『二十九話 魔王(仮)』
屋敷の中で、デニアンは悦に浸っていた。彼の前の前には、一枚の羊皮紙が。長年恋い焦がれ、これのためだけに遠路はるばるやって来た男は、一心不乱に図面を読み続ける。
知識のないものが見れば、ただの紙っ切れと、それに書かれた良く分からない図形にしか見えないモノを、彼は読み解き、頭の中にその構造を吸収していく。
そこには彼が至ることの出来なかった技術の粋が描かれ、新たな驚きと知識を与えた。だから、それを試そうと思うのも、自然な事だった。
現在、屋敷の中に使用人はいない。というのは、デニアンが脱出する際に、使用した魔石が上手く働いているからだ。
『惑わしの魔石』、名前の通り、魔石が発する光を見た者を、短時間だけ自分の意のままにできるというものだ。と言っても、対象者に強い衝撃を与えたりすれば簡単に効果は解けるし、意のままにできるが単純な命令しかさせることができない。
彼はそれを眼鏡の硝子に仕込み、セバスに自分を解放させ、他の使用人にも同様に、屋敷の外で待機しておくように、命令をした。
使用人のいない屋敷を、デニアンは歩き、やがて自分の部屋にたどり着く。その一室は、ほか多数の部屋と同じく飾りっけのない部屋だ。彼はその部屋に用があるわけではなく、部屋に置いていた鞄を慎重に開けた。
中には、何も手がつけられていない魔石が数個と、それを加工するための道具がビッシリと詰まっていた。
デニアンは部屋の明かりを点け、図面を床に置くと、繊細な手つきで魔石の表面に図式を描いていく。
幾つもの図形が絡みあった魔石が完成するのに、それほどまでに時間はかからなかった。普段から魔石の加工を行っているデニアンからすれば、むしろ遅いと思うくらい時間がかかってしまった。だが、時間を掛けただけのモノは出来上がった。
デニアンは早速魔石に魔力を流し込み、実践をする。赤い光が部屋を、そして屋敷の周囲を照らしていく。
発動を確認したデニアンは、命令をした。
「ボクを、守れ」
その一言の後、屋敷を大きな揺れが襲った。木の根が地面のそこら中から生え、やがて屋敷を覆い隠す。
効果を実感したデニアンは次々に命令を口にしていく。森の中にいる魔物達は、その声に従った。魔物たちを従える、その姿はまるで、
「魔王にでも、なった気分だ……」




