『第十八話 方法はシンプルに』
セバスの宣言に、これといって反応するものはいない。今更言われなくても、そんな態度がイオリには見て取れた。彼はアリーの近くの壁に背を預け、始まったばかりの話し合いがどんな顛末を辿るのかを観察する。
「横、良いですか?」
「……ん」
相手を確認してから、イオリは半歩ずれる。ローレンは人受けの良い笑顔を浮かべながら、イオリと同じく壁にもたれかかる。
「依頼主の近くにいなくても良いのか?」
「特に言われているわけではないので、大丈夫かと」
「あっそ」
イオリは視線を話し合いの場に向ける。座っているのは五人。イオリたちと同じく立ち見をしているのが四人。それなりの身なりをした護衛たちは、ピタリと対象の後ろに控えるようにしている。イオリたちとは大違いだ。
「しっかしアレだ。どうやって決めるんだ、家督ってのは?」
ここにきて話し合いの根本について、イオリはローレンに聞く。アリーから聞いていたのは、彼女の家が面倒なことになっているということだけだった。その面倒事の解決方法、その部分に関しては全く聞いていない。
「普通なら世襲ですね。ですが、聞いた話では近い者から順に殺されていますので、誰が選ばれてもおかしくは無いですね」
その話はイオリも一度は耳にしていた。これまで三人の親族が殺され、残った面子で後継者争い。それが、この場で行われているものだろう。
「ま、すぐには終わらなさそうだな」
「そうですねぇ」
進行のいない話し合いは、開始数分で停止していた。迂闊な発言を避けているせいか、それとも口を滑らせる間抜けを待つかのように、時間は黙して流れていく。
「話し合いなのに話さないって、斬新だな」
イオリの素直な感想に、横の優男は同意にもとれる笑みを浮かべる。無言の時間がただ過ぎていくのかと思われた場に、声が差し込まれる。
「デニアン、あなたは護衛を連れてはいないの?」
物腰の落ち着いた女性だ。アリーから見たら、年齢的にはオバに当たるのだろうか。後ろには緑髪の成年が控えている。
「ボクはどうもひとを信用出来ないのでねぇ」
話を振られたデニアンという男は、痩けた頬に薄ら暗い笑みを浮かべながら答えた。
「まぁ、ボクの場合、後継者なんてモノから一番遠いから、そういうことには巻き込まれなさそうですし」
「確かに、そうかもしれませんわね」
場の主導権を握った女性は、次々と周囲に話題を振っていく。
「アミラは、嫁ぎ先ではどうなのかしら。夫婦仲は良好?」
「……言われるまでもないな」
答えたのは、鋭い目付きの女性。後ろには悠然と構えている禿頭の男。
「ベルトインは、商業の方はどうですか?」
「心配されるまでもない。……大きな商談前だ、早く終わらせないか」
ストレスで少なくなった髪を揺らし、ベルトインは腕を組む。後ろに護衛の姿はないが、イオリの隣でにこやかに微笑んでいる姿を見て、彼は頬を引きつらせる。
「……おい、あのオッサン、めっちゃお前のこと見てんぞ」
「あぁ、気にしなくてもいいよ」
そんなやり取りを交わしながら動向を注視していると、、女性が最後の一人に会話を振った。
「アリーは、少し背が伸びましたね。元気でしたか?」
「見ての通りなのよ、叔母様。叔母様も変わらずのようなのよ」
相手がどうであろうと、少女の不遜な態度は変わらない。その姿勢に女性はさしても興味がないようで、
「セバス」
短く名前を告げ、使用人を近くに呼ぶ。そして、誰にも聞こえるような声で、こう言った。
「少し、ゲームをしませんか。それの勝者が家督を継ぐ、ということでどうかしら?」




