『間話 夜は誰の時間?』
アリーがイオリの部屋を訪ねた、その少し後の時間。夜が深まった屋敷にノックの音が響いた。ある人物が、屋敷にある客室の戸を乱暴に叩く。
部屋の主はその音を聞いて、愉快そうに頬を歪めて、どうぞと入室を促す。
その声に訪問者は勢い良く扉を開けて、ドカドカと部屋に足を踏み入れた。不躾な視線を室内に巡らせて、やがて椅子を見つけると遠慮無く腰掛ける。
部屋主はその行為を咎めることなく、柔和な笑顔で出迎えて訪問理由を聞く。
途端に訪問者は不機嫌そうな面構えをし、一度何かを飲み込んでから渋々口を開いた。
――協力して欲しい。端的に言うとそれだけのことが、迂遠な言い回しをされて出てくる。
主はその言葉に口角を上げ、一度だけ頷いて返事とした。
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怪しげな密会のあと、夜が深まった廊下。蝋燭の灯りが絨毯を舐めて、チロチロと赤い絨毯が照らされている。そこを歩く影が一つ。
一歩進む度に蝋燭が朧げな輪郭を照らしだして、その人物を克明に映し出す。
アリーは難しそうな顔を全面に出しながら、自室から目的地に向かっていた。従者の類も傍にも居らず、イオリも客室でゆっくりとしていることだろう。
不用心だと取れるアリーの行動を咎める者はいなく、むしろ歓待する者がいた。
「…………。……そういうこと、かなのよ」
ポツンと呟いた言葉を聞いた者は、特に何の反応も示さずに少女に歩み寄る。
蝋燭と蝋燭の間、光が届かない場所に身体を隠していた影は、少女の真後ろに回りこんだ。
「……叫んだら、何か起きないかなのよ」
意味のない問いかけに影は応じず、自分が命令されたことをこなす。
少女は喚き散らすようなことをせず、ただ大人しく刃物を受け入れた。
引き抜かれた刃先から血が流れ落ち、赤い絨毯をどす黒く染めていく。
蝋燭の炎はただ、床に崩れ落ちる少女の身体と、広がっていく血液を照らし続けている。
少女の指に嵌められた指輪は、誰かに見つけて欲しいかのように瞬き――二日目の朝は悲鳴から始まる。




