。護衛たちがゆっくりとした様子で、固く閉ざされている屋敷のエントランスに繋がる扉に近づき――一迅の風がすり抜けて行った。遅れるように爆音が鳴り、一同は立ち尽くしていた。
扉がひしゃげ飛び、轟音と煙を立てながらエントランス奥の階段にぶつかって止まった。
「さて、やりますか」
威風堂々といった様子で、イオリが先陣を切る。今までそうしてきたように、当たり前のように、慣れた様子で先頭に立つ。
ノックは一回、豪快に鳴らしてイオリは屋敷への先陣を切った。




