『第二十話 夜の密会』
夕食は各自の部屋に運ばれるということで、イオリは割り当てられた部屋でのんびりとしていた。ベッドに飛び乗ったり、地図を広げてこの後のことを考えたりしていた。そこに、ノックの音が響く。
「……どうぞ」
突然の来訪者に困惑しながらも、夕食か? と当たりをつけて招き入れる。あっさりと開けられた扉、その向こうにはアリーの顔があった。
「話があるのよ」
訪問理由を端的に言い、少女は部屋の椅子に腰掛ける。イオリは地図を閉じて、向かいの椅子に座り、話が切り出されるのを待つ。
二人しかいない部屋にしばしの静寂が流れた後、少女はお遣いを頼むような気軽さで言った。
「私を勝たせるのよ」
短く告げられた言葉には確かな重みがあって、イオリもその雰囲気に佇まいを直して答える。
「前に言っただろ、俺は人の期待に応えるには慣れてるんだ」
自慢気にイオリは言い、やれやれといった様子でアリーは肩をすくめる。
「まぁ、ほどほどに期待しているのよ」
「あぁ、それはもう、いくらでもしてくれていいぜ。……それよりも、だ」
ケラケラと笑いながら、イオリは話題を変える。
「例の秘密、ってのは目星がついてるのか?」
勝つ、といっても情報がなければ動きようがない、というのがイオリの本音だ。流石にノーヒントで見つけ出すほど、イオリに運があるわけでもない。
知らないことは知りたいが、分からないのでは分かりようがない。
アリーはよくぞ聞いてくれたとばかりに胸を張り、
「この屋敷にあることは確かなのよ!」
「……それだけ?」
「それだけなのよ」
イオリは深くため息を着き、その姿をみたアリーは目を尖らせる。
「なんのなのよ、その反応は!?」
「いやぁ、今回も難航しそうだなぁ、と」
魔王の城に入るには四天王が守る遺跡から鍵を見つけ出して、という勇者時代に最も時間を食った仕掛けを思い出して、イオリは一人げんなりする。
あの仕掛けだけで、たしか二月ほどの足止めを食らってしまった。
今回もそうならなければ良いんだが、と一人で心配をしながら、踏み込んだ話をしていく。
「屋敷の中って行っても、堂々と置かれてるわけじゃないだろ。なんかこう、誰も入ってはいけない部屋とか、普段全く使わない部屋とかに隠されてたりしないのか?」
「部屋だけで言うなら、殆どの部屋が使われていないのよ」
アリーは今いる部屋に視線を巡らせ、
「曽祖父はかなりの心配性な人で、念のためと言ってこの屋敷に数多くの部屋を作ったのよ。でも、用途はなかったのよ。それで、そのまま放置されてたのよ」
イオリが通された部屋には掃除が行き届いているが、普段ではそうではなく放置されているらしい。
「一応、私の方でも怪しい部屋は洗ったのよ。それでも、めぼしい物はなかったのよ」
「つまるところ、手がかりはなしってことか?」
「そうなるのよ」
なるほどなー、と呟いてイオリは勢い良く椅子にもたれかかる。キシッと椅子が軋み、少しの沈黙が訪れる。
「でも……」
「ん?」
静かな部屋に聞こえた少女の声にイオリは反応し、言葉の続きを促すように聞く姿勢をとる。
「ハンナ叔母様は何か知っているようなのよ」
そういえば、とゲームを持ちかけてきた大元の顔を思い出す。余裕が満ちた笑顔が、何度か浮かんでくる。
あの余裕は、どこからくるものなのだろうか、と推測すると、
「ま、あのオバサマがなにか握ってるのは間違いないか」
他の参加者が知り得ない何かを知っているのだとすれば、一番の難敵になるだろう。
「今の時点では、負けるのは目に見えてるな」
何気なく呟いた一言に、アリーは噛みつくことなく頷いて同意を示す。
「役に立たない護衛がいる時点で、勝敗は見えてるのよ」
「あれ、俺の評価ってそんな悪いの? さっき勝たせろって、お前言ってただろ?」
「お前、じゃなくてアリー様と呼ぶのよ」
「……この数分の間で態度変わりすぎだろ」
へこんだ声音でボヤくイオリを横目に、アリーはさっさと立ち上がって部屋から出ようとする。
「え、帰るの? こっから俺をヨイショしてやる気を出させたりしねぇの?」
「……そんな必要、ないと思うのよ」
これまた呆れた顔で言われ、アリーはイオリの顔を指差す。
「そんな楽しそうな顔をしてる奴に、何も言わなくてもいいのよ」
指摘されて、イオリは夕闇が透けている窓ガラスを見る。そこには口角の上がっている、見慣れた顔が写っていた。
「……まぁ、任せとけ」
貴族サマの秘密、知るには楽しみだと、イオリは素直に思っていた。世界を知る旅にしては、幸先の良いものだろう。
「期待、しておくのよ」
念押しするようにそれだけ言い残すと、アリーはすぐに部屋から出て行く。その姿を見送って、イオリは分かっている情報を整理する。整理して、熟考して、
「なるほど、分からん」
すぐに結論を出してから、
「とぉ!」
面倒なものを放り出すように、ベッドに飛び込んだ。
カスピニャン家、一日目の夜は静かに過ぎていく。




